文化祭とクリアリーブル事件⑰
沙楽学園 廊下
結黄賊のみんなは、放課後各自動こうとしている。 結人の見舞いへ行こうとしている者もいれば、クリアリーブル捜索をしようとしている者もいた。
そんな彼らの行動について全く知らないでいる、ある一人の少年。 彼には今行き場がなく、自分の教室以外の学園内を適当に歩き彷徨っていた。
どこかに自分の居場所はないか、ないかと、僅かな期待を膨らませながら。 だが彼は、いくら歩き回っても自分の居所を見つけられずにいる。
色折結人という少年がいない今、彼の居場所なんて何処にもなかったのだ。 そのため廊下をゆっくりと歩きながら、少年は一人考えていた。
―――俺は、これからどうしたらいいんだろう。
結黄賊のリーダーがいなく、全ての責任を必然的に任された少年――――真宮浩二。 真宮は先程からずっと、自分の中で葛藤していた。
このままうじうじしていても駄目だと分かっているのに“外”を怖がって動こうとしない。 脳に動くよう命令したとしても、真宮の身体は言うことを聞かないでいた。
そんな自分に腹は立っているが、怒ったとしても今の現状は何も変わらない。 そのことを分かっていながらも、何も動こうとしない自分が余計に苛立たしかった。
結黄賊のみんなは『動きたい』と言っている。 真宮自身も、その意見には賛成だった。 だけど――――怖かったのだ。
もし結黄賊のみんながクリアリーブルにやられたらと考えてしまうと、みんなに命令を出すことができなかった。
彼らは弱くないということは分かっている。 だが、もしものことだ。 もし結黄賊がやられて、そのことを結人が知ったかと思うと――――
―――全て、俺のせいになる。
どうして自分はこんなにも弱いのだろうか。 結人はいつも、このような重大な責任を背負っているというのに。 ――――そうだ。
結人はいつも、今の自分と同じ気持ちを抱え込んでいるのだ。 もっと言えば、19人という人の命を預かっている。
彼はその責任を常に感じているせいか、結黄賊の誰かがやられた時は、最終的にはやった犯人を突き止めやり返していた。
その他に、誰かがやられるとすぐにその人のもとへ駆け付け、安否を確認したり北野に手当てをするよう命令したりしていた。
また、もし酷い怪我を負ってしまった仲間がいたら、その人の家まで足を運び、両親に謝罪をしたり様子を見に行ったりもしていた。
そこまでして、結人は結黄賊というチームを大切にしている。 仲間を大切にしている。 そんな彼の優しさには、結黄賊のみんなはとっくに気付いていた。
だからみんなは、今でも安心して結人に付いていけているのだ。 彼のことを信じていられる。
だから自分も――――結人がもしピンチになった時、手を差し伸べてあげたい、助けてやりたいと――――心の底から思っていたのに。
どうして実際ピンチを目の前にすると、こんなにも恐れてしまうのだろうか。 もう迷いなんて、ないはずなのに。
―――やっぱり俺は、ユイがいないと駄目なのかな。
先刻からそんなことを考えてしまい、自分という存在を否定していくばかりだった。
―――ユイは、まだ目覚めないのか。
もう今の真宮の心は、結人の安全よりもこの重たい責任から早く逃れたいという気持ちが強くなっていた。
こんなことを考えるなんて最低だ、と自分でも思っている。 だが自分には、結黄賊のみんなをまとめられそうにない。 彼らが自由に行動するのを止めることしか、今はできない。
『クリーブルをやっつけろ』なんて口では簡単に言えるが、実際に行動を起こせば物凄い責任を負わなくてはならない。 そんなものは、今の自分には負えそうにない。
結局、最後の最後まで結人に頼りっぱなしなのだ。 そう、自分は――――不甲斐ない人間。 だからみんなが動こうとする前に、結人には目を覚ましてもらわないと――――
そんなことを考えていると、ふと我に返る。
―――・・・やっぱり最低だな、俺。
自分はどうしようもない人間だと思い溜め息をついていると、ある少年とぶつかりそうになり少しよろけてしまった。
「わ、悪い・・・」
俯きながら歩いていた自分が悪いと思い、自ら謝りの言葉を述べる。 すると目の前にいた少年は、おどおどとした口調でこう返した。
「あ・・・。 えっと・・・。 真宮、くん・・・?」
「え・・・? あぁ・・・。 櫻井か・・・」
あまり気分が乗らない真宮は適当にそう答えるが、これだと傍から見るとどちらとも口下手にしか見えない。 だけど今の真宮には、そんなことは関係なかった。
「あの・・・真宮、くん・・・。 色折、くんは・・・?」
櫻井から“色折”という言葉を聞き少し反応を見せてしまうが、彼を心配させないよう平然を装って言葉を返す。
「ユイは・・・今、入院しているよ。 ・・・でもきっと、大丈夫だ。 だから、そんなに心配しなくてもいいよ」
平気なフリをしてそう言葉を発するが、きっと今の真宮の表情はとても強張っているのだろう。
そのため余計に心配させてしまったと不安に思ったが、そんなことは気にしていないようで、彼は相変わらずのおどおどとした口調でこう返す。
