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1 悪役令嬢を全力で回避したら、なんか付いてきた。

 そうだ、転校しよう――。


 終業式が終わったその瞬間、唐突にこの世界が乙女ゲームであることを思い出した私は、そう決心した。

 名前は忘れたが、よくある王道的な乙女ゲーム。平民出のヒロインが入学したところから物語が始まり、5人の攻略対象者たちと関わりあいながら卒業までの3年間を過ごすという、なんとも長いゲームだ。
 その中で、登場する所謂“悪役令嬢”が、リディア・オルコットである。攻略対象の一人である、第二王子の婚約者である彼女は、2年目から本格的に登場する。1年目はヒロインと婚約者が徐々に仲良くなるのを見ながらも、そのプライドの高さからじっとしているのだが、2年生になってすぐに、婚約者から邪険に扱われたことからぷちっと切れてしまう。
 そりゃあこれだけ酷い扱われかたしたらキレるよねー、むしろよく1年も我慢できたよねーと、思ったものだ。
 で、そのまま3年生の終わりまでひたすらひたすらありとあらゆる手を使ってヒロインを排除しようと動いた結果、逆に排除されてさようなら、というのが悪役令嬢の末路である。
 もちろん、ヒロインはハッピーエンド。
 ちなみにこのゲーム、ヒロインが王子以外を選んでも悪役令嬢の末路は変わらない。
 なぜならば、平民出がちょろちょろしてるのが気に食わないという理由でちゃんと悪役令嬢をしてしまうからだ。

 で、問題はそんな悪役令嬢たる、リディア・オルコットが今の私の名前であるということである。
 私は前世でそんなに悪いことをしただろうかと、思わず考えてしまった。
 だが、神は見捨てなかった。
 今日は1年の終業式。セーフ。まだ間に合う。だって悪役令嬢してない。

 そんなわけなので、全力で回避することにしました。
 王子? 私の好みは年上の大人の男なので、お坊ちゃまは論外。
 さらにいうなら、リディア・オルコットとしての今までの記憶をさらっても、執着していたのは王子の婚約者としての立場なので、無問題。

 なので、さようなら婚約者様。
 お近づきになりませんわ、ヒロイン様。
 どうぞ、私とは全く関わり合いにならないところで幸せになってくださいな。





 そうして、迎えた始業式。
 今までの学園ではなく、“塔”へと無事入ることができた私は、心穏やかに式に出ていた。

 塔とは、学園とは別にあるめちゃくちゃ厳しい教育機関である。
 まず、入学試験が難しい。だが、そこはオルコット家に生まれた令嬢たるリディアの敵ではない。プライドの高さと努力の度合いが比例しているので軽くクリア。
 だが、もっとも厳しいといわれる理由は、塔が『他者の介入を一切受け付けない』という特殊な環境にある。
 入ったら最後、卒業するまでの間、親の援助も横やりも一切入らない。入れることができないのだ。たとえ王であっても。
 さらに、卒業するまで塔から出ることはおろか、社交の場にも出ることができない。
 それはある意味、貴族にとっては致命的となる。
 だから、たとえ塔に入ることが、とても高いステータスだとしても、大多数の貴族は決してその道を選ぶことはまずない。
 だが、私にとってそれは都合がよかった。
 その程度のペナルティなど、乙女ゲームで悪役令嬢をやらされた挙句、さようならさせられることに比べればなんてことない。むしろヒロイン及び攻略者たちに会わなくていいなんて利点でしかない。
 それにここで得られる知識は学園の比ではない。必ず将来役に立つこと間違いなしなのだ。なにを迷うことがあろうか。


 だから私は心穏やかに、自ら切り開いた未来に希望を持って式に臨んでいた。
 が、それは式が終わり、寮へと戻ろうとしたときに終わりを告げた。


 ふと視界を何かが掠めた。
 それに惹かれるように周囲を見渡し。そして。

 目が、あった。

「――っ」
 瞬間、私は走り出した。全力で走り出した。
 何事かと目を向く周囲を余所に、ひたすら走って自室に駆け込む。


 ガチャ。←鍵をかけた。

 カチッ。←だが開けられた。


「リディア様ぁぁぁ!」
「いやぁぁ! どうしてあなたがここにっていうか同室なの!?」
「見捨てないでぇぇぇぇ!!」

 ぎりぎりで寮に入ったせいで同室者と会うことができなかったがまさかの人物。
 仲良くできるかな、なんて思っていたのにまさかの人物。

 ど う し て ヒロインがここにいるの!!

