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文化祭とクリアリーブル事件⑫




翌日 夜 都内某所


学校は何事もなくあっという間に終わり、夜になってしまった今。 3人は昨日“将軍”から言われた通り立川をパトロールしようとしていた。
日が落ちるまでは学校に残り、自分の役の練習を淡々とこなす。 色折結人には言っていないが、劇の内容を考えたのは関口未来だと言ってもいい。
未来がどんな内容をクラスのみんなに提案したのかは、本番までのお楽しみということで。 期待はきっと、裏切らないはずだ。 そして主役は――――伊達直樹。
メインが3人いて、その中で一番輝いているのは伊達かもしれない。 彼の役にも注目だ。
伊達は執事コンテストの時にも見ていたが、台詞を憶えるのが物凄く早く演技も既にばっちりだった。 だから彼を心配する必要はないだろう。

そして劇の練習を終え、クラスのみんなは日が落ちる前に解散した。 各々仲のいい友達を誘って、楽しく笑い合いながら教室を後にしていく。
本来文化祭の準備がある日は夜遅くまで残っている生徒が多いはずだが、最近はクリアリーブル事件というモノがみんなの自由な行動を制限していた。
そんな中、彼らが素直に家に向かって足を運んでいることに対し、ある男子生徒3人は自らクリアリーブル事件というモノに関わろうとしている。
その3人には事件に対しての恐怖心などとうになく、寧ろ“俺たちの前に早く現れてみろ”と強く思っていた。

3人の中では口数が少なくて大人しく、自分の感情をあまり表には出さない少年――――中村悠斗は、仲間に向かって静かに口を開く。

「もう、辺りは真っ暗だね。 これだと捜すのが大変じゃないか?」
そう尋ねると、真ん中にいる悠斗の幼馴染――――未来が、それに対する返事をした。
「大変だな。 でもお前ら離れんなよ? 一人で動く方が危ねぇんだから」
未来はいつにも増して気を張っているらしく、調子の乗った発言を先刻から全くしてこない。 いつもと違う彼を横に、悠斗と夜月はより気を引き締めた。
辺りは本当に真っ暗で、明るい場所にいないと周りにいる人が見えない。 路地へ行くと全くと言ってもいい程、何も見えなかった。 街灯のある場所を除いては。
「未来はこれからどこへ行こうとしてんだよ?」
緊張感が張り詰めている中、夜月がそっと口を開く。 そう――――未来は今から向かう目的地があるかのように、迷わず足を前へ運んでいた。
「まぁ、ある場所にな。 今から行くところは、クリーブル事件でよく人が被害に遭っている場所だ」
「え、そんなところ分かんのか?」
「分かるも何も、調べたら出てくるぞ。 今までどこで被害が起きたのかをまとめたら、そこで集中的に起きていたんだ。 二日に一回くらいのペースでな」
「へぇ・・・。 流石だな」

夜月はいつも未来には呆れ軽く受け流すことが多い少年だが、今回は珍しく彼のしたことを認めていた。 未来は結黄賊の中での情報係と言ってもいい。
パソコンを使って何かを作ったりすることは悠斗の方が得意なのだが、情報を集めることに関しては結黄賊の中で未来がダントツに上だった。

そして3人は、未来が言っていた目的の場所まで来た。 やはりクリアリーブルも顔は見られたくないのか、街灯などは近くにない。
足音を注意深く聞いていない限り、後ろを付けられていたとしても気付かなくて当然だろう。 こんな暗闇の中だと、黒い服を着ただけで紛れることもできる。
そして3人は近くの角に隠れ、その場所をしばらく見張ることにした。 もちろんその間は会話などせず、3人はこの周辺だけに集中する。 すると――――
「あ、アイツじゃねぇか?」
小声でそう口にしたのは夜月だ。 彼が指を指した方向へ目を移すと、そこに奴は――――いた。
サラリーマンが前を向いて姿勢正しく歩いているその後ろから、鉄パイプのような固くて長い棒を持っている一人の男が、足音を一切立てずに近付いている。
このままだと確実にあのサラリーマンは、今夜のクリアリーブル事件の被害者となるだろう。 そうなる前に、早く止めなくては。
「おい、行くぞ!」
小声で未来がそう指示をするのと同時に、3人はサラリーマンの後ろにいる男に向かって駆け出した。
未来と夜月はそのまま男を捕らえると思い、悠斗はあえてサラリーマンの方へ足を向ける。 そして――――
「うおりゃ!」

