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文化祭とクリアリーブル事件⑬




翌日 沙楽学園1年5組 教室前の廊下


「頼むよ! 未来に言ってやってくれよ!」

何だかんだ色々とあったが、文化祭まで残り一週間となってしまった。 沙楽の生徒たちは皆、自分の学校生活を大いに満喫している。
その様子は、クラス全体を見れば一目で分かることだ。 文化祭というイベントのおかげで、5組のクラスも少しずつだがまとまりつつあった。

結人も藍梨もそうだが、その中では一番心配だった少女、綾瀬愛という生徒も何とかクラスの皆と打ち解けている。
まだ彼女はみんなと完全に上手く付き合えているとまでは言い難いが、生徒たちに話しかけられた時はちゃんと笑顔で対応していた。 そんな彼女を見て結人は微笑ましく思う。 
“よく頑張っているな”と。 

一方もう一人、気になる少年がいた。 ――――櫻井和樹だ。
彼は未だに結人以外の生徒とは上手く会話ができないようで、今でも周りの男子からからかわれている。
そんな彼らを今すぐにでも止めたいと思うが、これは櫻井にとって訓練の一つだとしてそっと見守ることにした。 まぁ、からかいが酷くなったらもちろん止めに入るが。

二ヶ月という短い学校生活で突然現れた1年生の最初の壁、文化祭。 最初は色々とあって不安ばかり感じていたが、残り一週間となってこの状態ならばいい方だろう。
みんなが仲よくなって協力し合えば、文化祭前日に追い込まれたとしてもきっと何とかなる。 劇も着実に完成に近付いていた。
そう思い結人は、今日もいつも通り藍梨とラブラブな会話をしようと思っていたのだが――――

「なぁ、聞いてんのか? 昨日未来がクリーブルだと思われる奴に手を出したんだ! しかも気絶までさせた。 そんな未来を、このまま放っておいてもいいのかよ!」
夜月がある少年の目の前で、必死になってそう頼み込んでいる。 その様子を見て、彼の頼みを何も文句を言わずに聞いていた色折結人は一つ溜め息をついた。
「何だよ、いつものことじゃねぇか」
「いつもとは違うだろ! これは学校にも関わることなんだ。 俺たちだけの問題じゃねぇ。 未来を好き勝手に行動させておいていいのかよ!」

彼いわく、昨日は見事に人が襲われる直前にクリアリーブルの奴と出会ったらしい。 それは運がよくよかったのだが、今はそんなことを思っている場合ではないようだ。
結人はみんなに『手は出さずに止めるだけ』と命令したはずが、未来はそれを夜月たちの目の前で堂々と破ったという。 だが結人にとって、そんなことはどうでもよかった。 
その理由は、どうせ未来は手を出すだろうと最初から思っていたから。 そんな彼を見て“夜月は少しでも目を瞑ってくれたらいいなぁ”と思っていた矢先――――これだ。

「でも、未来はそういう奴だし・・・」
「おいユイ! どうしてお前は未来には甘いんだよ!」
適当な結人の返しに夜月は更に怒りが増していく。 そんな彼を目の前に、結人は一人考えた。

―――未来みたいな突っ走る奴がいるからこそ、結黄賊は成り立つんだよなぁ・・・。

未来は他の仲間とは違って、ちゃんとした計画を練ってから行動するタイプではない。 思い立ったらすぐさま行動に移す少年だ。
そういう存在は当然チームには必要だし、みんなを引っ張ってくれるような大切な役のため、未来を否定することはできなかった。
「・・・ッ! おい夜月! ユイと何を話してんだよ!」
二人が互いに難しい表情を浮かべながら話をしていると、偶然廊下を通りかかった未来が結人たちのことに気付き、忌々しげな顔をしながらこちらへ近付いてきてそう口にした。
「昨日未来がしたことを、そのままユイに報告しているだけだ!」
「あ・・・! おいっ」
先程とは違い、夜月の発言にも熱が入りより大きな声となって未来に返す。 そして未来も負けじと大きな声で言い返すため、二人の声は廊下全体に響き渡っていた。

周りにいる生徒たちは真剣な表情をしながら言い合っている二人を見て、ビクビクと震え怖がりながら教室の中へ静かに逃げ込んでいく。
まだ“結黄賊”というワードが出ていないだけマシだが“クリアリーブル事件”というワードを出してもらっては、騒ぎになることは間違いなしだった。
そうなる前に二人の間に入って止めようとするが、それはとうに遅く彼らの言い合いは既に始まっていた。

