第30回「タイティラーヨ街道の遭遇」
予定通り、転移魔法でサトリオ公国のマノワに到着。この国の最大の街だが、あくまで相対的な話であって、規模としては小さい方だ。これから向かうルスブリッジに比べたら大きく劣るだろう。
この街を含めて伸びているのがタイティラーヨ街道だ。まだレラート帝国が「理想」に近かったころに軍事道路として整備されただけあって、状態は非常に良い。今から歩いていけば、日暮れまでにはルスブリッジに到着できるものと考えられた。
今日はいい天気である。気候も穏やかで、歩くには申し分ない条件が整っている。もちろん、走って向かえばもっと早く目的地に着くだろうが、そんなのは目立つばかりで得るものが少ない。あくまで人間の冒険者を装って、この街道を利用するべきだった。
もちろん、他の方策もある。馬や乗合馬車くらいであれば、田舎町であるマノワでも調達できるだろう。しかし、それも避けた。田舎町だからこそ、噂にもなりやすいのだ。リスクは避けるに越したことはない。これが数日を掛けた旅程になるなら別だが、半日もあれば充分に目的を達成できるのである。
そうやって街道を歩き始めて、太陽が南から西へ向かったころだった。
突然、プラムが立ち止まった。
「どうした」
「あの鳥」
プラムが指さした先からは、言う通りに鳥がこちらへ向かって飛んできていた。それが何か違和感を覚えさせる存在であることは、僕にもわかった。
「あれは……」
やがて鳥が高度を下げてきて、突如として形を変えた。それは空中で人の姿になり、体操選手のようにくるくると回って着地した。女だった。異性という異性を誘惑しなければ気が済まないと言いたげな、露出度の高い格好をしていた。適切な形容かはわからないが、SMプレイの女王様を思わせるものがあった。
彼女はこちらに数歩近づいてきて、すっと地面に片膝をついた。
「わたくしにお気づきになられるとは、さすが破壊神様と『天眼』のプラム様。破壊神様にはお初にお目に掛かります。プラム様にはご無沙汰しておりました。わたくし、エロイーズと申します。魔王様の直属の連絡役として、このたびまかり越しました」
そうだな。人間ではあるまい。
「どうも鳥らしくないと感じてね。改めて、僕がリュウだ。アルビオンの部下になるのか」
「その通りです。わたくしの能力はあらゆる生物に擬態する能力。これは破壊神様もお使いになられるであろう変身魔法より、さらに汎用性が高いものです。全く体内の組成さえ変えてしまうのですが、それでも見抜かれてしまうものですね」
「いや、見事なものだと思うよ。プラムも僕も神経質なだけだ」
「エロイーズ、用件は何だ」
プラムが言った。答えを急かすような語調で、どこか苛立たしさを秘めていた。
「魔王様からのお言葉です。『チャンドリカを手中に治め、ロンドロッグを引き込み、アクスヴィルを撃退した手際、誠にお見事。その活動は我々にとって多大な利益をもたらすため、秘密裏に金品での支援を行わせていただきます。人材の派遣も可能ですが、我々との関係が表面化するのは避けたいでしょうから、これは見合わせます。どうか今後もご活躍ください。連絡にはこのエロイーズを遣わせます』」
連絡だって。それだけじゃないな。僕のことを監視しているに違いない。
しかも、魔王軍の本拠地であるスカラルドを出てから今まで、つぶさに情勢を観察していたのだ。やはり魔王アルビオンは侮れない男であり、僕を完全に信頼しているわけではないことも伺えた。
そうでなくては、王など務まらない。
「書面もなしで口頭か。意外とローテクなんだな」
「万一、わたくしがしくじった場合の保険となります。お気を悪くされたかもしれませんが、ご理解いただければ幸いです」
「いや、アルビオンには感謝していた旨を伝えておいてくれ」
「必ずや。プラム様からは何かありますか」
「ない」
プラムの言葉は冷たい。
「姉君も心配しておられ」
「何もない」
その念の押しようも、どこか突き放すような気配を感じた。それにしても、プラムには姉がいたらしい。魔王直属であるエロイーズが様と敬称を付けていること、さらにはアルビオンに対しても無礼に近い言動をしていたことから考えても、プラムの立場というのは想像以上に重要なものの可能性があった。
それはおそらく、彼女の氏族であるレイムンドから来ている。
魔族は人間以上に血統主義の世界な様子が窺える。だとすれば、レイムンド一族はかなりの高位にあると考えてもいいだろう。それこそ、魔王アルビオンのアズィズ第三支族よりも上ということも視野に入れなければならない。
「かしこまりました。そうそう、ルスブリッジでは小雨が降っているようです。どうぞお足元にお気をつけて。それでは失礼致します」
エロイーズは大きく跳躍し、再び鳥に変じて彼方へと飛び去っていった。
「天眼とは強い二つ名だな」
「勝手に言われているだけだ。おい、神、行くぞ。夜になる前にはルスブリッジに入るんだろう」
聞きたいことは山ほどある。
しかし、事を焦るべきではないし、秘密はすべて暴く義務があるわけでもない。触れられたくないのなら、そっとしておくのが賢人のやり方だ。
さっさと歩き始めたプラムを追って、僕は思考よりも足を動かすことにした。