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文化祭とクリアリーブル事件㊸




1年5組 劇


ここは異世界にある、とある王国。 ここに住んでいる人々は、王様の絶大なる権力のおかげで裕福な生活を送れていた。
そしてこれは、王様の臣下である一人の兵士の成長物語である。 それは弱くて臆病者で、小心者のへっぽこ兵士だった。
彼は元からそんな性質のため、仲間からはいつもいじめを受け、泣いてしまう日々の繰り返し。
だがそんな彼の事情を知らない平民たちは、今もなお幸せな毎日を送っている。 そして王様は、平民から絶対的な信頼を得ていた。
その期待に応えるためにも、王様は日々彼らのことを考え働き過ごしている。 

しかしこの王国には、ライバルの国があった。 王様にはたくさんの臣下がおり、他の国から攻めてくる敵と対立していたのだ。 
特に隣の国王とは仲が悪く、常に互いの国を敵視している。 そしてある日、再び王様同士の喧嘩が始まった。 
その規模は大きくなり、結局はいつものように戦争になってしまう。 そこで王様はあることを考えた。 
適当に戦っても勝つのは難しいと思い、臣下の中で一人リーダーを決めようと思ったのだ。 リーダーがいることにより、臣下たちがよりまとまる。 
一致団結し、ライバル国に余裕で勝てると思った。 だが王様は、自らリーダーを指名しなかった。 その理由は簡単だ。 
『みんなが信頼できて納得する人間を選びなさい』と、臣下たちに言ったのだ。 そして、そのリーダーに選ばれたのが――――そう、あのへっぽこ兵士だった。 
当然彼を信頼する者なんていないため、リーダーをやりたくないという気持ちから強制的に選んだのだ。
それともう一つ、もし戦争でこの国が負けたとしたら全てリーダーの責任となるため、それを負いたくないという気持ちから彼にさせた理由もあった。
他の臣下は責められるのが嫌で、無理矢理へっぽこ兵士に責任重大な役職を擦り付けたのだ。
一方へっぽこ兵士は気が弱いため当然断る勇気もなく、彼らの意見を素直に受け入れてしまう。 

そして――――その日の夜。 彼はまた、仲間である臣下からいじめを受けていた。 
暴言だけでなく、殴られたり蹴られたりすることもしばしば。
もちろん王様に気付かれないよう薄暗く目立たない場所でいじめて、アザなども残らない程度で暴力を出していた。

――――・・・そろそろ、俺の出番かな。

結人が学校へ到着するのが遅れたため、今行っているシーンより前の結人の台詞はカット、もしくは妃役である藍梨によって補われていた。
もし結人が最初から劇が間に合っていたのなら、こういうシーンを行う予定だった。

へっぽこ兵士がいじめられているところを丁度通りかかった妃は、その光景を見て驚いた。 そしてすぐに王様のところへ駆け付け、こう言ったのだ。
「彼が可哀想なことになっています。 お願いです、どうか彼を助けてやってください」
その言葉を聞いた王様は、続けて台詞を言う。
「分かりました。 では今から、彼のもとへ行ってみます」
と。

だが今目の前にしているシーンは、それを終えた後のことだった。 妃が見つけるという場面はカットし、そのまま王様がへっぽこ兵士へ近寄るところからだ。
今から行うのは、丁度結人が台詞を考えるようにと言われていた場面だった。 王様の言葉で、へっぽこ兵士を勇気付けるシーン。

―――話は繋がらないと思うけど仕方がない。 
―――王様は全てこの兵士の事情を知っていた・・・ということで、いいんだよな?

無理に自己解決し、結人はステージへ向かって一歩を踏み出した。 相変わらず身体は思うように動かないが、頑張って櫻井のいるもとへと近付いていく。
今はいじめられた後だったため、周りには他の臣下はいなく彼一人がその場で跪いている状態だった。
静かに足を進め、王様である結人が言葉を発しようとしたその瞬間、櫻井は結人の存在に気付き顔を上げる。
「お、王様・・・! そ、その・・・ご、ごめんなさい・・・! お、俺・・・いい、いや、わ、私の、せいで・・・」
相変わらずの口下手さに思わず笑ってしまいそうになるが、そこは頑張って自分を抑える。

―――あれ・・・つか、このシーンは俺のアドリブっていうことは・・・。
―――櫻井も、アドリブ・・・なんだよな。

“これはマズい”と心の中で思いながらも、今は演技の最中のため言葉を詰まらせるわけにもいかず、結人は台詞を選びながら慎重に発していく。
「そんなに心配する必要はありませんよ」
「で、も・・・」
「貴方は、リーダーをやりたかったのですか?」
「え・・・」
「本当は、やりたくなかったんでしょう」
「え、っと・・・」
台本にないその台詞に櫻井は戸惑っているが、結人は淡々とした口調で言葉を綴っていく。
「私は、貴方がいつも一人で頑張っているということを知っています」
「え・・・?」
「いつも一人で、この時間剣の練習をしていたでしょう? その頑張り、私はちゃんと見ていましたよ」
「・・・」
何も言うことができなくなる彼に、またもや自分の意見を口にする。

