第6話 お嬢様、魔導書を買う。
「着きましたよお嬢様」
「うむ」
奴隷商人とのいざこざがあって、少年っぽい少女クリスを逃がしてから数分後。
俺とエリザベートは目的地である古い魔道具店に到着した。
案の定、彼女は『歩くの飽きた、おぶれ』と言ってきたので今現在俺がお姫様抱っこしている。
生意気な事にエリザベートはそこまで重くないし、俺もそれなりに鍛えている為、別段苦ではない。
問題は理由が『疲れた』ではなく『飽きた』という所だ、飽きるって……
ここは腹いせに皮肉の1つでも言ってやるか。
「お嬢様、少しお太りなられましらか?」
まあ抱き上げた感じまったく体重は上下していないとは思う。
何せこの女の食事管理は俺がしているのだ、無駄な栄養なんて摂らせてはいない。
「戯け、妾の身体に無駄な脂肪なぞ1ミクロンもないわ。お前が虚弱貧弱軟弱なだけじゃろう」
「……」
このまま落としてやろうかとも思ったがまだ死にたくないので、俺はエリザベートをゆっくりと下ろして店のドアを開ける。
店の中は非常に散らかっており、一体何に使うのかすら不明な怪しい道具がいくつも散らばっていた。
「いらっしゃいませ」
そして店の奥で俺達を待ち構えていたのは萎びた梅干のような老人。
最早、男か女かすら判別しかねる程に老いさらばえたその人物は椅子に座ったまま俺達を見る。
「これはこれは、貴族の方がこんな店に何用かね?」
「妾はエリザベート・エレオノール・ブリュンスタッド。帝国三大貴族の内最も高貴なブリュンスタッド家の当主じゃ。この店にあるという《ハイエンシェント・グリモアール》を買い求めにきた」
さりげなく自分の家を一番高貴だと自称したエリザベートはいつもの偉そうな態度のまま目的を告げる。
「ほう、あのブリュンスタッド家の。通りでお美しい筈じゃ」
「世辞はよい、魔導書はあるのか? それともないのか?」
「ありますとも、少々お持ち下され」
老人はテーブルの下から一冊の分厚い本を取り出した。
禍々しい雰囲気を醸し出すその本は屋敷にあった魔導書とは明らかに違う。
「ふむ、ご老人コレの値段は?」
「はい、1000ゴールドでございます」
「!? 1000ゴールド!?」
俺はその余りにもな値段につい動揺してしまう。
1000ゴールド、日本円にして約1億円だ。所持金ギリギリじゃねえかおい。
さっき助けたクリスって女の子にもう2、3枚金貨を渡していたら危うく足りない所だ。
「ふむ、伝説の魔導書にしては案外リーズナブルな価格設定じゃな。ミコト代金を」
「は、はい……」
どうやらエリザベート的には良い買い物らしい、俺は金貨がたんまり入った小袋を老人に手渡す。
重さで枚数を把握したのか老人は「毎度あり」と不気味に笑った。
しかしエリザベートは、
「老人、少しばかりここで読ませて貰っても構わぬか?」
「ええ構いませんよ、ただし精神が破壊れても責任は負いかねますがね」
エリザベートは老人の脅しを鼻で笑い、その分厚い魔導書を手に取るとサラサラとページを捲り速読を開始した。
そして1分も立たない内に魔導書を読み終える。
「なるほど――妾も侮られた物じゃ」
エリザベートは右手の指をパチンッと鳴らす。
その瞬間、魔導書は青白い炎に包まれ燃え上がった。
「ああああ!! 1000ゴールドがああああ!!」
俺は突然の事態に声を荒げる。
しかしその叫びも空しく魔導書は一瞬で灰になりこの世から完全に消失した。
「お、お嬢様…… 何を?」
「これは偽者じゃ」
「え?」
「内容はそれらしい事が書いてあるようじゃが、どれも初級や中級魔法の応用が記されているのみ。こんな物は伝説の魔導書などではない」
「マジすか……」
エリザベートは偽者を掴ました老人を睨みつける。
「ご老人、おまり妾を安く見るでないぞ? 早々に本物を出すがいい、この店ごと灰にされたくなければな」
