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第五話 男の友情

「はぁあああああああ……っ」

 俺は教室に着くなり、一目散に自分の席へと向かうと、取るものも取り敢えず机へと突っ伏した。

 例によって、俺を悩ませているのは、昨日のお食事会でのあの発言だ。
 夕べもそのことで一晩中、悶々としてたわけだが……。
 結局、これといった解決策は見つからず、今なおこうして、果てなき迷宮(ラビリンス)を彷徨い歩いているという訳だ……。

 とはいえ、いつまでも悩んでても仕方ないし……。いっそのこと、琴姉に真意を訊いてみるか? ……い、いやいや、それだけは止めておこう。どっちに転んでも、最悪の展開を迎えそうな気がしてならない。
 それこそ、食べて下さいと、自らドラゴンの口へ飛び込んでいくようなもんだ。

 う~~~~む、最近、何かこんなことばっかりな気がするのは、俺の気のせいだろうか?
 ああ、誰でもイイから、俺に癒しを! 真心をくれぇええええええええっ‼

 ――と、そんな事をぼやいて矢先、ヤツは忽然とやってきた。

「オッス、陽太! どしたよ、朝っぱらから、元気ねぇじゃねぇかぁ?」

 デカい声と挨拶もそこそこに、土方(トシさん)が俺の席へとやってきた。
 相も変わらず、朝から無駄にテンションの高い(ヤツ)だなぁ。はぁああ、その姿を見るなり何だが、げんなりしてくる。
 ――が、折角来てもらって何だが、平時ならともかく、悪いが今は、お前の相手をしてやる気力が俺には残されてないんでな。

「ああ、何だ、土方(トシさん)か……。スマンが、今は一人にしておいてくれ……」
「何だよ、つれねぇな、どうしたんだよ? ハハァ~、さては、琴葉先輩の着替えでも覗いてたのがバレて、叱られでもして、それで凹んでたんだろ⁉」

 図星だろ? とでも言わんばかりに、知ったような口を叩く土方(トシさん)

 全く、土方(こいつ)の中での俺のイメージって、一体どうなってんだ?
 てか、そんなコトをしようもんなら、嬉々とした琴姉にその場でベッドに押し倒され、無理やり既成事実を作らされた挙句、婚姻届けに血判を押さされ、俺の人生はそこでゲームセットだ。

 まぁ、そんな事を土方(トシさん)に言えるはずもなく、早々にお引き取り願うべくテキトーにあしらってはみたものの、今回に限ってはどうしたわけか一向に自分の席へと戻る気配がない。

それどころか、

「ふふん、今日の俺にそんな口をきいてると、後悔するコトになるぜぇ♪」

 何やら意味深な言葉を残し、土方(トシさん)は肩からぶら下げていた通学鞄に手を突っ込むと、ゴソゴソと漁りはじめた。

 けっ、何が『後悔するコトになる』だよ? もう既に、これ以上ないってくらい大後悔時代の幕開けに入ってるてぇーの!

「おいおい、土方(トシさん)よぉ、何を出すつもりか知らんが、やるなら早くして貰えんかなぁ?」  
「へへ、コイツを見ても、そんな軽口、叩いていられるかなぁ?」

 俺のイラつきもどこ吹く風。ニヤリと笑い、豪快に腕を引き抜くと、勢いそのままに天を衝かんばかりにその手を突きあげた。
 まるで、どこぞの世紀末覇者のように、真っすぐ伸ばされた土方(トシさん)の手に握られていた物体(ブツ)を目の当たりにするや否や、俺はこれでもかと深ぁ~~~く嘆息した。

 そう――俺の目に映りこんできたのは、茶色いビニール袋入った東京ば〇奈と印字された包装紙で包まれた長方形の物体。

 はぁあああああああ……。やれやれ、余りに勿体付けるからそれこそ悪魔の実でも取り出すのかと思いきや、今さら東京土産って……。ったく、アホらしい……。東京ば〇奈(ソレ)が一体どうしたって――。

「――――っ⁉」

 瞬間、電流が走った――。俺は改めて東京ば〇奈(ソレ)に目を向けると、それこそ穴があくほどにマジマジと見据えていく。
 その大きさ、その厚み、そして何より、土方(トシさん)のこの自信に満ち溢れた表情――。
 そう――コレは、デコイだ! ならば、本体はというと――。

「……お、おまえ、も、もしや、そ、ソレは、れ、例の……?」
「へへ……♪」

 ようやっと喉の奥から絞り出した震えるような声で訊ねる俺に、はにかんだような笑みを浮かべ、鼻っ面を指で擦っている土方(トシさん)

 その表情が全てを物語っていた。

「――‼ ――と、土方(トシさん)んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ‼」
「――陽太ぁあああああああああああああああああああああああっ‼」

 先ほどまでの鬱屈とした気分は何処へやら。
 俺は、椅子を倒さんばかりに勢いよく立ち上がるや否や、互いに肩を叩き合い、土方(トシさん)とガッチリ握手を交わしていく。

「――お、おい、あいつら、一体、何やってんだ?」
「――さ、さぁ? 余りにも女っ気がなさ過ぎて、ついにソッチの世界に行っちまった……とか?」

 クラスメートたちのそんな中傷も何のその! 俺はこの溢れ出んばかりの熱き想いを必死に言葉にしていく。

「――と、土方(トシさん)! お、俺、な、何ていったら、いいのか……。あ、あの――」
「お~~っと、陽太。それ以上は言いっこなしってヤツよ。何も言わず、受け取ってくれればいいさ」

 そう言うと、土方(トシさん)は、その袋を俺の胸元あたりにドンと押しつけてくる。
 震える手でソレを受け取る俺に、去り際、土方(トシさん)がボソッと呟いた。

「――ちなみに、返却期限は、お前が東京ば〇奈(そいつ)に飽きた時だ‼」
「――‼ ――土方(トシさん)んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ‼」
「――陽太ぁあああああああああああああああああああああああっ‼」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ♡」

 ガッチリ抱き合う俺たちを目の当たりにするや、一部女子からは、黄色い歓声が沸き上がった。

 突然降ってわいたようなサプライズを前に、俺は完全に有頂天になってしまっていた。
 そう――。すっかり舞い上がっていたこともあって、俺は全く気付いていなかった。
 廊下から、コチラの様子をこっそり窺っていた黒縁眼鏡の存在に――。

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