「そ、そう・・・。 で、でもやっぱり、俺・・・心配だから、今日、色折くんのお見舞いに・・・行って、も・・・」
その発言は徐々にこもっていき、最後には何を言っているのか聞き取れなくなった。 だがそんな彼の言葉を、真宮は自然と汲み取る。
「あぁ・・・。 いいよ。 俺も今日の放課後、ユイのところへ行くつもりだ。 ・・・一緒に、行こうか」
放課後は彼と一緒に病院へ向かうことを約束し、そろそろ授業が始まるため教室へ赴くことにした。
教室に入った瞬間、目が合った少女がいた。 だが真宮と目が合うとすぐにそらしてしまい、再び手に持っている本へと視線を移す。
だけどそんな少女を放ってはおけなく、自ら彼女のいる席へと足を運んだ。
「・・・綾瀬さん。 えっと・・・ユイは、大丈夫だよ」
結人が最近積極的に話しかけている少女、綾瀬愛。 真宮は彼女とはあまり話したことがなく、少しだけ緊張を持ち合わせながらも声をかけた。
彼女は入学した当時とは少し変わっていた。 それはきっと、結人が少女の心を少しでも開いてくれたからだろう。
「うん・・・。 ありがとう」
優しく微笑む彼女に、真宮は自然と癒される。
彼女とはこの後少し会話を交わし、もう一人の少女のもとへと足を向けた。 彼女は誰とも関わらず、一人でずっと席に座り俯いている。
授業もあまり集中できていないようで、先生に指名されても気付かなかったり『分かりません』と答えたりしていた。
本当に分からないということはないと思うのだが、きっと授業の内容が頭に入ってこないのだろう。 その理由は当然、結人のことだった。
今現在、結人の彼女である少女――――藍梨。 藍梨は昨日、真宮の家に泊まらせた。 だが彼女は泣き疲れて寝るまで、夜遅くまでずっと泣き続けていた。
そのため食事もまともにとらず、今日も何も食べていない。 今朝藍梨が目覚めると、泣いたせいで目が腫れていたため冷やすようにと気を遣ったが、彼女はまた泣いてしまった。
起きてすぐに、結人のことを思い出してしまったのだろう。 だがそんな彼女に『ユイは大丈夫だ』とか『もう泣くな』という言葉は言えなかった。
結人が大丈夫ではないということは藍梨も病院へ行ったため分かっていることだし『泣くな』なんて結人の彼女である藍梨に、当然言えるわけがない。
藍梨とは小学生の頃からの顔見知りだが、彼女はその頃から何も変わっていなかった。 優しいところも子供っぽいところも、少し意地っ張りなところも。
「藍梨さん、大丈夫? ・・・今日の放課後、一緒にユイの見舞いへ行こう。 もしかしたら、ユイは今日目を覚ますかもしれないよ」
「・・・」
どうにか藍梨の気持ちを少しでも支えようと前向きな言葉をかけてあげるが、やはり彼女は返事をしない。
真宮はその隣にいて、そんな彼女の背中をさすることしかできなかった。
そして――――気持ちの整理もできていなく気分も沈んだまま、放課後を迎える。 藍梨と櫻井に声をかけ、3人で昇降口へと向かった。
そこで、結黄賊のみんなと待ち合わせすることになっている。 その理由はもちろん、みんなで結人の見舞いへ行くため。
3人が昇降口へ着いた時には、御子紫と北野は既に来ていた。 だけどこの二人だけでなく、御子紫の隣には“学年一のマドンナ”と呼ばれている1組の梨咲もいる。
こんな状況で藍梨の目の前に梨咲を連れてきてもいいのかと気に障ったが、藍梨を見ると今はそんなことはどうでもいいようで、ただ俯いていた。
この後真宮たちは特に会話することなく、黙って他のメンバーを待ち続ける。 だけどホームルームが終わってから約20分程経つが、誰も来る気配がない。
「他の奴らはどこへ行ったんだ?」
ここにいるみんなに真宮がそう尋ねると、北野がそれに対する返事をした。
「あ、そう言えば真宮。 未来たちにさっき会ったんだけど、今日はユイの見舞いには行けないって」
「は!? 未来たちって、他は誰だ!」
「えっと・・・悠斗と夜月かな」
―――まさか、クリーブルについて探ろうとしているんじゃないだろうな。
「おい、コウと優はどうした」
続けてここに姿が見えない二人についても尋ねてみる。 すると次に、御子紫が口を開いた。
「・・・あ、コウたちなら今日は用事があるって言って、先に帰ったよ」
「・・・マジ、かよ」
―――何を考えてんだアイツら!
―――あれ程動くなと言ったのに!
―――アイツらが変に行動を起こさないうちに、早く引き戻さないと。
「俺は今から未来たちを捜してくる。 見つけ次第病院へ向かうよう言うから、お前たちは先に病院へ行っていろ。 藍梨さんと櫻井は任せたぞ。
いいか、お前らは寄り道をせず真っすぐに病院へ向かえ、分かったな!」
彼らにそれだけを言い残し、真宮は走って昇降口を後にした。 帰りのホームルームが終わってからまだそんなに時間は経っていない。
だから未来たちはまだ学校の近くにいるはずだ。 遠くへ行って見失う前に、早く見つけ出さないといけない。
―――・・・お前ら、絶対に問題を起こすなよ。