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第六話 東京ば〇奈

「――やっぱり、人間、モチベーションがあるとないとじゃあ、全然違ってくるよなぁ♪」

 まだ、クラスメートたちの喧騒で賑わう放課後の教室で独りごちる俺。
 俺の悪友(親友)でもあり、()つ今回の最大の功労者でもある土方(トシさん)に至っては、俺と目を合わせるでもなければ、それこそ足早に教室を後にした。恐らくだが、俺に余計な気遣いをさせまいと、土方()なりに気を回してくれたのだろう……。
 ふふ、全く、最後まで鯔背(いなせ)(おとこ)だぜ。

 そう――すでにお気づきの方もいるだろうが、俺は、本日のミッションを全てやり遂げたのだ。
 あの、恥辱と羨望、そして生温かい視線渦巻く狂気の第二回お食事会(ワンダーランド)を乗り越え、今、俺は、確かにこの地に立っている!
 人間、焼かれながらも、ソコに希望があればついてくるって、麻雀好きのお兄さんが言ってたけど、あれは真理だな。

 さ~て、後はこれから家に帰って、東京ば〇奈(こいつ)を心行くまで、十分に、飽きるまで楽しませて貰うって寸法だ♪

 え? 琴姉のことを忘れてるんじゃないかって? 当然、その辺もぬかりないさ。
 ふふふ、そう、幸いなことに、今日は琴姉は生徒会で遅くなるって話だし――。

 俺は改めて、スマホの時計に目を向けてみる。

 へへ、この分ならたっぷり堪能出来そうだぜ♪ そうだ! 折角だから帰りにポテチとコーラでも買って帰ろう♪
 ソレを肴に、くくく、これからの数時間を思うと、弥が上にも胸が高鳴ってきやがる!

 ――と、(はや)る気持ちを抑えながらも、そそくさと帰り支度をしていた最中、

『――生徒のお呼び出しを申し上げます! 一年D組、結城陽太くん。繰り返します、一年D組、結城陽太くん。至急、生徒会室までお越しください』

 はぁああああっ⁉ ――ふ、ふざけんなよっ⁉ よりにもよって、このタイミングで? どうしたってんだよっ⁉

 すかさず、キッとスピーカーを睨み付けるも、

 え~っと、確か、生徒会室って言ってたかぁ? って事は、当然、琴姉絡み……ってことだよなぁ……。
 くっ、一体、何の用だ? 今日はもう、とくに呼び出されるようなことはない筈だが……。
 ま、いずれにしても碌な用事じゃない事だけは間違いあるまい。ふむ……。そうだな! あえて、ココは聞かなかったことにして、早々に退散させて貰うとしますかねぇ♪

『――尚、五分以内に来なかったり、バックレをかました場合、明日のお昼の校内放送がとても楽しいモノになるとの生徒会長、結城琴葉の言葉ですので、あしからず……』
「ち、ちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」

 俺は鞄を引っ手繰るや、猛然とダッシュして、生徒会室へと急いだ。



「――っ……し、失礼します、ゆ、結城、陽太! ……ハァ……っ……。た、只今、や、やってまいりましたっ‼」

 息せき切って飛んでくるなり、そう叫ぶと、呼吸を整えるでもなければ、勢いそのままにドアを開け、一気に生徒会室へと駆けこんでいく。

「お~、陽太! ご苦労さん。第三話(この前)は、ありがとね♪ ホント、助かったよ」

 生徒会室へ入るや否や、真っ先に声をかけてきてくれた葵先輩に挨拶をすますと、面々とも軽くお辞儀を交わしていく。

 と、

「あ! ヒナちゃんだぁ~♡ やっぱり、来てくれたのね? えへへ、お姉ちゃん、嬉しいな♪」

 俺の姿を見るや否や、とびきりの笑顔を向けてくる琴姉。

 ったく、何を白々しい……。行かざるを得ない状況を自ら作っておきながら、よくいうぜ。
 だが、きっとこれで正解だったんだと思う。
 何をやらかすつもりだったのかは知らんが、来なかったら、きっと俺の学園生活は明日で終わっていたに違いない。

 ともあれ、ここへときてしまった以上は、ぐだぐだ言っても始まらない。

 呼吸も落ち着いてきたところで、挨拶もそこそこに、持っていた鞄を机の上に放り投げると、俺は琴姉に訊ねてみる。

「それじゃあ、とっと終わらせちまおうぜ。――で、何から手伝えばいいんだ?」

 そう、こうなってしまった以上、さっさと終わらせて少しでも後の時間を増やすことに邁進(まいしん)せねば!

