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3 逃げられないその場所で、逃げ道を探した。

 思えば、前世の己は何かと人から頼られることが多かった。しかも、頼まれたら嫌とは言えない性格をしていたと、そう思う。
 それは、今世でも変わらないらしい。
 そもそも、第二王子との婚約だって、伯母である王妃から「あの子のことお願いね?」と言われたのが始まりだった気がする。
 まあ、結局この婚約は破滅の未来しか見えなかったので解消させてもらったが。
 とにかく、性格は死んでも治らなかったということが、よくわかった。
 いまさらどうしようもないのだ。
 だからリディアは、前向きになんとかしようと、気持ちを切り替えた。



 その日の授業が終わり、夕食を取るべく食堂へと歩いていたリディアの体は、心なしか軽かった。
 反対に、横を歩くネイラはどんよりとしており、リディアにしがみつきながら歩いている。
 原因は、今日の授業にある。
 なんと、新たな授業が始まったのだ。
 もちろん、午前中は今迄通り体力づくりなのだが、午後からマナーレッスンが加わった。
 平民生徒と貴族生徒の得意分野が切り替わった瞬間である。
 子供のころからマナーを教え込まれていた貴族たちと違って、そんなものを受けたことのない平民生徒たちは、悲鳴を上げていた。ドレスで走れる淑女の鏡であるカトリーナ先生は、とても厳しい。リディアでさえも、ビシバシと鍛えられた。
 だが、それでも平民生徒たちに比べれば下地ができているので、今までと比べれば格段に楽なのだ。特に体力的に。
 だから平民ではあるけれど、あの学園で1年教育を受けたネイラは、まだ多少はましなのだが、それでも焼け石に水程度だったらしく、相当扱かれていた。
 心なしか腕や足がぷるぷるしている。
 恐るべし、マナーレッスン。

「……1週間もすれば、だいぶ慣れるわよ」
「……1週間どころか、明日起き上れるのかが不安です……」

 それはリディアも思ったものだ、授業1日目に。
 だが。

「人間気合で多少のことは何とかなるものよ。私はなったわ」
「うう、がんばります……」

 しくしくとうなだれるネイラを半ば引きずるようにしつつも、何とか食堂に到着する。
 ネイラが動けるようになるまで待っていたので、やや人の少なくなったそこを見渡し、ひらひらとこちらに向かって手を振る人物に気づく。
 問題の勇者、レティアだ。
 どうやらこちらに来いということらしい。
 頷き、飲み物だけを持って席に着くと、すぐさま本日の夕食が並べられる。
 相変わらず、素早い対応である。
 ひそかに感心しつつ、リディアは目の前の人物に目を向ける。
 レティアの横に座る、あと数年したら確実に好青年と呼ぶにふさわしいだろう、さわやかな笑みを浮かべている男子生徒。
 初対面のはずなのだが、何か、どこかで見た覚えがある気がしてならない。
 焦げ茶色の短髪だが、ひと房だけ銀色がかったそれを、どこかで……?
 首をかしげるリディアの横で、息をのむ音が聞こえた。

「まさかっ、……ケイン・ゼーリウス、です、か?」
「えっ」

 まさか。
 否定してほしいという思いが瞬時に湧き上がったのだが、その望みは無情にも断たれた
 他ならぬ、本人によって。

「正解。あの暑苦しい剣術バカ代表と言われた、ケイン・ゼーリウスです」

 そう言って、さわやかにほほ笑む彼が、あの攻略者。熱血の「ね」の字も感じられない彼が、あの幼馴染。
 確かにレティアは「別人」だと言ってはいたが、これは詐欺だろう。いくらなんでも変わりすぎである。
 唖然とするこちらの様子を、ついに堪えきれなかったというように、レティアがお腹を抑えながら笑い出す。

「ふ、ふふ。やっぱり『知っている』というのはいいね」

 ケインがそんなレティアをたしなめるように「レティ」と呼ぶ。

「ごめん、つい。……ケインの他に話せるものがいるというのがうれしくて」

 ああ、確かにとリディアは思う。
 本来なら、こんな、「この世界は乙女ゲームなんです」なんて口に出すことすらできない。出したら最後、頭がおかしい人だと思われるだろう。この記憶がなければ、リディアだって間違いなくそう思うからだ。
 けれど、ここには同じ記憶を持つ者がいる。
 それも4人も。

「……奇跡ですよね」
「そうね、何かの意図を感じなくもないけど」
「そうだな。でも今だけは感謝してもいいんじゃないかなと、私は思うよ」
「ああ、心強いしね」

 くすりと、誰ともなく笑みをこぼす。
 共通の記憶というものがあるだけで、何か絆のようなものを感じてしまうのだろう。
 なんとなく、ほのぼのとしながら食事を終え、食後の紅茶をいただく。

「……なんか落ち着くわね……」
「……落ち着きます」

 そうつぶやくネイラは、どこかふわふわとしている。かなり眠いようだ。
 そろそろお暇しようかしら? と思い、挨拶をしようと顔を上げると、なぜか真剣な表情をしたケインがいた。

