第58回「プラムは抵抗した」
「よう、兄弟。槍は持って帰ってきてくれたか」
ちゃっかり館の主人の部屋を占拠しているコンスタンティンが、僕をハグしながらそう言った。
「ああ。だが、ずいぶん錆だらけだ。魔力を感じるから本物だとは思うが」
この「親しむべきおっさん」を抱き返しながら、僕は答えた。こうやって近くで見てみると、彼もまた厳しい環境のもとで生き抜いてきたことがわかる。肌には細かな傷跡があったし、手は数度の負傷のためか、それとも多大なる修練のためか、あちこちが膨れていた。
「そうだな。かつての名槍も年月には勝てない。だが、真の力は槍としての貫通力ではなく、呪具としての解呪力にある。俺の見込みが正しければ、全く問題はないだろうさ」
「じゃあ、さっそく」
僕が槍を背負ったプラムを呼ぼうとすると、コンスタンティンが間に割って入ってきた。
「おっと、待ってくれ。せっかくだから、身を清めてからにしよう。こういうのは段取りを踏むってのが大切だからな。あんたたちも疲れただろう。みんなゆっくりくつろいでから、それからでいい」
本当に気が利くおっさんだ。
「ご配慮どうも。そうさせてもらおうかな」
「部屋の用意をしてなかったので、すぐに片付けるっすね」
「サマーには僕の場所を貸そう」
僕がチャンドリカにそう答えたところ、プラムが不満そうな顔を突き出してきた。
「神、それでは私が神と離れてしまう」
「寝る時くらいはいいだろう」
「ダメだ。いつでも傍で観察を続けるのが書記官の仕事だ」
「仕事熱心なことだ」
こうも情熱的に迫られたことはないし、もっと違う形で情熱を示してほしかったが、ともかくプラムは僕と離れるのが嫌な様子だった。ならば、彼女の意見も聞き入れるより他にないだろう。
「すぐに別の部屋を用意するっす。心配ないように」
「城が生きてるってのは便利でいいね。湯はすぐに使えるかな」
「問題ないっす。なんと湯釜が使えるまでに復旧したっすよ」
雨水を貯めて体を拭いていた、あの一連の攻防戦の後が嘘のようだった。
「彼女たちを先に入れてくれ。僕もその後に入ろう」
「経済ではないな。一緒に入ればいいだろう」
今回のプラムはかなり頑固だ。いや、いつだって頑固ではあったのだが、どうにも僕に食い下がってくる。僕の破壊に嫌なものでも感じたのか。はたまた、その逆か。そんなところに原因はなくて、もっと根本的な部分で考えるところがあったのか。
僕としては、もう母親と一緒に入るようなメンタルでもないのだ。ましてやプラムは母親ではないし、僕にとって邪悪な存在である母親と同一視もしたくない。
それなら、嫁か。
うーん、嫁ねぇ。
「プラムはそうかもしれないが、サマーはダメだろう」
僕はサマーに活路を見出したかったが、サマーは魔王軍式の敬礼で返してきた。悔しいくらいに綺麗な答礼だった。
「私も軍中で生きる戦士です。どうぞお構いなく。貴方とは話をしたいと思っていましたし」
これでは降参するしかなかった。
コンスタンティンが「うらやましいね」などと肩で小突いてくるのが、むしろ救いにさえ思われた。
「嬉しいね。それじゃあ、混浴と参ろうか」
こうなったら仕方がない。堂々と目の保養をさせてもらうとしよう。代わりに、プラムとサマーには僕の裸に魅力を感じてもらう以外にない。これで初めてウィンウィンというものだ。きっと。たぶん。おそらくは。