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7 ラブレター③

 そして祝日。
 僕は千佳さんの家の前で慎二さんを待っていた。
 

 そう言えば、あの日、何で慎二さん宛ての手紙が道路を飛んできたのだろう?
 誰かが家から持ち出した? それとも、千佳さんが自分で届けようとした、とか?

「ねぇどうなの?」

 僕の横にはガリガリに痩せた千佳さんがいる。
 その顔は真っ黒に塗り潰されたようになっていて、どこを見ているかわからない。
 千佳さんはずっとブツブツと何かを話していて、僕の声は聞こえていないようだ。


 ……この状態の千佳さんを慎二さんに会わせて大丈夫なのだろうか?
 僕はまだ痕がうっすら残っている首をさすって千佳さんの様子を窺う。
 千佳さんは今のところ僕のことなど視界に入っていない様子だ。豹変したのが、もし手紙を開いたせいだったなら? いや、慎二さんだったら平気なのかもしれない。


「あれ? 待ってたのか?」
「慎二さん!」

 ぼんやり考えていたら、慎二さんが来た。いつの間にか目の前に車が停まっている。
 慎二さんは鞄から鍵を取り出すと、玄関を開けて中に入った。手招きしてくれたので慌てて追いかける。


 家の中は、少し散らかっていた。生活感とかじゃなく、泥棒が入ったかのように物が散乱している。

「まだ、そのままだったんだな」

 箪笥の中、戸棚の中。ありとあらゆるものを広げて、これがいいあれがいいと奪い合うように持ち去ったらしい。
 慎二さんは遠慮してほとんど何も持ち出せないまま、後の事は家族でやるからと帰されたそうだ。


「で、手紙、だっけ?」

 親族の誰かが見つけててもおかしくないはずなんだがな、と部屋を見回すけれど、見当たらない。
 そんな慎二さんの言葉に反応したのか、千佳さんはぴったり後ろについて回っている。


「お、あれか?」

 パサ、と軽い音がしたほうに行ってみると、慎二さんが件の封筒を見つけた。
 千佳さんの寝室らしいベッドのある部屋。パステルカラーで統一された可愛らしい部屋だ。
 親族の人が閉め忘れたのか、枕元の窓が開いている。

 きっと僕が拾った時は、あの窓から出てしまったのだろう。
 で、また風で飛ばされたのかベッドの足元に落ちていた。
 慎二さんが拾い上げ、読もうとした時。

「ぐっ! な、何だ? 息が……」
『返せ…返せぇぇぇぇ!!』
「やめて、千佳さん!」


 千佳さんにはもう慎二さんがわからないようだった。
 ただ手紙を取り戻そうと、慎二さんの首を絞める。
 僕は慎二さんを助けようと、無我夢中で二人を引き離そうとした。


(千佳、なのか……?)

 慎二さんは変わり果てた千佳さんの姿を見てしまった。
 それに、僕が二人を掴んだことで二人の意識を繋いでしまったようで。


(バカだな、そんなことで悩んでいたのか)

 慎二さんが放した手紙を追いかけるように離れようとした千佳さんを、慎二さんが強く抱きしめる。
 首を絞められていた反動からか咳き込みながらも、それでも千佳さんを放さない。



「千佳、君はずるい人だ」

 慎二さんから流れ込んでくる気持ちを、千佳さんに伝えないとと思って僕は二人を掴み続ける。
 慎二さんは口では語らないけれど、いっぱい千佳さんのことを想っていた。


(千佳、君はいつだって俺を好きだなんて言いながら、自分で全部終わりにしてしまうんだ)


 千佳さんがお兄さんの言葉に反応する。

(電話をしても俺が話してばっかりで、して欲しいこと、自分のことなんて何一つ言ってくれなかった)

 ゆっくりと、千佳さんが慎二さんに向き合う。

(一人で抱え込んで、一人で完結して、俺を置いていってしまった)

『慎二、さん……?』

(ねぇ、君の世界で、俺は必要なかった?)

 千佳さんの顔から黒いモヤモヤが取れ、可愛らしい顔が現れる。
 その眼はしっかりと慎二さんを見ていた。
 慎二さんも千佳さんを見つめている。


(君は知らないだろう? 俺は本当はめんどくさがりで三日坊主だってこと。「おはよう」とか「おやすみ」なんて些細なことで毎日連絡をするのは君だけだったって)


「照れくさくて言えなかったけれど、俺も好きだったよ」
『!』

 それは、千佳さんが最期まで待ち望んでいた言葉。
 言葉にしなくても伝わると思っていた慎二さんと、好きって言ってもらえなくて不安に思って全部終わりにしてしまった千佳さん。
 それでも諦めきれずに、慎二さんが来てくれるのを待っていたんだろう。


 正気を取り戻した千佳さんは、慎二さんに縋り付くように抱きながら泣いて謝って、慎二さんがその肩を抱こうとした瞬間に消えてしまった。
 後には、千佳さんの残したあのラブレターだけ。

「行っちまったか……」

 手紙を開いてその中身を読んだ慎二さんは、小さく「馬鹿野郎」と呟くと声を押し殺してないていた。




 これが、僕が誰かの想いを伝える際に「手紙」を用いるようになったきっかけ。「配達人」の生まれた日。
 僕は困っている人や未練のある幽霊を見つけては、その想いを伝えたい相手に手紙を書かせるようになった。それは、その手紙を書く間相手のことを想うから。想うことで、よりその人を視せやすくなるから。


 最初は例の配達人のルールなんて無かったよ。
 あぁ、そう言えば、あのルールがどうして生まれたかって話だったっけ。
 それは、手紙を書いてもらったりし始めて半年くらい経った頃のこと――

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