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第61回「何が彼らの口を閉ざす」

「魔族社会においても、人類社会においても、サイラス平原の戦いは異常なまでに過小に扱われている。たぶん、支配者層で意見が一致したんだ。『これほどの消耗戦をしたからには、自分たちの身が危うい』ことを、彼らはよく知っている」
「バカな。王がそんな裏取引のような……いや、しかし、アズィズ第三支族への反発を考えると、それも妥当なのか」

 サマーの言葉に立ち上がったプラムだったが、すぐにまた肩まで湯に浸かった。どうやら彼女の中でも思うところがあるらしい。
 アズィズ第三支族。アルビオンの出身だ。絶対的な権力を持っていると吹聴される彼だが、その基盤はまだまだ盤石ではないと考えるのが妥当だろう。

「人間が一枚岩ではないように、魔族もまた一枚岩ではない。常に権力を手にしようと陰謀を巡らせている連中がいる」

 語るサマーもまた、そこに流れる怪しい動きを感じているようだった。それがひいては友の死を招いたのだとしたら、さぞ怒りを覚えていることだろう。
 だが、ここで僕は感づいた。脱衣所に分けておいた魔力の跡に反応があったのだ。

「待て。……そこにはいるのはエロイーズかな」

 僕が呼びかけると、脱衣所から黒い霧が染み出してきて、浴場の中で人型となった。それはまさしく僕らと魔王アルビオンの連絡役であり、おそらくは監視役であろうエロイーズの姿だった。浴場でする格好としてはどうにも不適な、体のラインがはっきりわかる出で立ちで、今回もまた片膝をついている。

「すばらしいお力です。わたくしのことをお見破りになるとは」

 そうだろうね。君はかなり隠密が得意なようだから。
 心の中でそうつぶやいてやった。彼女は非常に危険な存在だ。僕らの本音を知られてはいけなかった。

「今来たばかりのようだな。君にしては息が荒れている。一緒に入っていくかい」
「お気遣い感謝します。しかし、まずはお祝いを。サマー様のご救出、ありがとうございました。すばらしいお手際であったと感服しております」
「ご丁重にどうも」

 僕はややぶっきらぼうに、湯から手を上げて、振ってみせた。

「それとは別件なのですが、我らが王が破壊神様に再度お願いしたい儀があるとのことでした。もしお時間がありましたら、一度スカラルドまでお出でいただければと存じます」

 アルビオンが僕に会いたいだって。
 ルテニアでのことがすでに彼の耳に入っているとしているなら、それに対する抗議かもしれない。あるいは全く逆で、祝福の言葉でも掛けてくれるだろうか。またはこのサマーに関して、早めに釘を刺しに来たか。
 いずれにしても、直接会いたいというのは意外に思えた。
 ただ、彼がどのように考えているのか、それを実際に感じてみるのも悪くない。

「休む暇もないな」

 それでも、一応は面倒臭そうな振りをしておく。僕がどんな話にでも食いつく魚だと思われたら嬉しくない。

「いえ、一晩こちらでお休みになってからで結構ですし、必要であれば別の手段を講じます。ただ、我らが王は破壊神様に直接お話をしたいそうなのです」
「わかった。頼みたいこともあったし、プラムと一緒にお邪魔させてもらおう。ああ、会う前に一つ報告しておきたいことがある。ここにいるサマーだが、うちで使わせてもらいたい。何しろ船出したばかりで、人材不足なんでね。できれば、こちらで活躍してもらおうと思うんだが」

 これにはエロイーズが珍しく困ったような表情を見せた。不気味な彼女をやり込めることができた気がして、僕は楽しくなった。

「わたくしの一存では何とも申し上げられませんが、すぐにでも我が王に伝えたいと思います」
「うん、頼むよ。明日には僕もスカラルドに行こう」
「ありがたき幸せ。それでは、これにて」

 エロイーズは再び黒い霧となり、浴場から脱衣所へと消えていった。
 ここが露天とは真逆の閉鎖的な場所で良かった。おかげで彼女の進入路を限定することができた。
 ともあれ、明日には再び出発しなければならないだろう。せっかくなら、アルビオンにこの城を改造する技術者の紹介を頼んでもいいかもしれない。どうせ脚を運ばせるんだから、散々に利用してやらねばなるまい。

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