connect-part: オットー・ユルマイズの憂鬱 【次回予告】
ルシャワール帝国の首都『エニシェヒラ』には、最新技術である"鉄骨"や"コンクリイト"を取り入れた、補強
5階建て前後のソレらは、機能性を重視しながらも内包する役割に応じた意匠で建造されており、百年も前であれば王侯貴族の居城とも思える一種の荘厳さを
それは皇帝の指導の下、政府官庁を集中させる事で国家運営の効率化を図り、外観による心理的影響までも考慮して進められた都市計画の
その官庁街の一角。
あえて印象に残りにくく設計された
その日、定時に業務を終えたオットーは首都エニシェヒラから魔導車を飛ばし、イズニカにある自宅へ帰り、家族との夕食を楽しんでいた。
五歳になる息子は幼等学校での聖歌コンテストで入賞したことを自慢し、オットーはそれを祝して魔導車の
労働環境と時間にはどこよりもうるさい帝国である。しかもそれが皇帝陛下直属の帝国軍ともなれば、その度合いはもはや偏執的。『
それを破れば、場合によっては軍法会議にかけられるほど。
それでも、定時で仕事を終えた人間へ職場から連絡があるならば。
軍法会議すら辞さないほどの、緊急事態。
つまり――対外調査2課の課長であるオットー・ユルマイズが直接指揮を執らねばならぬ事態が起きたのだ。
「主任、現状報告」
2課の分析室に入った途端、オットーは上着も脱がずに2課主任であるユミル・シルズマンへ声をかけた。
駆け寄ってきたユミルは現状をまとめたファイルをオットーへ渡し、概要を説明する。
「本日11刻にシグソアーラ城塞から出撃した炎槌騎士団が、同12刻頃、バラスタイン辺境泊領チェルノートへ一方的な攻撃を開始しました」
ファイルにまとめられた資料へ目を通すと、その時系列が書かれていた。
どうやらブリタリカ王国で内紛が起こっているらしい。
12刻に発生した事が数刻後の今になって判明するというのは、情報部としては何とも情けない話だった。
しかし、それも仕方のないことではある。
王国には帝国のように高度に発達した伝信網はなく、魔導士の数も限られている。いまだに主な伝達手段が『手紙』である王国と、
大陸においては、高度に発達した伝信網を持つ帝国の方が異端なのだから。
それはともかく、エッドフォード伯爵が死にかけのバラスタイン辺境伯へトドメを刺すために行動を起こしたという事だろう。
それは、かねて危惧されていた事である。
戦争によって借金の帳消しを狙うエッドフォード家が、バラスタイン家を反逆者に仕立て上げ、これを
つまりは停戦の破棄。
――戦争の再開だ。
「バラスタイン平原の国境警備隊は第一種戦闘態勢へ移行、迎撃態勢を整えています。既に中央即応群からも第102航空竜騎兵大隊が出撃。コンスタンティノポリス要塞も、国境警備隊が突破された場合に備えて動いています」
「だろうな」
オットーはユミルの方へ顔も向けずに、資料を読み続ける。
そこまでは事前の行動計画通りだ。
問題はそこから先。
『炎槌騎士団』がどの程度の戦力で出撃したのか、だ。
「国境警備隊は戦力を把握できず、
「――それが、これか?」
オットーは、資料の最後の一枚にまとめられた内容を手の甲で
「炎槌騎士団の――全力?」
「“
『
騎士という存在を持たぬルシャワール帝国は、不足する武力を
「対応計画書はあったか?」
「はい、そちらに」
ユミルに案内されて、オットーは大机へと向かう。
そこにはチェルノートやバラスタイン平原を含むガルバディア山脈周辺の地図が広げられ、現在判明している限りの敵戦力の配置が書き込まれていた。その端に、幾人もの人間が手にした事でくたびれてしまった資料が無造作に置かれている。
オットーはその資料の束を手に取って、大机の上に広げた。
そこに記されているのは『炎槌騎士団』の構成員と、その能力である。
この資料こそが、騎士を持たぬ帝国が『騎士』に対抗する
――『情報』という名の武器だった。
国策により『騎士』という武力を排除した帝国は、騎士以外の軍事力によって騎士を打倒する必要に駆られた。槍や弓矢では『
そんな尋常でない相手には、尋常でない手段を選ばざるを得ない。
故に、帝国軍は王国に存在する騎士ひとりひとり全ての能力を調査し、対応策を検討し、それに合わせて『戦闘団』を編成するという方法を選んだ。
王国の騎士は一人一人が全く異なった『固有式』という名の能力を持つ
複数の兵科を相対する騎士に合わせて編成し、それぞれを有機的に連携させて、一人の騎士を倒す必要がある。
しかも、不幸中の幸いというべきか――騎士は集団戦闘を苦手としていた。
その強大な能力故に、同士討ちを恐れて徒党を組むことができないのだ。
『
固有式の威力が減衰する程度ならマシで、多くの場合は固有式そのものを発動できなくしてしまう。下手をすれば互いが乗る幻獣の根幹魔導式を破壊してしまい、何もない超高空で宙に投げ出されることになりかねない。