 そう考えていた矢先、

「え? 手伝うって……何のこと?」
「はぁっ? 何って……。その為に俺を呼んだんじゃねぇのかよ?」

 そんな俺の言葉を受け、琴姉はというと、ハトが豆鉄砲を食らったように目をパチクリさせている。

「アハハハ♪ もぉ~、ヒナちゃんったら、冗談が上手いんだからぁ♪ お姉ちゃんが、ヒナちゃんにこんな仕事、押し付けるわけないでしょ?」

 おいおい、お姉様。こんな仕事扱いは流石にどうかと思うぞ?
 てか、それじゃあ、一体何の為に呼び出されたんだ?

「アハハ……♪ でも、そうよねぇ。無駄に時間とっても仕方ないし……。それじゃあ、ハイッ♡」

 ひとしきり笑うと、琴姉は自らの胸の前へともってきた両手のひらを俺へと差し出してきた。

「あん? 何の真似だ、そりゃあ? 悪いがあげられるもんなんて、飴ちゃんくらいしかねぇぞ?」
「うふふ♪ それも、嬉しいけど、今回はちょ~っと、違うかなぁ……。ほらぁ、今朝、土方(ひじかた)くんから、受け取ったモノがあるでしょう?」
「――――⁉」

 瞬間、世界がぐにゃああああっと歪んだような気がした。同時に、冷や汗が全身からどっと噴き出し、足はガタガタと震え出していく。

 ――っ、い、如何(いかん)! あ、相手の言葉に惑わされるな、俺! こ、これは、ぶ、ブラフ! そう、一種のカマかけに違いない! そもそも、あの事を琴姉が知ってる筈がないんだ!
 ならば、ここで少しでも動揺をみせれば、一気に付け込まれかねない。こんな時こそ平静に、落ち着いて対応するんだ!

「――な、なななな何のことだよ⁉ あ、ああ朝、受け取ったって? ぜ、全然、お、おおおお覚えが、な、ないんですけどォおおおおっ⁉」

 ぐっ、あ、あかん、だ、ダメだぁ……。じ、自分でも動揺してるのが、丸分かりだ……。
 てか、な、何で知ってんだよっ⁉

「あん♡ 必死で(とぼ)けるヒナちゃんも、可愛いぃ♪ ――でも、ダァ~メよぉ♪ ちゃ~んと、見たって人がいるんだから――……ねぇ?」

 意味深な台詞と共に、そのシュッとした細い顎先で、くいっと俺の斜め横にいた人物を指し示してくる。

「………………」
「――――⁉」

 そこには、能面さながら無表情のまま佇み、僅かにずれた黒縁眼鏡(くろぶちメガネ)を人差し指でくいっと戻す安田くんの姿があった。

 ――ぐっ⁉ く、黒縁眼鏡(くろぶちメガネ)の安田くん⁉ き、お食事会(昨日の事)といい、また、アンタの仕業かよっ? てか、アンタ、あの場に居たのかよっ⁉

 それこそ、メンチでも切るかの如く、今や完璧に琴姉の傀儡となり果てた安田くんを睨み付けるも、そんな視線もどこ吹く風。
 悪びれるでもなければ、琴姉に尽くすこと(それ)がさも当然とでも言わんばかりに、曇りなき(まなこ)で、こちらをじぃっと見据えている。

 うん。こりゃあ、あかん。カンッペキに洗脳されとるね……。
 しかも、この調子じゃあ、その時の動画とかも撮ってる可能性もあるか?
 うぅ、となると、こりゃあ、と、恍けても無駄か? し、然らば、

「――あ、ああ! お、思い出したっ! あ、あれの事かぁ⁉ あ、あれは、その……。隠してたとかそういうんじゃあなくて………べ、別に何てことない、その、お、お菓子――。そう、お土産を貰っただけなんだよ!」
「へぇ~、お菓子……ねぇ。まぁ、いいわ。ヒナちゃんがそう言うなら、そう言うことにしておいてあげるね♪ でもね、ヒナちゃん? 仮に、本当にお菓子であったとしても、校内にそんな物を持ち込むこと自体、それも立派な校則違反なんだよ? お姉ちゃんも、ホントはこんなことしたくないけれど、生徒会長として見逃すわけにはいかないの? 分かるわよね?」

 琴姉はそう言うと、咎めるように俺の目をジッと見据えてくる。

 くっ、あえて、正攻法できやがった⁉ 今まで一度もそんなこと言ったことない癖に、こういう時だけ校則――延いては、生徒会長面してきやがって……!

