第60回「嘘まみれの戦場」
僕はプラムとサマーの体を観察した。プラムには変化がない。前も見た通り、実に美しい肌だ。
では、サマーはどうだ。こちらはまさしく戦士だった。刀傷や火傷の跡。多くの傷跡が、彼女の歴戦の証となっている。それでも、ラルダーラの長たるマルー・スパイサーには及ばないだろうか。彼女の場合は顔や手先にまで傷が及んでいるから別格かもしれない。
「サマー、傷が……」
プラムが心配そうにサマーの傷をなぞった。それはまだ新しい代物に見えた。泥濘にできる轍と同じで、新しい傷と古い傷の見分けがつく場合がある。今回がまさにそれで、サマーの右脇腹にできた切開跡が、彼女が最近何をされたかと物語っていた。
「ああ、ちょっときつい拷問を受けただけ」
「人間め」
「僕も人間だよ」
とりあえず、僕は人間代表として茶々を入れてみた。
すると、プラムはにこりともせずに振り向いた。
「お前は神だろうが」
こう言ったものである。僕を高く見積もっているのか、低く見積もっているのか、まるでわからない。とはいえ、人間は彼女にとって唾棄すべき対象だろうから、まだマシな評価をされていると考えて良さそうだ。
「嬉しいやら嬉しくないやら、複雑な気持ちだね。しかし、君はよく耐え抜いた、サマー・トゥルビアス。カディ・ヤオは君を守り抜いたことを誇りに思っているだろう」
「耐え抜いたわけではありません。私が弱かったのです。彼女の分も、私が引き受ければ良かった。むしろ私の分まで苦しませてしまうなんて、上官として、また友人として失格です」
友人を失った、か。
僕はいささか悲しい気持ちになった。彼女は親しい相手を亡くしたのだ。どんなに辛いことだろう。今日、僕はそんなに辛い気持ちになることをした。たくさんした。だが、そこまで心は痛まない。やはり、今こうして顔を合わせている彼女だからこそ、心痛として感じられるのだろう。
あちら、こちらに、僕は魔力を分けた。とりあえずの保険だ。
それから、一糸まとわぬ姿になった僕たちは浴場へと入る。前の持ち主の趣味を感じさせる造りだった。微細なものまで含めると、彫刻はどれぐらい揃っているだろう。竜の頭から湯が出る様なぞ、まさにこの世の支配者たるを表しているかのようだ。
軽くかけ湯をしてから、中に入る。心地よい温度だ。チャンドリカは僕らの嗜好を知り尽くしているんじゃないかとすら思った。
「君は相当な力を持っていると見たが、どうだろう。ルテニアのやつらなんかに囚われるのは意外に思えるな」
「そうだ。サマーは強い」
プラムがそう答えたのが、どこか微笑ましかった。
「プラムはよく知っているんだな」
「古くからの知り合いだ。その強さもよく知っている。どうして人間たちなんかの捕虜になったんだ」
湯に浸かったプラムはぐっと拳を握り、サマーを見た。彼女もまたどうして旧友が下手を打ったのか、知りたいに違いなかった。
「ぜひ聞かせてほしいね。そう、今や僕も君の友だ。気軽に話してくれ。口調も硬くならなくていい」
「そう……いうことなら。私が捕まったのは半年前。サイラス平原で戦闘が行われたのは知っているかしら」
「サイラス平原。キルゴール王国か。半年前というと、ちょうど僕が隠居してたころだからなあ」
キルゴールはルテニアと魔王軍との、ほぼ中間にある人間の王国である。国土のほとんどがサイラス平原と呼ばれる大平原の中にあり、平原を流れるラザロ川の流域を中心として繁栄している。僕の印象としては、「キルケゴールみたいな名前だな」というものくらいだろうか。モンスターの巣をいくつか潰したが、大物はいなかった。魔族との前線はまだ違う場所にあったのだ。
だが、世界は動き続けているということらしい。
「あの戦いで。だが、待て。王はあの戦いに勝利したと言っていたぞ」
「魔王軍と人類諸国の連合軍の戦いは、決して勝ったと宣言できる内容ではなかった。捕まった私が言うのもおかしいけど、うん、確かに私たちは彼らを追い散らした。でも、被害はこちらの方が大きかった。多くの軍団長や士官を失い、軍組織は壊滅的な状況にまでなった。私は、あれは魔王様の戦争指導における致命的な失策だったと思う」
「だが、事実は隠蔽されているということか」
どうやら、人類と魔族、双方にとって喜ばしくない話が、この戦いには眠っているらしい。