第2回「ウナギを滅ぼすために魔法を覚えよう」
「ごちそうさまでした」
僕はうな重を平らげて、すっかり満足した。早食いも大食いもどんと来いだけれど、少ない量で腹を満たす心持ちというものもわかっている。何も食べるものがない時代を生きてきた強みだ。
「満足したようだな。うむ、君の眼は正直やばかった。殺されるかと思った」
「あのままお預けを食らっていたら、そうしていたかもしれません」
僕がそう答えると、樺山さんは素早く腕組みをした。
「その闘争心があれば、必ずやウナギを絶滅させることができると信じているよ。だが、これから異世界までも巻き込んで戦うには力不足だ。もっと強大な力が必要だ。悪鬼羅刹をまとめてぶん殴り、すべてのウナギを食い尽くす。そんな圧倒的な力が」
「力があれば、もっとウナギがおいしくなるでしょうか」
「なります」
声がして、ドアが開く。外の熱気がたちまち押し寄せてきたが、入ってきた人は心得者だったらしい。すぐに閉めたことで、この部屋の気温的秩序は保たれた。それでようやく安堵して、入ってきた「彼女」を観察することにした。
シスター、修道女、貞淑、残忍。
僕が抱いた感想はそういった単語群で表現できた。見かけがまさしくそうだったというのもあるが、瞳の奥に底知れぬ闇も感じた。彼女は恐ろしい数の人間を殺してきたのだ。本能的に、それがわかった。
「というわけで、望月くん。君はこの人に魔法を教わることになる」
「タチアナ・ウィルコックスと申します。よろしく」
魔法と言われたが、別に驚きはしなかった。
へえ、そういうのがあるんだ。なるほどね。
こういう納得が僕の全身を貫いて、樺山さんの発言を阻害するような選択肢を蹴飛ばしていった。この世は不思議に満ちているのだ。蛇口から水が出るのも、ティッシュペーパーが大量生産されるのも、埼玉西武ライオンズの中継ぎ投手が頻繁に炎上するのも、すべては摩訶不思議の範疇にある。
「彼女はディルスタインと呼ばれる世界から来た。あちらの世界では破戒僧として謗られているが、即ちそれだけの実力者ということでもある。昼も夜も千人斬りを達成しているくらいだ」
「それはすごい」
あまり興味はなかった。リップサービスだ。
「とても身がふっくらしていますので」
「タチアナ、初めに言っておくが、望月くんに色気は全く通じない。彼はウナギを絶滅させるためだけに生まれてきた魔人だ」
「好感が持てますね」
タチアナと呼ばれたシスターは、右手の親指と人差し指をこすり合わせていた。癖なのかもしれない。
それより、僕には気になることがあった。
「魔法って、おいしいですか」
「何かをおいしくすることはできますよ。それこそ、貴方が座っている椅子も、目の前にある机も、魔法をかければおいしく平らげてしまえるでしょう」
夢のある話だった。
「すごく楽しみです」
「悠里。望月くんは本当に食欲旺盛なんですね」
「そうだろう。望みとあらば、あらゆるものを食い尽くしてくれるだろうさ」
「食べないと力が出ませんから」
樺山さんとタチアナさんに向かって、僕は胸を張って見せた。食べるという行為は生きるという行為だ。僕はそれを崇敬していたし、これからも恭しく扱っていくつもりだった。
小会議室のドアがまた開いて、党員が駆けこんできた。表情には狼狽が見て取れた。
「た、大変です」
「どうした」
「駐車場に妙なやつが現れました。聖堂騎士だとか何だとか言って……めちゃくちゃ強いんです」
露骨に異世界人だ。
「あらあら、私を追いかけてきたんですね」
案の定、異世界人だ。
「ということらしい。望月くん、君の力を借りる時が来たようだ」
「異世界の人が相手ですね。わかりました。やってやります」
僕は戦闘細胞だ。
今さらだが、僕の本来の役割はすべて、そうすべてを●●することだ。
どうやら、本業に立ち返る時が来たらしい。