「報告すんのは被害者が出る前に人を助けた、っていうことだけでいいだろ! 余計なことは話すなよ!」
「余計なことは言ってほしくないって思ってんなら、あんなことをすんなよ!」
結黄賊の中で一番身長が低い未来に対し、夜月は結黄賊の中で一番身長が高かった。 そんな未来は、下から夜月を鋭い目付きで睨みながら言葉を力強く発していく。
と言っても、二人の身長差は10cmくらいでそんなに差はないのだが。
「俺がしたことは間違っていない」
「いや間違っている。 お前はユイの命令に反したんだ!」
「俺は当然のことをしただけだ!」
傍から聞いていると夜月の意見がもちろん正しいと思える。 だから結人は夜月の意見に一票だ。 だが未来は自分の意志を変える気はないようで、更に夜月に食らい付いていた。
「どこが当然の判断だよ! 被害が出た後ならまだしも、被害が出る前だったんだぞ! まだアイツが本当に、あのサラリーマンを襲おうとしたのかも分かんねぇのに」
「はぁ? 何を言ってんだよ。 どう見てもあんな危ねぇもん持って真後ろにいたんだから、襲うに決まってんだろ!」
「まだ分かんねぇじゃねぇか! まだ分かんねぇから手は出さずに止めるだけって、言われていたのに!」
彼らの言い合いは終わりそうにない。 ここは学校だから、そんな喧嘩は他所でやってほしいとは思うが―――― 

―――こんな時悠斗だったら、二人の言い合いが終わるまで静かに見守って待っているんだろうなぁ。

結人は一度彼らから二人と仲がいい悠斗のことを思い出し“悠斗は二人の間では常に中立な立場でいるから凄い奴だな”と思い、彼を心の底から敬った。
「そんなもん知るかよ! あそこで殴ってでも止めなかったら、アイツはまた同じ犯行を繰り返すんだぞ!」

―――まぁ・・・そうだな。

未来のその一言に、結人としたことが思わず納得してしまった。 だが夜月は納得していないようで、更に未来を攻め続ける。
「じゃあ次は、未来がクリーブルを病院送りにする気かよ!」
「俺は人を病院送りにはしねぇ」
「気絶させた張本人がよくそんなことを言えるな」
「あん時はカッとなって、少し手加減ができなかっただけだ!」
二人の会話を悠斗に見習って黙って聞いていると、突然夜月が結人の方へ振り向き口を開いた。
「ユイ! 頼むから未来に注意してくれ!」
「え・・・。 俺?」
「ユイじゃねぇと未来は言うこと聞かないだろ!」

―――いや・・・俺が命令したことを聞かないんだから、今注意しても無意味だと・・・。

この状況をどうしようかとしばし黙り込むと、未来が再び口を挟んでくる。
「そんなことを言うのは夜月だけだ」
「俺だけじゃなくて他の奴も思っている。 きっと悠斗だってそうだ」
「は? 悠斗は関係ねぇだろ!」
「分かった! ・・・分かったから」
悠斗という第三者の名が出てこれより話を複雑にさせないため、結人はやっとの思いで二人の喧嘩を止めに入った。 そして夜月がそんな結人を見て、冷静な口調で言葉を発する。
「・・・未来に、注意してくれんのか」
今の発言は先程とは違い静まっているため、その発言がよりこの場の空気を緊張させた。 だが結人は、未来に注意することはできない。
二人の言い合いを一度抑えたかったから、話に割って入っただけ。 二人の意見に対して変には突っ込みたくないと思い、彼らの求める答えとは違うものを結人は口にした。
「・・・今夜は、俺と真宮が立川をパトロールする。 そんでもしクリーブルに会ったら、俺だったら実際どう行動すんのか確かめてみるわ。
 止めるだけでいけそうなら止めるだけにするし、それ以上やらないとヤバいってんなら手を出すかもしれない。 だから今の俺には、二人の意見どちらにも賛成はできない。
 ・・・それで、いいか」
その出した答えに、二人は納得していないようだがここは小さく頷いてくれた。 そして彼らに『しばらくは大人しくしておけ』と言い放ち、結人は自分の教室へ戻る。

「真宮」
「ん?」
5組の男子数人と楽しそうに話をしている彼に“俺なんかが急に出て来て申し訳ない”と思いつつも、さり気なくそのグループに交じった。
「おう色折! さっきの喧嘩、大丈夫だったか?」
「え? あぁ、まぁな。 もう終わったことだから気にすんな」
―――聞こえていたのか。 
―――・・・まぁ、そりゃそうか。 
―――やっぱり、あんな大声で言い合いをしてもらっちゃ困るな。
突然話を振ってきたクラスの男子に笑顔で対応し、真宮のいる方へ向き直りながら小さな声で口にした。
「真宮、今夜は俺たちクラスがパトロールをすることになった。 行けるか?」
「あぁ、いいぜ」
そう言うと、彼は笑顔でそう答えてくれる。
「じゃあ藍梨は他の奴に任せておくかな」
「でも、放課後は櫻井と残って練習すんだろ?」
「ん? あぁ、そうだな。 少し待っていてもらうことになるけど」
「俺二人の練習が終わるまで、外で時間を潰しておくからさ。 終わったら連絡くれよ」
「え? いや、真宮も一緒に残ってくれてもいいんだぜ?」
「そうしたいけど、そしたら櫻井が気まずいだろ。 俺とユイが仲よく話していたりすると、特にさ。 だから、二人きりにしーてーあーげーまーすー!」
「ははッ、何だそれ」
オーバーなリアクションをしながらそう言う真宮に、思わず笑ってしまう。 こんな時間が結人は好きだった。

結局放課後は結人と櫻井二人で練習し、彼を家に送ってから真宮と合流することになった。 それから立川をパトロール。
櫻井のことにもさり気なく気を遣ってくれる優しい真宮に“俺は真宮と出会えてよかった”と、改めて思い心から感謝した。


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