第29回「この上なく醜悪で奇怪極まる国家」
コンスタンティンとの接見から数日後。捕虜の解放や新しい仲間たちの配置など、ようやく概ねの事務処理が終わった。降伏してきたアクスヴィル兵の中に、こうした書類仕事を得意にする人材が複数いたことが幸いした。どうやらチャンドリカおよびロンドロッグは、疑似国家としての船出を迎えられそうである。
しかし、そのスタートを完璧なものにするためにも、人と物の資源確保は重要な任務だった。コンスタンティンの協力は不可欠であり、僕らがその条件を早期に解決せねばならないということだ。
そんな話をしながら夕食を取った後、僕が談話室でくつろいでいるところに、珍しくプラムの方から接近してきた。
「神」
「どうした」
僕は城の中で見つけたフー・スタインの恋愛小説「水辺の君に捧ぐ歌」を置いて、プラムをしっかりと見た。彼女には僕の横の椅子に座るよう促したが、立ったまま話をするのが経済だと言って断った。
「どれくらいレラート帝国について知っている」
これは繊細な質問だった。「どれくらい」をどの段階、どのカテゴリで分類するかによって、答えが大きく変わるからだ。とはいえ、相手は気心の知れたプラムである。知っている事項、また必要であろう内容について、適宜共有することにした。
「そうだな。僕が詳しいのはモンスターがよく出ていた構成国の方で、ルスブリッジのような平和そのものの国には訪れていない。ああ、違うな。ルスブリッジは自由都市だから街か。そういうことで、転移魔法で直接行くことはできないから、近くの国に飛んでから移動することになる。うん、サトリオ公国のマノワがいいだろう」
「わかった」
「僕が訪れたことがあるかという意味なら、この通りになる。だが、レラート帝国の特殊な政治体制について知っているかどうかを尋ねていたんなら、これも基礎的な部分を知っている。あの帝国は帝国なようで帝国ではない。そもそも、二百を超える小規模から中規模国家の連合体を帝国と呼べるはずがない。かといって、連邦でも合衆国でもない。しかも、皇帝は三人いて、二百を超える国家から第一皇帝、第二皇帝、第三皇帝が選出されると来ている。頭がおかしいとしか思えないね。皇帝の安売りのしすぎだ。事実、いつだって内部に問題を抱えているし、そもそも所属している国家同士が頻繁に争っている。哲学者ヴィスワナス・サプコタが『民主的社会と非民主的社会の境界』の中で語った通りだよ。レラート帝国は『この上なく醜悪で奇怪極まる国家』だ」
僕の元いた世界の歴史で言えば、まず連想されるのが神聖ローマ帝国だ。啓蒙思想家のヴォルテールが評した通り、あの国も「神聖でもなければ、ローマ的でもなく、ましてや帝国ですらない」状況だった。
だが、レラート帝国は神聖ローマ帝国よりもさらにひどいと僕は見ている。まるでフランス統領政府のように三人の皇帝がいるいびつさ。とても正気とは思えない。事実、レラート帝国の歴史は権力闘争の歴史であったとこの世界の史書は語っている。設立時の理想は「人類にとって統一された国家、すべての意思を反映した統治、恒久平和を実現する穏やかな政府」だったらしいが、今や形骸化もいいところである。
「問題ばかりの時限爆弾。その評は当たっている。王はすでに目をつけていて、秘密工作を続けている。複数の構成国が、私たちと密かに通じている」
やっぱりな、と僕は思った。
「生き残るために魔王と裏取引か。人間らしいね。じゃあ、予定を変更して、どこか裏切った国家にお茶菓子でも持っていくか」
「必要ない。王は『力でなびく者は別の力にも容易に従う』と言っていた。機が熟すまで放置しておく方針だ。だから、私はむしろ神にこの計画を崩さないように忠告したかった」
「大切なことだ。共有ありがとう。じゃあ、予定通りの経路で目的地を目指そう」
せっかく魔王軍になびかせようとしているのに、その邪魔をしてしまうのは上手くない。プラムに教えてもらった内容は非常に重要で、意義深いものだった。これは今後のチャンドリカの方針にも反映すべきだろう。
次の日の朝、プラムと僕はチャンドリカやマルー、そして今回の旅を持ちかけてきたコンスタンティンらに見送られて、ルスブリッジに向けて出発した。