 ――が、ここで『はい、そうですね』と、素直に応じるわけにもいかず、徹底抗戦の構えを見せる。

 五分後――。

 結局、口論で俺が琴姉に勝てる筈もなく、完膚なきまでに言い負かされた俺は渋々、鞄から例のブツを取り出すと、机の上へとそっと載せた。

 と、この場にいた全員が、興味津々といった様子で、ソレを覗き込んでくる。

「――コレは……」
「――東京……」
「――ば〇奈……?」

 と、東京ば〇奈を見ていた皆の視線が、今度は俺へと向けられる。

「――そ、そう! だ、土方(ダチ)が、昨日、と、東京駅に行ったとかで、お、俺に土産で買ってきてくれたんだよ!」

 うぉおおおおおおっ! と、土方(トシさん)、ナイス、ファインプレーだ! 心憎いばかりの見事なまでのカムフラージュだ! これこそ、日本人の『お・も・て・な・し』の精神! どうだ、お前ら⁉ 流石に土産とあっては、おいそれと開くわけにもいかねぇだろ⁉
 くぅ~~~、唯々(ただただ)馬鹿の一つ覚えみたいに、配達伝票にパソコン部品とだけ書いて送ってくる業者共に見習わせてぇよ! いや、マジで!

 その後、暫くの間、生徒会一同による物品検証が行われた。
 箱を手に取ってみたり、重さを感じてみたり、中には、包装紙を破こうとした遠藤さん(不心得者)もいたが、俺が東京ば〇奈(踊り子さん)には、手を出さないようにと注意を促したお蔭で、無事、難を逃れた……。

 で、更に、十分後――。

「ふむ……。どうだい、琴葉――っと、んんっ! 失敬……。会長――。傍目(はため)には、特にこれと言って問題はなさそうに見えるが……?」

 そんな葵先輩の声を受け、琴姉はというと、

「――そうねぇ。でも、果たしてコレが本当に『東京ば〇奈』であるのならねぇ……」
「ん……?」
「――‼」

 次の刹那、心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。

 な、何だよ? ど、どういう意味だ? ど、どどどこか、お、おかしい点でもあるってのか?

 ホッと安堵したのも束の間、琴姉の言葉にどうしたわけか言いようのない不安が押し寄せてきて……。

「ねぇ、ヒナちゃん。コレェ、開けてみても、構わないかしら?」
「は、はぁっ⁉ ――な、ななな何言ってんだよっ? そ、そんなの、だ、ダダダダメに決まってんだろっ⁉」
「あらぁ、どうして?」
「――⁉」

 余りにあっけらかんと言う琴姉に、一瞬、言葉がつまった。

「――ど、どうしてって……。うぅ、そ、それは、その……。えと、だから、その……し、知り……合い? ――そ、そう! し、知り合いに、やるつもりなんだよ! だ、だから、開けるわけにはいかねぇんだよ!」

 ……うぅ、ど、どうだ⁉ 咄嗟に浮かんだアイデアだが……。さ、流石にこの言い訳では、く、苦しいか?

 心臓が痛いくらい打ちつける中、(すが)るような気持ちで琴姉の反応を窺うも、

「ふ~~ん、知り合いにあげる……ねぇ。土方(ひじかた)くんが折角ヒナちゃんにくれたのに? ヒナちゃん、そういうこと出来る性格じゃないわよね?」

 明らかに訝しんでいる様子の琴姉。

 ぐっ、流石に血の繋がった姉弟だけあって、俺の性格を完璧に熟知してやがる!

