第43回「始まりの地、ルテニア」
「ん、ここは魔力でしか開かないようになっているか」
左の石を触れて出た先、向こう側から人の声が聞こえるドアに手を掛けたところ、ようやくそのギミックに気がついた。普通の扉のように見えて、実は魔力を持った人間しか通れないようになっている。
「厳重なことだな」
「適格者以外が侵入するのを防いでいるんだろうね」
当然と言えば当然だ。すぐそこに人がやってくるような場所なのならば、勝手に使われないようにしておく必要がある。この程度の配慮は当然だろう。
僕は魔力を込めてドアを開けた。予想通りだ。そこには食堂の風景が広がっていた。テーブルは満席。どうやら繁盛している店のようだ。もしかしたら、ジャンヌの行きつけの店なのかもしれない。
上を見ると、この部屋がどういう案内になっているかが見て取れた。
「ここは……食堂か」
「そして、僕らが出てきたのは礼拝室らしい。開かずの礼拝室か。面白いところに出入り口を作るもんだ。何か食べていくかね」
「必要ない」
「じゃあ、行こう」
僕らは礼拝室のドアを閉め、颯爽と外に出た。途中で店の主と目が合ったが、お互いに何も言わなかった。たぶん、この部屋のことはアンタッチャブルなのだろう。ならば、別にこちらから騒ぎを起こす必要性もなかった。外に出て掲げられた看板を見てみると、太った猫がごろにゃんと丸くなっているイラストが描いてあった。
「丸猫亭」
プラムが筆記体になっている字を読み上げた。
「猫がお好きかな」
「神よりは好きだ」
おや、僕はちょっと傷つくよ。
「そいつは悲しいね」
「絶対値で言えば、超好きな部類に入る」
ということは、相対的に言えば、僕は超好きより下という程度か。
ならば、普通に好きである可能性は否定されていないわけだ。
「うん、それを聞いて、むしろ嬉しくなったよ。王城に向かおう」
僕らは丸猫亭を離れ、空に太陽の気配を感じながら、子どもたちが走り回る路地を歩きだした。
「あれだけでかい図体だと、迷うことはないな」
プラムが言うのは、ルテニア王国の中心であるローレンス城のことだ。現在、ルテニア王国はヴェネガス王朝が続いている。現国王ハーシュ2世はすでに在位30年以上になるが、最初の子どもであるフランツが生まれたのはわずか4年前。このため、後継者問題がささやかれている。フランツの叔父や叔母にあたる者たちが虎視眈々と狙う一方で、フランツの母にあたるハーシュ2世の側室の家、名門貴族のラヴィンドラン家は自身の権力強化に奔走しているという噂だった。
王座を狙う者の中にはもちろんヴェネガス王朝の遠縁にもなる有力貴族もあって、そこには勇者シャノンを輩出したウォルフォード家も含まれている。シャノンの父であるドラガンは王座奪取を狙う急先鋒らしい。
まあ、今の僕には関係のないことだ。ともあれ、あの城にたどり着くのが肝要なのだ。こうやって見上げる限りではすぐにたどり着けるようだが、この地区には罠が潜んでいる。
「だが、ピアソンは結構通りが入り組んでいる。メインストリートに出た方がいいな。僕らは別に指名手配されているわけじゃない」
「どうかな。そのうち、神は大手を振って歩けなくなるぞ。人間たちから恨まれるようになるかも」
残念ながら、僕はまだ恨みを買っていないと思えるほど楽天家ではなかった。
「そいつは悲しいね。僕は誰からも尊敬されたいんだ。八方美人の寂しがりやだからね。誰かに嫌われるのは悲しいから、その前に滅ぼしたくなる」
「いい性格をしているよ。神が神になれた理由がわかる気がする」