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第44回「破壊の意志」

 僕らは通りを歩く。この街は世界でも有数の大都市で、道々で見かける人種も多彩な顔ぶれになっている。ひいては、奴隷も。世界には光と影があって、ここではその両面を見ることができる。僕は光の中で生まれ、影で育ち、光の中へと連れ出され、再び影の方へと投げ込まれた。
 そうは言っても、力があるのは幸せなことだ。生まれてから死ぬまで奴隷でいる必要はない。影の中へ追いやられたといっても悠々自適な生活をしていたわけだし、今ではこうして好き勝手な生活もできている。
 職業選択の自由は、今なおこの国では保証されていないし、世界でも非主流派である。人権宣言ができるためには、激しい革命が必要なのだろう。皮肉なことに、人類国家は対魔族の大義名分があるから、もちろん彼ら同士でのいざこざはあるにせよ、容易なことで社会体制が変わることはない。
 今が変わるためには、もっと劇的な何かが必要なのだ。
 そのために、僕は目立つ必要があるのかもしれないが、やっぱり限度があると思う。

「いずれにしても、堂々としすぎているのも問題かもしれないね。リリ・トゥルビアスが僕を迎えに来た時、監視をしていた皆さんには派手にパフォーマンスを披露したからな。末端の兵士はともかく、国家の上層部は僕の変節を知っている可能性が高い。その点は注意していく必要があるだろう。それでも、ここで遠慮をするつもりはあまりない。ましてやサマーを助けだしたら、いよいよ好きにする」

 プラムがふうんと小さく言ったような気がした。こいつはしまった。貴重な機会を聞き逃してしまったかもしれない。雑踏が大きいせいだ、と責任転嫁することにした。

「ルテニアには含むところがありそうだな」
「あるさ。僕を、正確には僕の魂をこの世界に呼び寄せた恩はある。しかし、そこからの人生は決して嬉しいものではなかった。『人間』ってものを存分に味わうことになった気がするよ。魔族はどうかな、プラム。人間ほどには絶望することもないかな」
「そこについては安心してもらおう。また、同時に事実をしっかり見据えればわかる。魔族は人間ほどに繁栄しているかな」

 こいつは冷笑的な意見をもらったものだ。世界における人類国家の領域は八割を超えている。少なくとも、大地は人間のものだ。魔族やモンスターが跋扈しているとはいっても、この優位が揺らぐことはないだろう。

「そうだな。こと権力欲に関しては、人間に勝てるはずがなかったわな」

 アンブラム通りに出た。今は亡き王族にして名宰相の名を冠したこの通りをたどれば、容易にローレンス城へ行き着くことができる。通りには屋台が出ていて非常に活気があった。人通りも多い。
 歩きながら、プラムが少し身を寄せてきた。すぐに「聞こえるか」と言ってきた。別に寂しいわけではなく、声が届かないのが原因のようだった。僕は聞こえる旨を伝えてやった。

「城にはどうする。夜まで待ってから入るか」
「いや、昼で問題ない。入るだけなら簡単だし、勝手知ったる部分もある。それでダメなら、押し通る」
「ずいぶんと適当な計画に聞こえるが」
「そうだよ。つまり、適切な計画ということだ」

 凝った作戦は必要ないのだ。僕の存在がバレたからといって、たちまちサマーが処刑されてしまうわけでもない。大切なのは彼女をなるべく安全に確保することだけ。あとは好きなようにしていいわけだ。
 誰だって夢想したことがあるだろう。学校なんて無くなっちまえばいいのに。嫌いなやつの家が吹っ飛んじまえばいいのに。こいつは僕が陰気だからかもしれないが、それでも、一瞬たりとも考えなかった人間はいないと考えている。
 僕は、やる。
 これから、それをやるんだ。

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