 とは言え、俺もここで引くわけにも行かず、たとえ見え透いているとは分かっていても、それでもなお、そう言い張る俺との間に熱い火花を散らすこと、約十五秒……。

「……まぁ、いいわ。ヒナちゃんがそこまで言い張るなら、そういう事にしておきましょう。ふ~ん、人にあげる……なるほどねぇ……。うん、分かった。ヒナちゃんの言いたいことはよく分かったわ♪ ――……でも、それって、逆に言えば、『代替品(だいたいひん)』があれば、何も問題ないってことよねぇ?」

 目の前には、口角を吊り上げ、まるで、罠にかかった獲物を見るかのように、その黒曜石の瞳を鈍く光らせる琴姉の姿。
 それがまた、今にも舌なめずりでもしそうな雰囲気を湛えていて……。
 
 ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ こ、怖ぇえええええええええええええええっ‼ な、何だつぅーのよぉおおおおおおおおおおおっ⁉
 てか、もしかして、俺、何かミスったぁあああああっ⁉

 床には、悪魔将軍かってくらい、大量に流れ落ちた俺の冷や汗によって、すっかり水たまり出来上がっている。

 そんな中、

「安田くん、例のモノをお願い……」

 琴姉がそう言って目配せすると、黒縁眼鏡(くろぶちメガネ)の安田くんが動き出した。

 うぅうううう、も、もう、い、嫌だぁあああ、お家へ帰りたい……。
 て、てか、だ、代替品(だいたいひん)って何のことだ? 琴姉は、さっきから一体何を言ってるんだ?

 そうこうしてる内にも、

「――お待たせしました。琴葉会長、コチラが例のモノです」
「――――⁉」

 戻ってきた黒縁眼鏡(くろぶちメガネ)の安田くんが手にしていたモノを見るや否や、俺は愕然とした。

 あろうことか、その手に載せられていたのは大小様々なサイズの東京ば〇奈!
 慌てて、琴姉に視線を戻すも、

「えへへ♪ こんなこともあろうかと、お昼休みを利用して安田くんに東京駅まで行って、買ってきてもらってたの♡ これで、ヒナちゃんのを破って中を確認しても平気だよね♪」
「――――‼」

 な、な、なななな何ですとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉

 今日一、驚いている俺を余所に、表情一つ変えることなく、安田くんがその手に持っていた東京ば〇奈を、淡々と机の上へと並べていく。
 嗚呼、安田くん()は機械にでもなってしまったのだろうか?


 ――ここから先は、もうある種、イジメのようなモノであった。

「あらあら、おかしいわねぇ~? ヒナちゃんの持ってた東京ば〇奈と、安田くんが買ってきた東京ば〇奈……。サイズが違ってるみたいだけど、これは一体どうしたわけなのかしらねぇ~? お姉ちゃん、お目々(めめ)がおかしくなっちゃったのかしらぁ~? ねぇ~、ヒナちゃんは、どう思う~?」

 ――くっ、わ、我が姉ながら、な、何と底意地の悪い……。だが、ここまで来て、負けてなるものか。俺にも意地ってもんがある!
 ココは、多少(?)、強引でも突っぱねるしかねぇ!

「――だ、だから、それは、偶々(たまたま)、このサイズが売り切れ――」
「因みに、サイズに関しましても、過去から現在に至るまで、この四サイズしか取り扱っていないとのことです……」
「――‼」

 ――こ、この野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼ 余計な情報をっ‼

 俺が言い終わる前に、安田くんがキッチリ、トドメをさしてきやがった。
 恐らくは、何もかも琴姉の指示によるモノなんだろうが、それでもあえて言わせてくれっ!
 安田、テメェエエエエエエエエエエエエエエエエッ‼ いくら何でも、イイ仕事しすぎじゃねぇかぁあああああああああああああっ⁉ ネフェルピトー(にゃんこ)の操り人形より、イイ仕事してんじゃねぇよぉおおおおおおおおおおおおっ‼ テメェの血は何色だぁああああああああああああああああっ⁉

 その後も、ぐうの音も出ない証拠を次から次へと出されては、その都度、必死に取り繕う俺を楽しそうに眺めている琴姉の姿といったら……。
 その姿は紛れもなく、悪魔そのもの……。それも、小悪魔なんて可愛いらしいもんじゃねぇ……。それこそ、蠱毒を作る壺に、古今東西ありったけの魔王をぶち込んで、最後に生き残った魔王――。キングオブ魔王だっ‼

 こうして、生徒会の面々が見守る中、俺の東京ば〇奈の包みが琴姉の白くも細くしなやかな指先によって、開かれていった。

しおり