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 踏み込んだ廃墟の中は静かで、割れたガラスの破片を踏むジャリッという音がやけに響いた。
 ロビーは吹き抜けで、天井部分に大きな明り取りの窓がある。
 その窓から夕日が差し込んでおりそれほど暗くない。
 夕日で赤く染まる誰もいないホテル。それだけで、とても不気味に見える。

「えっと、地下室ってどこだろう……?」

 心細さから出た独り言が大きく感じられた。

 ロビーにあるカウンターから左右を見渡すと、右手にエレベーターと階段を見つけた。
 上に行く階段と、下に行く階段。
 エレベーターは動くかわからないし、途中で動かなくなっても嫌なので最初から選択肢にはない。


 ロビーを離れると明かりも届かなくなった。
 スマホのライトを頼りに落書きだらけのその階段を一段一段慎重に、ゴミを避けながら下りる。
 階段を下りきった廊下には、扉がいくつかあった。扉にかけられた札の文字を読みながら進む。
 ボイラー室、リネン室、従業員控室、備品室。ここだ。
 恐る恐る取っ手に手をかけゆっくり押す。



 ギ、ギギ、ギィ



 軋む音を響かせ開いた扉の中。
 そこは、ここが廃墟であることを一瞬忘れてしまうほど、明るく綺麗に片付けられていた。
 部屋の中には大きな机が1つだけ。そして、そこには先客がいた。
 これはダメ、これもダメ、と机の上の手紙を仕分けるその人物は。

「要さん?!」
「ん?」

 きのこ頭、というのだろうか。
 髪型が違うせいで少し印象が違うが、声に気付いて上げたその顔は先日出会ったばかりの人物と同じだった。

「要の知り合い? あいつも隅に置けないな。こんな可愛いJKとどこで知り合ったんだか」

 ゆらり、と立ち上がると手招きしてくる。

「俺は木下楓だよ。要の双子の兄。楓って呼んで。お嬢さんは?」
「周夏樹です。……木下?」

 確か、香月君のお宅を出る時に見た表札は本庄だったはず。
 優し気な微笑みの要さんと違い、爽やかで活発そうな笑顔の楓さんに警戒心が一段上がる。

「ん、ああ、名字が違うって? くくっ。」

 可笑しそうに笑う楓さん。意味が分からず首を傾げていると、説明をしてくれた。

「あいつ、木下要って名前からずっときのこって呼ばれてたの。まぁ、俺もずっとこんな髪型だから、二人そろってきのこブラザーズなんて呼ばれててな。で、嫌がって成人するなりさっさと婿に行って名字変えたの。酷くね?」
「……はぁ」

 口をとがらせてブーブーと声を出す楓さん。
 軽い。というのが楓さんの印象だ。
 要さんを静とするなら楓さんは動。双子だと言うのに纏う空気は全然違う。
 兄さんと違って怖いという印象はないけれど、グイグイ距離を縮めてくる、苦手なタイプだ。

「それで、楓さんはここで何を? それに、この灯り……ここ、電気通ってるんですか?」
「おっと、矢継ぎ早だね。……う~ん、まぁ、見ての通りさ。手紙の仕分けと回収。それから、仕掛けのチェック。電気は生きてるよ。荒らされてなきゃ全フロア普通に灯りは点く。配電盤と制御室はこの隣な」

 頭をポリポリ掻いて、さらに奥の部屋を指さして教えてくれた。

「手紙の回収、という事は楓さんが配達人?」
「いや、俺はただの回収スタッフだよ。届ける方もたまに手伝うけどさ。それから、不受理の手紙を戻したり、ここを片付けたり、人避けの仕掛けをしたり。まぁ色々だな」

 ヒラヒラと手紙を一通取り出して翳して見せた後、不受理の箱に戻す。

「配達人に関しては、これ以上は聞かないでくれな? ここにも書いてあるだろ。詮索禁止って」

 そう言って示した目安箱のようなポストの前に貼られた紙には、『回収に来るところを見ないこと』ともある。

「ああ、回収を見ないことについては今回は待ち伏せされたわけじゃないし構わないよ。要の知り合いだし」

 どうしよう、と困惑していた私の表情の変化に目敏く気づいてそう言ってくれる。

「さぁ、なっちゃん。ここに来たって事は、伝えたい想いがあるんだろう? 手紙を出しな。特別サービスだ。ノーチェックで配達人に渡してやる」
「ノーチェックって、手紙の中身を見てるって事ですか?」

 配達する人が、そんな事をしても良いはずがない。
 警戒したのがわかったのだろう。
 大きく息を吐き出すと、仕方ない、と言わんばかりに秘密を打ち明けてくれた。

「配達人は、所謂サイコメトラーってやつでな。手紙に込められた想いや記憶を読み取って、相手に届けてる。真摯な想いほど強く読み取りやすい。で、人を害する事……恨みや呪いの念はあてられやすい。倒れたり病気になってしまう。だから禁止してる。それでも恨み言を書く奴ってのは山ほどいる。だから、そういうのを弾くためにチェックしてる。アイツを守るためであって、それ以外の意図はないよ。で? どうする? 手紙、出す? 出さない?」

 楓さんは私を試すようにニヤッと笑った。

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