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文化祭とクリアリーブル事件⑥




放課後 正彩公園


今日も結人たちは、公園へと足を運ぶ。 いつもならここでみんなは他愛のないことを話したりしてこの時間を過ごしたりするのだが、今日は違った。
着いて早々、各ダンスのグループに分かれ練習を始め出したのだ。 積極的に取りかかる仲間を見て、結人はまた一人感心する。
クラスのみんなといい結黄賊のみんなといい、積極的に取り組んでいるおかげで文化祭への準備は少しずつだが本格的なものになっていた。
他のクラスはどこまで進んでいるのかは分からないが、今こうして彼らが何事もなく元気でいるということは、特にクラスでのトラブルはないのだろう。

優たちのグループは、みんなが輪になって携帯でダンスの動画を見ながら、振り付けを確認しつつ練習をしている。
その中でもダンスができる夜月は、中心となってチームを引っ張り細かい振り付けを指導していた。
そして優は輪から外れ、イヤホンで曲を聴きながら携帯と睨めっこをしている。 きっと歌詞を憶えているのだろう。

一方結人たちのグループは、藍梨を中心に半分の輪になって彼女が教える振り付けをみんなは頑張って憶えている。
そんな彼らをよそに、結人は近くのベンチに寝転がり耳にイヤホンをつけて曲を流した。 そしてそのまま、そっと目を瞑る。
天気がよく、青空の下で寝転がるなんて凄く気持ちのいいことだ。 肌寒く感じるくらいの風が、より心地よく感じる。
もちろん今聞いている曲は、結人たちのグループで決めたダンス曲。 何度も何度も聞いて、頭に憶えさせるのだ。
―――まぁ・・・歌詞もちゃんと、憶えないといけないんだけどな。

♪君はいつも本当の自分を隠していた 本当は苦しくても平気なフリして一人泣いていたんだろ?
 でも君が今でも頑張っていること僕は知っているから それを初めて口にした時本当の友情を知った

結人の頭、心にその音楽が鳴り響く。 歌詞が自分と重なって、励ましてくれるようなこの曲。
―――でも今思えば、この歌詞はコウにも合っているよなぁ・・・。
ふとそう思い、コウと優の事件について思い出した。 コウは“自分は弱い”と言っていたが、実際はそんなことないと思う。
喧嘩はもちろん強いが、あんなに耐えられるなんて精神が弱いと絶対に無理だから。 そして結人は目を開け、コウの方へ目をやった。
今彼は優以外にも、本物の笑顔をみんなに見せている。 何も深く考えていない、自然な笑顔を。
―――うん・・・コウは、それでいい。
今のコウはそれでいい。 みんなに少しずつ、本音を出してくれるのなら。 そして再び目を閉じ、別のことを考える。 次に頭に浮かんだのは、櫻井和樹のことだった。
彼は今でも頑張って、主役の台詞を練習しているのだろう。 そんな彼を応援するだけでは駄目だ。 頑張っている彼に、自分が今できることは何なのだろうか。
―――俺が今、櫻井にできること・・・か。

「ユイ。 なーにサボってんだよ」

突然名を呼ぶ声が聞こえ、光の刺激をあまり目に与えないようゆっくりと目を開ける。
だが、名を呼んだ少年は結人のことを覗き込んでいて陰になってくれていたため、眩しく感じることはなかった。
「・・・何だ、椎野か」
「何だって何だよ」
相手が椎野だと確認し、ベンチに座り直して彼も隣に座るよう促す。 そして結人は、イヤホンを耳から外した。
「何か考え事ー?」
「あぁ・・・。 まぁな」
「何を考えていたんだ?」
「何だと思う?」
結人はいたずらっぽくクイズ形式にしてそう言ってみた。 特に理由はない。 だがその答えを、考える間もなく彼はさらりと口にしてしまう。
「5組でやる劇の主役、櫻井くんのことか?」
「ッ、え!? ・・・何で分かるんだよ」
「俺を誰だと思ってんだよ」
「・・・」
その言葉に、結人は何も言い返せなくなった。 