―ボスッ。

何も見えず真っ暗な状態で、何も音が聞こえず静かな夜道に、未来の勢いのある声と低くて鈍い音が同時に響き渡る。 未来が――――男を殴り飛ばしたのだ。
「ッ、おい未来! お前何をやってんだよ!」
突然なその行動に、夜月はすぐさま止めに入る。 夜月と未来は二人揃って男が気を失って動かないことを確認すると、それぞれの言い合いが始まった。
「未来! どうして手を出したんだ! ユイに『手は出すな』って言われていただろ!」
「仕方ねぇだろ! 今この人が襲われるところだったんだ。 だから止めるのは当たり前だろ!」
視線は夜月に向けたまま、未来は顎でサラリーマンのことを示した。
「止めるのはいいさ。 だけど、手を出せとは言われていねぇだろ! どうすんだよ、気絶までさせちまって!」
二人はこの場に合わない言い争いを繰り広げている。 そんな彼らを、悠斗は見ているだけで止めることはできなかった。 だってそれは――――
「別にいいだろ! どうして夜月は俺のやることに、いちいち口を挟んでくるんだよ!」

―――俺は二人の意見に、賛成だからなぁ・・・。

「未来は俺たちのルールを破るのか!」
夜月のその言葉に、悠斗はふと我に返る。
―――あ、このままだとマズい!
自分の隣で今起きたことを真に受け、腰が抜けて動けなくなっているサラリーマンを支えながら彼を立ち上がらせた。
「大丈夫ですか? 相手が起きないうちに、逃げてください」
「ああああ、はははいい」
サラリーマンは未だに動揺を隠し切れていないようで、おどおどとした口調でそう言い、震えている足を無理矢理動かしながらこの場から走って去っていった。
そしてそのサラリーマンが去った瞬間、未来はある単語を堂々と口にする。
「あぁ、結黄賊のルールなんて今更関係ないさ!」
―――・・・やっぱりか。
未来は“結黄賊”という名を普通に口に出すと思っていた。 だから慌ててサラリーマンをこの場から離れさせたのだ。 
―――ギリ・・・かな。
「もしお前が手を出したことがバレて、停学を食らったらどうすんだよ!」
「それは全て、俺が責任を取る。 他の奴には責任を取らせないし、停学もさせない」
彼らの言い合いはまだ続いていた。 それでも悠斗は何も口を挟まず、そんな彼らを温かく見守っている。 いつものことだと――――少し、ほっと胸を撫でおろしながら。
「はぁ? 勝手なことを言うなよ!」
「何が勝手なことなんだよ!」
「未来はユイの思いを無駄にすんのか!」
「あ? 思いって何だよ」
「分かってんだろ。 未来が停学になった時、それを証明して止めさせてくれたのがユイだろ!」

夜月が言っているのは、悠斗と未来の関係に溝が入った時に起きた事件のことだ。 悠斗たちの、事実のすれ違いだったというだけの事件。 そのことに関しては結人に感謝している。
だがあの事件は、全て悠斗のせいなのだ。 自分が1秒でも早く、未来のもとへ行ってさえいれば――――

悠斗が一人過去のことを思い出し感傷に浸っていると、未来はそんな悠斗をよそに夜月のことを睨み付けながら、静かに口を開いた。
未来の詳しい表情は暗くてあまり読み取れなかったが、きっと彼は今苦しい気持ちになっているのだろう。 そして未来は――――こう言った。