故に、騎士は少人数で行動し、いざ戦闘となれば個々が一人で戦わねばならないのだ。
帝国軍はそこに付け入った。
――それはブラディーミア十三世が率いる
これは現在においても、帝国軍では対騎士戦略の基幹であるが――相手が『炎槌騎士団』となると、少し事情が変わってくる。
オットーは広げた資料を、苦々しく
資料に記された騎士は四人。
内、二人は『大騎士』の称号を持ち、もう二人は『
大騎士の二人はまだ良い。
この二人は典型的な“一騎討ち型”の騎士だからだ。
大騎士の一人――ニコライ・ジャスティニアンが持つ『不滅剣:デュリンダーナ』の固有式は『概念忘却』と『概念強制転与』。
デュリンダーナという剣は『壊れる』という概念を
簡単に言えば『触れた相手を必ず破壊する、決して折れない剣』というわけだ。
もう一人の大騎士、ガブストール・アンナローロが持つ『輝槍:カインデル』も、一騎討ちに適した能力を持っている。固有式は『限定予知』と『凝集光手』。所有者へ「次に攻撃が来る場所」を伝える能力を持ち、加えて槍内部へ『光』を
この二人の『固有式』は、騎士同士の一騎討ちにおいて最大の力を発揮するものだ。
そして帝国兵士を相手にする場合にはほとんど役に立たない。
そんな能力が有ろうと無かろうと、ただの
良くも悪くも、『騎士を倒せるのは騎士だけ』という王国の思想を体現する存在だろう。
つまり、
この二人はやっかいな騎士というだけで、これまで通りの方法で対処が可能だ。
――だが。
残り二人は現状、
断罪の
そして、鉄壁の紫雷――アンドレ・エスタンマーク。
この二人は広範囲を破壊する固有式を操る
戦闘団という単位で作戦を行わねばならないルシャワール帝国軍の天敵とも言える存在である。
つまり、別の方法を考えなくてはならない。
それが情報部対外調査2課の設立目的でもある。
オットーは資料から顔を上げ、ユミルへ問いかける。
「例の魔導士どもと連絡はつけられるか?」
オットーが口にしたのは、2課が支援している王国内部に潜む反政府組織のことである。
王国では以前から、貴族騎士と平民出の魔導士との
そこに着目した帝国軍は『敵国内部での破壊工作専門の
現在2課では、ブリタリカ王国内部に魔導士たちで構成された反政府組織――『憂国士族団』を支援していた。彼らは魔導士たちによるクーデターを画策しており、2課では彼らを支援する事で王国内部に混乱を作り出そうと考えていたのだ。
加えて、彼らを脅威度の高い騎士団へと優先的に潜り込ませる事で、所属騎士の詳細な情報も得る。
脅威度の高い炎槌騎士団に至っては――所属する随伴魔導士の九割以上が『憂国士族団』の構成員となっていた。
オットーの発言は、彼らを利用しようと考えてのものだったが、それを受けたユミルの表情はみるみる内に苦々しいものへと変わっていく。
「どうした?」
「未確認ですが――、1課の現地協力員から炎槌騎士団の魔導士隊は全滅したとの情報が」
「はぁっ!?」
思わず声をあげたオットーに、分析室にいる人間の視線が集まる。「すまない」と、軽く
「
「はい。――ですが国境警備隊の斥候からも、魔導士隊の姿が確認できないとのことです」
「それは確かなのか?」
「1課はそう判断しているようです」
オットーは言葉を失う。
確かに魔導士は、騎士と比べれば貧弱な存在だ。魔杖で能力を底上げしたとしても魔導武具の固有式には劣るし、
だが、それでも魔導士は、武器を持たない者からすれば十分脅威だ。
空を自由自在に舞い、家一軒を焼き払う魔導式を扱い、弓矢で撃ち落とす事も困難。一人の魔導士を殺す
そんな存在を、
チェルノートは騎士どころか魔導士にすら
オットーは大机に広げられた地図の、『チェルノート』と書かれた一点を見つめる。
国から見捨てられ、戦争を再開する
駐屯兵どころか、自警団すら存在しない小さな町――のはずだ。
「一体……チェルノートのどこにそんな戦力があったというのだ」
オットーの問いに、答える者はいなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
~これまでのあらすじ~
戦争を再開するため、
町を焼かれながらも住民を避難させたマリナとエリザベートだったが、彼女らに突きつけられたのは、リチャードの「領主を殺せば助けてやる」という言葉と、それに揺り動かされる住民たちの瞳だった。
そんな状況下でも、エリザは「領民を助けたい」と願い、
マリナは「そんなアンタが好きだ」と笑う。
戸惑うエリザに、マリナは告げる。
「オレたちの遊びを邪魔するクソ騎士どもに、逆襲してやろうじゃねえか」
【次回予告】
火に飛び入る羽虫こそ、円卓を燃やす種火となる。
マリナは
エリザベートは領主の資格を示すべく、リチャードへの逆襲を開始する。
阻むは鉄壁の
打ち砕くは、逆襲の牙。
たとえこの身が朽ち果てようとも、果たすべき明星の誓いがある。
次回、メイドin
――第3話『これが私の公女様』――