完全に口調が強盗のそれだった、いやお金は払ったんだけどね。
「驚きましたなぁ。魔力の大きさ、質もさることながら、無詠唱で魔力制ごも非の打ち所がない。貴方様は間違いなくこの世で5本の指に入る魔女じゃ」
「ハッハッハ! そう褒めるな」
世辞はいいって言ってた癖に大喜びである。
「ご無礼をお許し下され、アレを読むに値する人物かどうか見定める必要がありましたので……」
「ほう、して妾は合格か?」
「勿論でございます、魔導書の所までご案内致しましょう」
そういうと老人は、くの字に折れ曲がった腰を上げで真後ろの本棚にある本を一冊奥へ押し込んだ。
すると重い機械音と共に棚がスライドし、隠されていた階段が姿を現す。
どうやら地下へ続いているらしい。
「こちらへ」
俺達は老人を先頭に螺旋状の階段を下りていく。
少し降りると、古い木製の扉が見えてきた。
老人は鍵を取り出し、ゆっくりと扉を開ける。
「アレが《ハイエンシェント・グリモアール》じゃ」
俺達の目の前には不気味に空中に浮いた1冊の魔導書があった。
よく見ると四方から鎖で繋ぎ止められている、まるで封印だ。
「ふむ、では早速」
お嬢様エリザベートは右手を前に出すと、魔導書を拘束していた鎖は千切れ本の方からこちらへ向かってきた。
そして魔導書を手に取ったお嬢様は表紙を指で艶かしくなぞる。
「これは興味深い。帰り道のよい暇潰しになりそうじゃ」
「お気に召したようでなによりです」
「うむ、特別にこの本に免じて先程の謀りは不問にしてやろう。これからもたまに来るでな、よろしく頼むぞ」
「へへ~。何卒これからもご贔屓くださいませ」
その後、僕達を割りとあっさりその店を後にする事にした。
理由はエリザベートが空腹になったから。
因みに料金の方はサービスという事で半分ほど返却してくれた、騙したお詫びなんだそうな。
しかし俺が気になったのは店を出る際のお嬢様と老人の会話だ。
「そうじゃ、まだお主の名前を聞いておらんかったの」
「このような老体の名前なぞ覚えるに値しますまい。どうぞ好きなようにお呼び下さいませ」
「まあそういうな、名乗るがいい」
「……ではフレデリカと」
「それは本名か? それとも――」
――その傀儡人形の名前か?
彼女の問いに老人は何も答えなかった。
◇
「アレって結局どういう意味だったんですか?」
俺は馬車での帰り道お嬢様にその時の事を尋ねた。
「ミコトよ、本当にお前の目は節穴じゃのう…… いやこの場合は耳か」
「耳?」
「あの老人、心臓が動いておらんかったじゃろ?」
「いや、じゃろ?って言われても他人の心臓の音なんて聞こえないですよ……」
「アレは魔法で動いていた人形じゃ、本人は部屋の隅に魔法で隠れておった奴じゃろうな」
「それはまた随分とシャイな人ですね」
「もうよいか? 妾は今この本を熟読するので忙しいのじゃ」
「速読しないんですか?」
「できない事はないが、この本につまっている情報量は1ページ辺りで普通の魔導書の100倍に匹敵するでな。疲れるので普通に読んでいるのじゃ」
「は、はぁ……」
どんな内容なんだよ…… そしてやろうと思えばそんな本すら速読できるあんたに一番驚きだよ。
「それにミコトよ。どうやらお前に客人のようじゃぞ?」
「? 客人? なんのこと――」
ですか?、と言い終わる寸前。俺の目の前をナイフが1本通り過ぎた。
「なッ!?」
俺は急いで馬車をとめる。
辺りを見回すと、強面の柄の悪い男達が20人程で馬車を取り囲んでいた。
「よう、さっきは世話になったな」
その中からは見覚えのある男が1人、お嬢様が日傘で吹っ飛ばしたネズミみたいな小男だ。
「どうやら先程の奴隷商人の仲間のようじゃな」
「……」
見えていない筈の馬車の籠からエリザベートが言う。
いや、だとしたら用があるのはお前にじゃろがい!!!