「今更・・・そんなことを言うなんて卑怯だ。 ・・・もう、夜月なんて知らねぇ」

「・・・あ」
その一言を冷たく言い放ち、未来はこの場から去っていった。 もちろん彼を止める者はいない。 だが悠斗は、無理矢理この場に合わない言葉を言ってでも止めたかった。 
だけど悠斗には、未来に一言をかけることすらできなかったのだ。
その理由はもちろん、ここで未来の味方になってしまうと、夜月の言ったこと全てを否定してしまうような気がしたから。 彼の言っていることは間違っていない。 
というより、夜月の方が正しい。 未来は結黄賊のルールを破ったのだから、夜月からあぁ言われて当然だ。
だが悠斗には、未来が言ったことを否定することはできなかった。 だって――――

「・・・行けよ」

「え?」
夜月はずっとその場で立ちすくんでいて、俯いたまま小さな声でそう口にした。 彼の突然の発言に、思わず聞き返してしまう。
「・・・行けよ、未来んところ。 ・・・今すぐにでも、追いかけたいんだろ?」
夜月のその一言に、悠斗は一瞬言葉を失った。 思っていたことが、彼には全て読まれていたのだ。 

それも――――そうか。 夜月とは幼稚園の頃からの付き合いだ。 夜月は未来とよく喧嘩をする。 
二人が喧嘩をしている間、悠斗は何も口を挟まずに彼らの様子をただ見ているだけだった。
そして言い合いが終わり二人は別々の道へ足を運び出すと、当たり前のように未来に付いていった。
その理由は自分の家が未来の行く方向にあるというのもそうだが、やはり悠斗は未来の後ろを付いていくことしかできなかったのだ。 そして――――今もそうだ。

「ごめんね、夜月。 ・・・でも夜月が言ったことは、間違っていないから」
その一言を夜月に向かって優しい口調で投げかけ、足の方向を180度回転させ未来の後を追いかける。 ここは一本道のため、彼の姿はすぐに見つかった。
「未来!」

自分は大人になれたと思っていた。 自分は今、高校生だ。 だから小学生の時とは違う。 未来と夜月が喧嘩をしたとしても、常に中立な立場でいようとした。
そう決めたはずなのに――――結果、これだ。 自分は今、未来に付いていっている。 

―――・・・俺はまだ、子供なのかな。

「・・・悠斗か」
未来は歩く足を止めずに、顔を少しだけこちらへ向けそう口にした。 彼に追い付けたのはいいが、何を話したらいいのだろうか。
未来に追い付いてすぐにできたこの沈黙に、悠斗たちはしばし黙り込む。 そして――――この気まずさをさり気なく破るよう、未来は小さく呟いた。
「なぁ・・・。 悠斗は、もし一人だったらあの男に手を出していたか?」
この発言を聞いてハテナマークを思い浮かべる者もいるかもしれないが、悠斗は特に変わりなくその問いに答える。
「いや、出していないかな」
「・・・そうか」
未来は冷たくそう返事をした。 だがそんな彼なんて気にせず、悠斗は続けて口を開く。
「だけど・・・未来と二人きりだったら、俺は手を出していたのかもしれない」
そう――――未来の発言を否定できなかったのは、自分も手を出していたのかもしれなかったからだ。 未来がすることは、基本悠斗も真似していた。 
だけど今回は夜月がいて、手を出すことができなかったのだ。 

これって、どこからどう見ても自分は悪い奴。 相手が未来以外だと、自分はいい人のフリをして。 全て――――未来だけの責任に、しているのだから。 
そんなことを分かっていながらも何も言わない自分は、本当に悪い奴だ。 

悠斗は自分が最低な奴だと確信していると、未来は静かに口を開いた。
「・・・そうか」
その一言は、先程言った言葉とはまるで違った。 先刻発言をした時は、とても冷たく気持ちのこもっていない言い方だったが、今は違う。
今のその一言には、とても温かい感情がこめられていた。 それも悠斗が言った発言を、凄く嬉しく思ってくれているかのように。 
そして未来は――――小さく笑いながら、こう言ったのだ。

「悠斗は一人だと手を出さない。 でも俺と一緒にいると、手を出す。 悠斗は、それでいい。 ・・・それで、いいんだ」


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