椎野は真宮と似ていて、人の変化や人の考えていることにはよく気付き、よく分かる。 人への観察力が他の人と比べて長けているのだ。 結黄賊には、必要な存在。

「ま、真宮から聞いただけなんだけどなー」
椎野はそう言って頭に腕を組み、無邪気に笑った。 そんな彼に素直に尋ねてみる。
「真宮から何て聞いたんだ?」
「んー? 『主役の櫻井って奴が台詞をなかなか憶えられない奴で、ユイはその櫻井に付きっきりでいるから大変そうなんだよな』って」
「へぇ・・・」
「真宮もユイのこと、心配していたぞ」
「・・・そっか」
―――真宮にも心配をかけちまっていたか。 
まぁ大丈夫だろう。 彼にやる気さえあれば、何とかなる。 そこで再び公園にいるみんなを見渡した。 すると結人は、あることに気付く。
「そういや、最近伊達は来ないんだな」
「伊達? あぁ、伊達には帰り際に会ったぜ」
「そんで?」
「そんで『今日も来ないのか?』って聞いたら、4組のやる劇で伊達は重要な役なんだって。 だから『早く家に帰って練習したいから』って言っていたかな」
「4組は結局何の劇をやるんだ?」
「それは伊達でも教えてくれなかったよー」
そんなに劇の内容を隠す必要なんてあるのだろうか。 
―――そんなに凄い劇なのか?
教えてくれないと余計に内容が気になりそわそわしていると、椎野は結人の心を読み取ったかのようにこう付け足してきた。
「『特にユイには楽しみにしておいてほしい』って、未来が言っていたぜ。 4組の劇な」
「え・・・。 俺?」

―――何で俺なんだろう。 
―――何かあんのかな。

「・・・そういやさ」
すると突然椎野の声のトーンが低くなり、彼の表情も笑顔から真剣なものへと切り替わる。 
その様子を見て“おかしいな”と思いつつ、結人もこの場に合わせた声のトーンで言葉を返した。
「何だよ? 急に改まって」
そう言うと、彼はある単語を静かに口にしたのだ。 その単語は、言うだけなら短いが――――その意味はとても重く、深かった。

「・・・クリアリーブル事件」

「・・・それが、どうしたんだ」
「ついに沙楽にも、被害者が出たな」
「え、マジで?」
―――沙楽にも、被害者が・・・。
衝撃的な事実に驚きを隠せずにいたが、そんな結人を見て椎野も驚く。
「今朝先生がお知らせで言っていたじゃないか。 5組にも伝えてあるはずだろ? 聞いていなかったのか」
「え? あぁ・・・」
―――朝は相変わらず、藍梨と話していたからな。
「2年の男子だってさ。 今は入院しているらしいけど」
ということは、このままだと1年生もやられる可能性があるということだろうか。 そう思い、彼に向かって口を開く。
「そもそもクリーブル事件って何なんだ?」
「だからあれだろ? 最近立川で起こっている、立川の人々を毎晩病院送りにしている事件。 それをやった犯人が、クリーブルなんだろ?」
「何が目的でそんな酷いことをしているんだよ!」
「そんなこと俺が知るかよ」
「・・・だよな」
―――そうだ。 
―――椎野が知るはずもない。
一度感情的になった自分を抑え、何とか冷静さを取り戻した。 そしてそのことについて、真剣に考える。
―――でももし、俺たちの中から被害者が出たらどうしよう。 
―――もし・・・もしも、クリーブルが藍梨に手を出したら・・・。

「クリアリーブル事件」

「「・・・え?」」

突然聞こえたその声の方へ、結人と椎野は同時に目を向ける。 この時二人は俯いていたため、彼が目の前にいることに今まで気付かないでいた。
「悠斗・・・。 何か知ってんのか?」
「伊達から聞いたことがあるよ。 クリーブルのことなら」
椎野が目の前にいる悠斗にそう尋ね、彼はクリアリーブルについて詳しく説明をしてくれた。 

クリアリーブルは無色透明で、チームカラーがないということ。 
彼らはとても広く、自分がクリアリーブルのチームでも他に誰が仲間なのか把握できていないということ。
彼らの中には小さなグループがいくつかあり、そのグループ同士がクリアリーブル内で抗争を起こしたりすることもよくあるということ。

「じゃあ・・・今回のクリーブル事件も、クリーブル内での抗争なのか?」
「さぁ、どうだろう。 そうなると、沙楽で出た被害者の2年の先輩はクリーブルだということになるよね」
「もしそうだとしたら、俺たち結黄賊からは被害者が出ないっていうことだよな?」
「まぁ、もし本当にクリーブルだけを相手に病院送りにしているなら・・・ね」
椎野は“結黄賊”と言うワードを周りに聞かれないよう小さな声で発言し、上手く話を繋げている。
―――クリーブル内での抗争なら・・・か。 
―――それならまだいいさ。 
―――クリーブル内での問題なら、俺たちが無理に関わらなくてもいい。

「お前らはいつまでサボってんの?」

3人が真剣になって話をしていると、悠斗の背後からコウが呆れたように笑いながらそう声をかけてきた。 そんな彼に、椎野は苦笑を返す。
「あぁ、悪い。 今から行くわ」
「ユイも来いよ。 少しくらい振りを憶えろって」
「おう」
コウに藍梨のもとまで連れられ、クリアリーブルの話は強制打ち切りとなった。 結人のグループは藍梨の指導のもと、ダンスの振り付けを憶えていく。

―――・・・クリーブル事件。 
―――これも放ってはおけないな。

そんなことを思いつつも、結人は今ダンスの振りを憶えることに集中した。


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