バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第54回「ジャンヌの謎」

 囚人服のサマーが、胸に手をやって残骸を見つめていた。そこには無数の「人だったもの」が転がっているに違いない。

「すさまじい力……プラムから大体のことは聞きました。まさしく神、ですね」

 神か。
 もしかすると、神話の神も案外精神は弱いのかもしれない。頻繁に怒り、血縁者を含む他の者の命を奪うのはそのためだ。
 それなら、神なんてのは決して大層なもんじゃない。人間と変わらない存在だと言えるだろう。

「大したことはないさ。今、転移魔法を試みたんだけどね。ジャンヌが作ったであろうあの場所には飛べないようだ。自分の能力不足を痛感してるよ」

 これは本当だった。あの桜の園をイメージして転移しようとしたが、どうにも上手くいかなかった。僕は力不足を実感せざるを得ない。同時に、あの少女の正体が気になった。ジャンヌ・ダルクか。見た目には相応しい名前に思えた。オランプ・ド・グージュという感じではない。

「ジャンヌ。あの怪しい女」

 サマーが言った。どうやら彼女も知っているようだ。

「君とはどういう関係なのかな」
「前々から噂になっていた女です。そいつは魔族と人間との間を、まるで貿易風のように行ったり来たりする。油断ならない相手という評価です」
「その油断ならない相手の依頼で、君を助けに来た」

 どういうこと、とサマーが続けた。どうやら彼女にとって絶対的な味方として、ジャンヌは存在したわけではないらしい。
 いよいよもって、あの少女が怪しい存在となって揺らめいている。この世界を掌中で転がす企みを抱いているのではないか。そんな気さえしてくる。

「私が捕まった後も現れました。ルテニアのやつらにとっても重要な人物らしく、親衛隊が控えていたことを思い出します」
「そいつはどうもきな臭いな」
「決して味方ではないが、敵でもないというのか」

 プラムの言葉が現状を的確に説明しているように思えた。少なくとも、必ず敵対する相手ではなさそうだ。どちらかというと、今の世界に混沌をもたらしたい。そんないやらしい企みさえ垣間見える。

「あるいは、あらゆる存在にとっての敵かもしれない。この世界に戦乱をもたらすことで得をするのか。いいや、あとは直接問い詰めてみよう。丸猫亭、だったか。あの食堂は。あそこに行こう」

 僕は最後の一撃とばかり、ローレンス城の瓦礫に極大の雷を打ち下ろした。それを契機に召喚していた竜たちにも暇を与え、常ならぬ戦乱に巻き込まれたこの城にはようやく平穏が訪れた。
 もっとも、死と負の匂いが漂うこの場所を、平穏と呼ぶべきかどうかはわからない。

しおり