「よか、ったぁっ、リディアっさまぁぁぁ」
 なぜかしがみ付いて泣きじゃくるヒロインだが、私も泣きたい。というかいっそ気絶したい。
 だが、感情制御にたけた己は簡単に気絶などできない。
 なんとかヒロインことネイラ・バルドを慰め、お茶を手渡す。ついでに自分も飲んで落ち着く。
「よかった、やっと会えましたぁぁ」
「……どうしてあなたがここにいるの」
「追ってきたからに決まってるじゃないですか!」
 だから、ど う し て と聞いているのに! というか追ってきたってなんだ。
 ひくりと、頬が引きつる。
 だが、優秀で冷静な頭は、即座に一つの結論を導き出そうとしていた。
「……乙女ゲーム」
「っ! そうです! やっぱり転生者なんですね!?」
 嬉しそうに瞳を輝かせるネイラ。

 ……ですよね―、それしかないですよね―……。

「私、終業式に突然気づいて愕然としました。なんだこれって」
「……奇遇ね、私も終業式よ。即転校しようと思ったけど」
「さすがです!」
 なにがさすがなのかは疑問だが、別の疑問を口にすることにした。
「あなた、なんで逃げたの?」
 だってヒロイン転生なら普通、逆ハーとか目指すものじゃない?
 だが、ネイラはきっぱりと言い切った。
「私、あんな恥ずかしい人たちに恋する気はありません」

 思 い 出 し た 。

 『君に囁こう、この愛を』という名前の、恥ずかしいゲームだったことを。

 そう、囁くのだこのゲーム。ひたすらに、とにかく恥ずかしい台詞をところ構わず、TPOを考えろ! と言いたくなるほど囁き続けるのだ。
 声優が好きな人ならば萌えただろう。だが、前世の私は耐えきれず、声を消し、早送りでエンディングまでクリアした。
 だからこそ、彼女の気持ちもわかる。
 ……耐えられないよね、ヒロイン。

「画面越しなら耐えられますよ!? でも、でも当事者なんて無理です! 萌えるどころか燃えますよ! むしろ私が本人ごと燃やしますよ!!」
「え、ええと、落ち着いて」
「もう、ここまで本能で回避してきた私すごい!」

 好感度を上げる選択肢がある。
 恥ずかしい言葉を囁かれたときのヒロインの行動に左右されるのだが、概ね「恥ずかしそうに俯く」か「何言ってんのかわかんないからスルー」の二択だ。
 乙女ゲーム的には前者だが、この場合の正解は後者だ。恥ずかしさのレベルアップなんて耐えられない。
 これを本能で回避してきたというのだから、確かにすごい。
 危機回避能力が半端ない。

「だからリディア様が転生者じゃないかって気づいたとき、絶対に友達になろうと思ったんです!」
「……いつ気づいたの?」
「あ、終業式の後いろいろ考えて、まず悪役令嬢たるリディアさまの誤解を解こうと思ってお屋敷の近くまで行ったんです。そしたら、なんか様子が違ったので調べたら塔に転校しようとしてるじゃないですか! 私、これはひょっとして転生者じゃないかって!」
「………調べた?」
「あ、私前世でそういう職業だったので、得意です」
 なにそれ、超怖い。
 若干引いた、だがネイラはスルー。本当にスルースキルが無駄に高い。
「そういえば、リディア様もよかったんですか? 婚約破棄されたみたいですけど、そもそもよくここに入ることが許されたな、と思ったんですけど」
「そうね」
 にっこりとほほ笑む。

 王妹である母はプライドが高いので「私をないがしろにする王子とこれ以上やっていく自信がないの」で顔色が変わり、現実主義の父には「侯爵家を継ぐ私の旦那様には公務を疎かにする王子様では論外かと」の一言で理解を示した。
 即座に笑顔で王宮に乗り込んだ二人が何をしたのかは知らないが、無事婚約は破棄。しかも慰謝料もしっかりと頂いてきたようだ。
 その後、何度か元婚約者が家に来たようだがすべて門前払い。
 ざまぁみろ、と素直に思いました。もちろん罪悪感など微塵もない。
 だって、政略だとはいえ婚約者を蔑ろにするやつが悪いのだ。

「理解ある両親でよかったわ」
「憧れます!」
「ありがとう。で、あなたはこれからどうするの?」
「それなんですけど……追いかけてくると、思いますか?」
「……あー……」
 どうだろうか。
 正直、私だけならその確率は限りなく低い。だが。
「あなたがいるものね……」
「うう、見捨てないでください……」
 この塔に入れるのは、一年に一度、1学期の始業式前しかない。それ以外の例外は、ない。
 だから来るとしたら、来年だろうか。
「……1年でなんとかなるかしら」
「なんとかしましょう、してください!」
 必死の形相に、私は何かを諦めてため息をこぼす。
「……現実だものね……」
「現実です。これ以上逃げれない現実です!」
「そうよね……」
 はぁ。
 ほんの少し前までは、とても心穏やかに過ごせていたというのに。
 ちらりと、あれほど関わりあいたくないと思っていたヒロインを見る。
 迫力のある美女といわれる己とは正反対の、可愛らしい美少女。己もヒロインも、間違いなく画面越しでしか見れないはずの容姿をしている。
 だが、これは現実。
 どれだけ頬をつねっても目は覚めない。
 仕方がないから、……認めよう、現実だと。
 瞬き一つで意識を入れ替える。
「さて、ではやってみましょうか。1年で攻略者たちを跳ね除けられるだけの力を」
「はい! どこまでもついていきますリディア様!」
 力強く、ヒロインは頷いた。





 悪役令嬢だと気付いたので、全力で回避した。
 そうしたら、なぜかヒロインがついてきた。

 ――え、なんで?



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