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ヘッドバット

「嘘、だろ……」

 兄様が、気の抜けたような声を発する。

「自分の目で見たモノを信じずして、一体何を信じようというのだ」

 無事に火の弾を潜り抜け、俺は地面へと着地していた。

「何が起こってるっつうんだよ、ボケ! お前、まさか……」

 兄様の喉がゴクリと鳴るのが見て取れる。

「流石はというべきか。いや、ここまでやれば赤子にでもわかる事だろうか」

 ようやく、兄も事実に辿り着くことが出来たようだ。
 この俺が行使する能力について。

「あり得ねえ……あり得ねえんだよお前えええ!」

 また、無数の火の弾が浮かぶ。
 しかし、今度のそれはやや、いやかなり精彩を欠いていた。
 俺は、その場を動くことなくして、全ての弾から逃れる。

「どうした、血迷ってしまったのだろうか」

 取り乱して乱発していたかと思うと、今度はピタッと俯いて静止した。

「……燃やし尽くしてやる」 

 ゾクリ、と背中に悪寒が走った。
 
「※※※※ーーーー」

 兄を中心として、足元から火の粉が天へと舞い上がっていく。
 上を見上げると、そこには――

「成る程。これは萌が兄の事を例えて怪物と言った訳だ」

 太陽が二つあった。
 一つは、見慣れた太陽。もう一つは、見慣れない太陽だ。
 火の粉を吸い上げ、ますます成長を遂げている。

 念動は決して童話に存在する魔法等ではない。なので、杖や水晶、詠唱と言った類のモノを必要としないのが基本だ。
 
 だが、能力者は認識を意識によって操作する為、この様に詠唱を使用して集中を高める事もある。
 簡単に言うと、奥の手、あるいは秘奥義、または必殺技ともいえる類の攻撃が今、俺に向かって放たれようとしているのだ。

「これが雑魚との格の違いってモンだよヒッヒッヒァ!」

 その太陽は、この闘技場の地面を覆いつくさんとするほどの質量を持っている。
 立ち向かう事すら馬鹿らしくなる程に圧倒的な力だ。
 何かの間違いであった欲しいものだが、それは俺を中心に目がけて落下を始めている。

「――ならば俺が見せるのは、未熟者との箔の違いだ」

 どれ程強大になろうとも、俺がやるべきことは変わらない。
 ただ、確実に狙える位置に落ちてくるまで待たなければいけないという恐怖と、巨大が故に流動の激しさが増す急所に狙いを定めなければいけないという無茶が増えるだけだ。
 
 唯一の救いは、この力の割りに、使用する者が未熟だという事。
 この巨大な能力の制御に手一杯で、こちらに追撃を加える余裕はないようだ。
 
 逆にこちらと言えば、その隙だらけの彼に鎖を打ち込んでノックアウト、と行くことも出来なくはない。
 だが、"最高"を目指す俺にとっては、あり得ない行動だ。
 この手の戦いにおいて、中途半端な決着は遺恨を残す。事態の悪化を招きかねない。
 ならば、相手の最強を、正面から最高の俺が打ち砕く。完全決着を目指すのみだ。

 急所を見出すため、近づいてくるその熱源から視線を逸らすことは出来ない。
 体からは汗が拭き出し、喉がヒリ付く。だが、これはイチかバチかの賭けではないのだ。
 他でもない俺であれば、確実に達成しうる事。そう、これは……些細な事なのだ。

「――見切った!」

 まさにそれは直前と言っても良かった。
 鎖が届く範囲において、急所が顔を出すその瞬間。ほんの僅かな狙いのズレも、一瞬とも言えるタイミングのズレも許されない、刹那の一撃。
 
「あ、あぁ……」

 打ち抜いた、絶望を運ぶその一点を。
 そして、それは砕け散った。一瞬で霧散し、再び太陽は一つとなる。
 程よい日差しと、雲一つない青空が俺を迎えた。

 清々しい快晴の下、俺はゆっくりと歩き出す。

「ば、バケモノが……。来るな、来るんじゃんねエ!」

 力のほとんどを使い切ってしまったのか、兄様が吹けば消えそうな火の粉が飛ばす。
 所々でそれを受けるが、火傷すらも追う事はない程にか弱い攻撃だ。
 気にせずに前進を続け、俺は遂に兄様の目の前まで辿り着いた。

「それでは、覚悟は出来ているだろうか」

「ひ、ひィィっ!」

「まあ、出来ていなくとやることに変わりはないのだがな。さあ、宣言通りその性根を叩きなおしてやろう」

 素早く一歩踏み出し、俺は兄の後頭部を手で抑える。

「な、なんだ! おい、やめ……!」

 背中から頭をしならせ、勢いそのままに額へと額をカチこんだ。

「っ……」

 ゴツンっ! と、景気の良い音が鳴り、兄がうめき声を上げて崩れ堕ちる。
 実に素晴らしい――ヘッドバッドが決まった瞬間だった。

 そして、今まではどこにいたのだろうか、審判の女性の方が近づいて来る。
 倒れた彼の様子を確認すると、立ち上がって大きく両の手を振って見せた。

『海藤君、戦闘続行不可能の判定により、勝者は青生君です!』

 場内にはどよめきが生まれているようだったが、その中でひときわ異彩を放つ声が聞こえる。
 そのまるで空気の読めていない声量を発する方向を見ると、そこに二人はいた。
 
 どうやら、その歓声の主はヒロインだったようだ。隣にボクっ子の姿もあるが、彼女はおどおどとしていて、どうリアクションを取れば良いのかわからない様に見える。
  
 とりあえず、俺は親指を立てて満面のスマイルを飛ばした。
 
 何故かボクっ子は頬を赤らめ、俯いてしまう。

 しかし、その数秒後。

 両手の親指を立て、満面のスマイルを、こちらに向かって浮かべ返してくれる。

 太陽よりも眩しい、晴れ晴れとした良いスマイルだった。

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