「貴方は十分頑張りました。 貴方はいじめられているからといって、弱い人間なんかではありません。 今この苦しい状況を耐えているのだから、決して弱くはありません。
 いじめられる人間は、決していい人じゃないというわけではない。 いじめられている人にも、たくさんいいところがいっぱいある。
 例えば、暴力や暴言が嫌いで人に嫌がることをしようとしない、心が優しいところ。 それから、人に迷惑をかけなくて、利口で大人しいところ」

「えっと・・・」

「貴方は、リーダーなんて自分には相応しくないと思っている。 だけど私は知っている。 みんなに隠れて、一人で剣の練習を頑張っているということを。
 強く、なりたいんでしょう? ここで貴方は負けてはいけない。 周囲から言われることに、自分を見失ってはいけない。
 今は苦しくても、貴方のその強い心だけは守ってほしい。 いつかは、みんなが貴方を認めてくれる日がきっとくる。 俺は頑張っている君の、味方だから」

―――そういや・・・櫻井の役の名前、なんだっけ・・・。
―――マイケル? ジョン? エレン?
―――・・・まぁ、いいや。

いつの間にか演技に夢中になり本気になってしまっていた結人は、後半これが演技だということを忘れ口調も素に戻ってしまう。
そして完全に自分の世界に入ってしまい、櫻井に向かって自分の思っていることを遠慮なく口にしていった。
「櫻井は・・・今でも自分は駄目な奴だって、思っているか?」
「え・・・? それ、は・・・」
優しく微笑みながら、彼に向かって思いを綴っていく。
「さっきも言ったけど、そんなお前にもいいところはいっぱいあるんだ。 そうだな、例えば・・・。 うん、櫻井みたいな人は、嘘をつくのが苦手だ。 
 自分の考えを丁寧に相手に伝える分、余計なことを言わなくて済むし口先だけで物事を言わない。 つまり口先で誤魔化して、人を騙そうとはしない正直な奴だ」
「・・・色折、くん」
言われていることが劇の内容とは全く関係がないことに気付いた櫻井は、思わず“王様”ではなく“色折”と呼んでしまうが、それでも結人は何も気付いていない様子。
今でも跪いて見上げている彼に対し、結人は続けて口を開いていく。

「他に言うとしたら、櫻井は聞き上手だ。 自らペラペラと人に喋らない分、聞き役が多い。 俺みたいなうるさい奴の話でも、ちゃんと相槌を打って聞いてくれる。
 そして相手が言おうとしていることを、ちゃんと聞いて理解してくれる。 それからきちんと答えを出すから、櫻井と話している相手は別に嫌な気にはならない。 
 人間ってのは喋りたがり屋だからよ。 そんな奴らに自然と耳を傾けてくれるところは、櫻井の本当のいいところだよ」

満足そうな笑みでそう言い終えると、櫻井の目には涙が浮かんでいて今にでも泣きそうだった。
結人は今まで言えなかった彼への思いを全て伝え切りスッキリしているが、どうやら周りにいる生徒は落ち着きがない様子。

「おい、ユイ!」

―――・・・ん?

ステージの脇にいる真宮が、結人に向かって小声で合図を送る。

「何をやってんだよ、話を進めろ!」

―――・・・ッ!
―――やべ、今俺何を話していたっけ・・・。

やっとのことで我に返った結人は、辺りを見渡しあたふたする。 一方跪いて話を真剣に聞いていた櫻井は、涙を拭きながらゆっくりとその場に立ち上がった。
その後、結人に向かって優しく微笑みながら言葉を発する。
「はい! ・・・王様、ありがとうございます」
「・・・おう」
このシーンの最後を綺麗にまとめてくれた彼に感謝しつつ、結人も言葉を返した。 そしてアドリブのシーンを終え、そのままステージの脇へと捌ける。

そしてこの後、王様の言葉により勇気をもらった兵士は次の戦でかなりの活躍をした。 見違える程立派になったへっぽこ兵士を見て、他の臣下たちも彼を次第に敬うようになる。
この件でかなりの実力を得た兵士は、これから先もずっとリーダーをし続けたのであった。 
そして新しく入ってきた兵士がいじめに遭うようなことがあれば、それは元へっぽこ兵士である彼の役目。 いじめられた兵士を、かつて王様に言われたように励まし強くさせていく。
こうしてへっぽこ兵士は勇者となり、仲間からも王様からも認められ幸せな人生を送るようになった。 これが異世界にある――――とある王国の、物語である。


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