「……? なにか」
「いや、……本当は言おうかどうか迷っていたんだが……」
「やはり真実は告げておいたほうがいいだろう、選ぶなら、知るほうをとるよ、私は」
「……そうか」

 なにやら二人の間で話が進んでいるようだが、リディアにはさっぱりだ。
 とりあえず、ネイラを揺り起こす。

「ね、むいです……」
「そうね、でも起きなさい。あなたも聞いておいたほうがよさそうだから」
「……はい」

 顔をぱしぱしとたたきながら何とか目を覚ましているネイラを見つつ、どうやら結論が出たらしい二人を見る。

「で?」
「そう、だな。まず二人は『あなたの想いが私を強くする』のファンディスクをプレイしただろうか?」
「……いいえ」
「……私も、してないです」

 思わず、ネイラと顔を見合わせる。
 ファンディスクなんて、そもそも存在すら知らない。

「だろうね。限定発売されたものだから、持っているものは限られるだろう。……ゲームの本編に登場した、魔王の右腕的な、悪役の女性を覚えているだろうか?」
「あ、あの常にフードをかぶっていた?」

 ちょこちょこ出てきては、邪魔をしてくる女性。だが、その素顔は常にフードをかぶっており、どのルートでも最後まで明かされることはなかった。そんな謎の存在。

「それがファンディスクで、少し、というか存在のヒント的なものが出ていて、……まあ、『だれ』であるかの特定は、ゲーマーなら、おそらく全員できただろうと思う」

 なにか歯切れの悪いその言い方に、眉を寄せる。
 ……なんだろう。すごく嫌な予感がする。

「ヒントは、『隣国からきた』『大貴族の娘』『没落』『王家』」

 背筋がぞわっとした。

「……何かしら。私、今すっごくこの場から走り去りたい」

 そりゃあもう、全速力で。
 だが、勇者がそれを阻止する。どこか憐みの瞳で。

「リディア。聞きたくないだろうが、聞くんだ」
「私もういっぱいいっぱいなのに!!」
「……そして、『はちみつ色の髪にうすい緑色の瞳』」

 沈黙が訪れた。
 ネイラが口をあけたまま、こちらを凝視する。
 正確には、リディアの腰までもある『はちみつ色の髪』と『うすい緑色の瞳』を交互に見ている。

「よ、よくある容姿よね」
「ないよ」
「あるのよ!」
「……リディア様。『はちみつ色の髪とうすい緑色の瞳』は……、王家の血をひかないと持てない色です……」

 ネイラが止めをさした。
 そう、そうなのだ。
 この国の王族はまさしくネイラが言った通りの色を誰もが持っているのだ。
 それはもちろん、現国王の妹を母に持つ、リディアにも流れているということで……。

「で、でもそれなら他にも候補がいるかもしれないじゃない! 実は他の時代かもしれないし、どこかにいないとも限らないじゃない!?」

 この国では意味のある色だけど、他国ではありふれた色かもしれない、と必死に現実から目をさらす。
 だが、ケインはそっと瞳を伏せて首を振った。

「トゥルーエンドがある。とても難しい条件をクリアした先に見れるもので、……何度リセットボタンを押したことかっ……」
「って、ケイン。それは置いといて」
「あ、ああ、すまない。でそのエンディングロールの最後に、魔王が呼ぶんだ、彼女を」
「…………な、なんて」
「『リディア』」
「………………」

 あ、これもう無理だ。

「リディア様! 気絶しないでください!!」
「いいじゃない気絶したって! 私は今全力で気絶したいのよ!!」
 いやいやと、耳をふさいで首を振る。
「……リディア」

 だがやっぱり勇者がそれを許してくれない。いつの間にか横へと移動してきていたレティアによって、両耳から手が外される。
 恐る恐る視線を合わせるが、そっとそらされた。

「どうしてそらすの!!」
「いや、その……」
「勇者でしょう!!」
「それは関係ないですリディア様」

 スパッと後ろから切られた。
 ……どうも常々思っていたのだが、ネイラはこう、言いにくいことをズバッという性格のようだ。しかも、このかわいらしい容姿から放たれるので、ダメージは倍になる。

「…………私、かわいそう……」

 思わずつぶやく。

「ま、まあリディア嬢」

 ごほんと、咳払いをして、ケインが言う。

「まだ、そうと決まったわけじゃない。いくら同じ製作者だとしても、他人の空似かもしれない。……可能性はなくはない」
「……その可能性は何パーセントくらいかしら?」
「…………1パーセントくらい?」
「それもうアウトよね……」

 うなだれる。
 確かにいろいろ齟齬はあるだろう。だが、すべては「ゲームだから」で片づけられてしまう。
 乙女ゲームのヒロインだって、本編で恋に落ちてエンディングを迎えても、続編でそれがなかったかのように違う人と恋に落ちれてしまうのだ。そこに、どれだけ矛盾があったとしても。
 だってそれが乙女ゲーム。それがゲーム。それがあたりまえ、なのだ。

 だがしかし。
 だがしかしっ。

 このゲームの製作者と、信じてもいないが神様とやらに、言いたい。

「…………そんなに『私』を悪役にしたいのかしら……?」

 ふふっと、あきらめたように笑いながら言ったその言葉に、だれも何も言えなかった。


 

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