第2話 横断歩道は強敵ですか? ~102号室イリスさんの場合~
右見て、左見て、もう一度右見て……と。
こうした用心をしていても、何が起こるかわからない。
突然角から猛スピードで車がやって来るかもしれないし、もちろん自転車なんかも注意が必要だ。
「あ、あのう、イリスさん……」
俺の袖を弱々しく握っている小柄な赤髪の女性102号室のイリスさんはぷるぷると震えながら横断歩道の前で立ち止まっていた。
結局信号は点滅し、赤へと変わってしまったため、次に切り替わるのを待つことに。
「す、すまぬ……邪心が……我の心をむしばんで……」
「ハハ、大丈夫ですよ。少しずつなれていけばいいですからね」
俺がそう言うと、
「そうですよ。私だって最近なれ始めましたから」
と、101号室のアリシアさんが笑顔で言った。
「あのう、ところでアリシアさん。どうしてご一緒に?」
「はい、私卵を買いに行こうかとおもいまして。あっ、そうですわ。よかったら今日晩御飯食べて行かれてはどうです?」
「あのう、それっていつもの?」
「はい、もちろん卵かけご飯ですわ」
「……ハハ、そうですか。じゃあお言葉に甘えて」
今度は別の食事の作り方を教えてあげよう。
俺は強くそうおもった。
「ぬほっ!」
信号が青に変わり、イリスさんがビクッと震え、素っ頓狂な声を上げる。
「だ、大丈夫。大丈夫ですから」
「も、もちろんだ。今度の我はそう簡単に屈したりはしない。見よ、この華麗な足取りを!」
そう言いつつ、足をカクカク動かすイリスさん。
(はあ、困ったなあ……)
このままではイリスさんの恐怖心は拭えないだろう。
聞いた話だと彼女は眠らされている間に自家用ジェット機で、輸送されたらしかった。
どうやって改善するべきか、と俺が悩んでいたところ、イリスさんの近くにある親子がやって来た。
母親と娘さんで、娘さんの方が不思議そうにイリスさんを見つめている。
「もしかしてお姉ちゃん、怖いの?」
「な、何を言う。我に怖いものなど……」
女の子は「はい」と手を差し伸べてくる。
「ねっ、じゃあ、一緒に行こう」
「ぬっ、ぬうう……」
イリスさんは女の子の手にためらいながら手を伸ばす。
「く、屈服したわけではないからな。きょ、今日のところはその……」
二人はギュッと手をつなぎ、女の子はにこりと笑う。
するとイリスさんの表情もなんだか柔らかくなったのだ。
「か、管理人……」
イリスさんが左手をさびしそうにしながら顔を真っ赤にしている。
俺はフッと笑うと、優しく手を握ってあげた。
「きょ、今日だけだからな」
「はいはい」
今日は雲ひとつない素晴らしい快晴だった。