第5話 お嬢様、奴隷を助ける。
「あん? んだてめえ。誰に向かって口きいてやがんだ、ああん?」
小柄の男がナイフをチラつかせながらお嬢様に近づいていく。ああ、終わったなアイツ。
「――がッ!?」
エリザベートは差していた日傘を閉じ、その先端で男の喉元を思いっきり突いた。
それにより小柄の男は数メートル先まで勢いよく吹っ飛ぶ。
「汚らわしい、気安く妾に近づくでないわ。妊娠したらどうするのじゃ」
お前から近づいておいて何言ってんだ。
いや、でも今はそれ所じゃないか。
「お嬢様、一体何をしてるんですか!?」
俺は急いでエリザベートに駆け寄り日傘の先をハンカチで拭く。
もしもの時、血痕が付いていたら足が付いちゃうからな。証拠隠滅証拠隠滅。
「ふんッ 道端に転がる石を蹴っただけでそう喚くな」
反省の色無し。まあ分かってはいたけれどね。
「随分と威勢がいいな。どこの貴族だ?」
大柄の男はその巨大な体躯をまるで見せつけるかのように俺達を見下ろす。
しかしエリザベートは自分の倍以上はあるであろう大男を前にしても一歩も引かない。
それどころか、
「無知厚顔にも程があるな、この
「悪いな、生憎俺達はつい最近この国に来たばかりでよ」
「まあよい。それにしてもお主、随分と背が高いのだな」
「あ? それがどうし――」
大男が瞬きした瞬間、エリザベートはまるでステップでも踏むかのように大男の頭上までジャンプし、その脳天に日傘を振り下ろす。
因みにエリザベートの日傘はオーダーメイドの特注品でそこらの名刀より頑丈だ。
「ぐッ――おお……」
大男はそのまま白目を向いてゆっくりと地面へ仰向けに倒れていった。
「妾は妾を見下ろす奴が大嫌いなのじゃ」
軽やかに地面に着地するエリザベート、動きにくいロングスカートのドレスでよくあんな芸当ができるものだ。
「どうするんですかコレ……」
「捨ておけ、殺す価値もない」
まあ魔法を使って消し灰にしなかっただけ今回は褒めるべきなのかもしれないな。
「さてと」とお嬢様は倒れている奴隷の子供に目を向ける。
本来ならば「大丈夫? 怪我はない?」と労いの言葉を掛ける場面なのだろうが、まあこの女がそんなテンプレでインスタントな優しさを披露する訳もなく。
「おい、
「……」
「何故抵抗しなかった?」
「……」
「それに今の隙に逃げる事もできたであろう、何故そうせなんだ?」
「……」
「ちッ」
お嬢様は舌打ちと共にその子供の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げる。
「ちょっとお嬢様!?」
「お前は黙っておれ」
「はい……」
俺を一言で黙らせたエリザベートは子供にこう続ける。
「よく聞け童、妾がこの世で我慢ならん物は2つある」
嘘である、本当は100個くらいある。
「1つは冷え切った紅茶、そしてもう1つはお前のように死んだ目をした家畜以下の愚民じゃ」
「……」
子供は何も答えない、ただ虚ろな目をエリザベートに向けるだけだ。
そしてそれがさらに彼女を苛立たせる。
「よいか、今のお前は生きながらにして死んでおる、ただ心の臓を動かし、汚物を垂れ流すだけのこの世で最も劣った存在じゃ。見ていて吐き気がする」
さっきの奴隷商人達よりもずっと酷い罵声を浴びせるお嬢様、完全にやべえ奴だ。
何で加害者より被害者に苛立ってんだよ。
しかし流石の子供もそこまで言われてやっと口を開いた。
「――かる」
「なんじゃ? 言いたい事があるならはっきりと言え」
「お前みたいな貴族に何が分かる! 綺麗な服着て、毎日飯食って寝てるだけのお前らなんかに!!」
うわ! 反論できねえ。だって半分以上その通りだもん!!
雑務は大体俺の仕事だし!!
「勘違いするでないぞ童、お前が今ここにおるのはお前が平民だからではない。お前が弱くて愚かな存在だからじゃ」
「なっ――」
何か言い返そうとする子供を無視してエリザベートは続ける。
「何故奴らの喉元に噛み付かぬ、何故必死で逃げようとせぬ、痛めつけられるのが怖いからか? 殺されると思ったからか? 違うな、お前はただ不幸な自分に酔って思考を放棄しただけじゃ。妾はそのような輩を生きているとは認めん」
「……」
「生きる気があるのなら足掻いてみせよ、その気がないのなら舌を噛んで死ね。少なくとも妾がお前の立場ならそうするぞ。あのような下衆共の慰み者になるくらいならな」
言わんとしている事は理解できるだ。まだ年端もいかない子供には荷が重い考え方だろう。
仕方ないそろそろ止めるか。
「お嬢様、もうその辺で――ん?」
俺は少年の様子がおかしいのに気付く。
「……ぐすッ なんだよ…… なんでお前にそこまで言われなきゃいけないんだよォ…… う、うう……」
ついに子供はエリザベートの罵詈雑言のせいで泣き出してしまった。。
「なっ!? 何故泣くのじゃ!? 妾か? 妾が悪いのか!?」
「いやお嬢様以外に誰がいるんですか。あれだけの言葉を浴びせられれば誰だって泣きたくなりますよ」
本当に他人の気持ちとかを考えない奴だな。
しかし今のオドオドした状態はそれなりに珍しい、いいざまだ。
「ごめんね、うちのお嬢様が酷い事言って。全部気にしなくていいから、えっと君名前は?」
「……ぐすッ クリス……」
「クリス、手を出して」
「?」
首を傾げながら手を出すクリスに俺は金貨を5枚程渡す。
因みにこの世界の金貨1枚、つまり1ゴールドは日本円に換算すると約10万円くらいの価値がある。
「!? な、なにこれ!?」
「君にあげるよ、それだけあればしばらく衣食住には苦労しないだろ?」
「で、でもこんな大金受け取れないよ!!」
「ん~ じゃあそれは貸しだ。君がいつか大きくなってから返してくれればいいから」
別に返してくれなくてもいいけど。
「……兄ちゃん、本当に貴族なの?」
「いや俺は君と同じ平民だよ」
それを聞いた子供は少し驚いた後に何か納得したような表情を浮かべ、
「そっか、ありがと兄ちゃん。この恩は絶対返すよ」
と言って路地裏を後にしていった。
恩を返すと言っておきながら俺達の素性も聞かずに去っていってしまったのは何とも子供らしい。
「ミコトよ。主の許可もなくあのような者に金銭を渡すとは、お前も随分と偉くなったものじゃな」
「今月の給料から引いておきますから勘弁して下さい」
どうせ貯金は使いきれないくらいあるし問題ないだろう。
「まあ少年1人を救えただけでも良しとしましょうよ、子供は宝って言いますし」
いつか俺も結婚して子供を産んだりするのかな~
まあこの仕事をしている間はそんなの夢のまた夢なんだろうけど。
「お前まさか気付いておらんのか?」
「何がですか?」
「アレは
「……マジすか」