第3回「ウナギ保護派、聖堂騎士リゼルの襲来」
僕が駐車場にたどり着いた時には、すでに何人かの党員がアスファルトにキスをしていた。この炎天下だ。癒着してしまわなければいいけど。
倒れ伏す彼らとは対照的に、一つの人影が僕を見据える。女性だ。金髪の。この暑いのに白銀の鎧が輝き、手にはくすんだ青色の鈍器を持っている。
「こんにちは」
「……子どもだと」
僕は挨拶を無視されたが、特段の感情を抱かなかった。招かれざる客に礼節まで求めやしない。
「望月大三郎って言います。貴方は異世界から来た人ですね」
「聖堂騎士、リゼル・セルビーである。ここに大罪人であるタチアナ・ウィルコックスが逃げ込んだはずだ。身柄を引き渡してもらいたい。でなければ、痛い目を見てもらうことになる」
「それはできません。身柄は引き渡せないし、痛い目を見ることもない。前者の理由は彼女がうちにとっての客人だからであり、後者の理由は僕が貴方に負けることはないからです」
「君は彼女がどういう人間か知っているのか。そもそも、ディルスタインという世界が、今やウナギの絶滅派と保護派に分かれて大戦争を繰り広げていることを知っているのか」
やはり、ウナギが世界を二分しているのだ。本来ならば不要なはずの軋轢を生むのがウナギであるならば、これを断固として絶滅させるのは知的生命体として正しい選択だろう。
「知りません。今、初めて知りました」
「だったら」
「今にも猛獣に襲われようとしている知人がいたとして、自分が助ける行為が倫理的に正しいかどうかなんて検討しますか。しないでしょう。僕にとって、タチアナさんは袖が触れ合ってすらいない仲です。しかも、こうして貴方に立ち向かうのは、上役である樺山さんから言われたためという事情でもあります」
軽蔑したような目線を投げかけてくる……ええと、なんだっけ。ガンダムの雑魚モビルスーツみたいな名前だったな。とにかく騎士様は僕の発言がお気に召さなかったらしい。
「誰かの機械になることでしか生きられない人種か。哀れなやつめ。君には正義がないのか。大義がないのか」
「僕には僕なりの考えがあり、思考があります。そこに正義とか大義とかいうチンケなものが忍び込む余地はありません」
「考え方の軸がない人間は哀れだ。退くがいい」
正義や大義ほど、人を殺してきたものもない。人は生きるために組織を作り、生きるために国家を成したはずなのに、いったいどうして大量死に向かって行進していくのだろう。
僕はこれに一つの答えを見出した。すべてウナギのせいだ。
「僕の中を貫く意思はただひとつ。それはすべてのウナギを食らい尽くすということ」
「頭がおかしいのか。今やすべての宇宙のウナギは絶滅の危機に瀕している。我々が保護しなければ、いずれ消え失せてしまうだろう」
消え失せる。上等じゃないか。
「それでいいんですよ」
「いいわけがあるか」
「それでいいんです。なぜなら、ウナギは必ずや滅びるべきだからです」
「なぜそう言い切れる」
「僕が、そう感じるからですよ」
これが重要だ。とても重要だ。
ウナギは滅ぶべき。この断固たる決意が僕に力を与えてくれる。ウナギを滅ぼさなければ、いつか僕自身が滅びることになる。そう心の奥底から呼びかけてくるものがある。それはきっと間違っていないはずだ。少なくとも、僕の中では真実だ。
僕は騎士、ああそうだ、リゼルだ。そう、リゼルに対して、拳を構えた。彼女は鈍器を持っていたが、そんなことはどうでも良かった。僕を組織する数多の有機体が、彼女を制圧することを求めていた。危険な相手かもしれないが、それは僕にとって重要なことではなかった。勝負は勝負だ。勝つか負けるか。そして、僕は必ず自分が勝つと信じているし、そうなると確信している。
なぜなら、僕はウナギを食べたばかりなんだから。