第1話 卵の割り方を教えてください ~101号室アリシアさんの場合~
管理人になってもう一年が経っていた。
元々親父が持っていたマンションだが、その親父はというと地球を一周してくるから、と旅立ってしまい、ずっと戻って来ていない状況だ。
「さて……」
今日は101号室の住人さんから相談を受けている。
部屋の前で立ち止まり、インターホンを押すと、澄んだ声音を持つ黒髪の美しい令嬢が現れる。
アリシアさんだ。
「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ」
そう言われ、俺は部屋の中へ入っていく。
とても綺麗にされている可愛らしい部屋だった。
「ええと、アリシアさん。今日は確か……」
うちのマンションは少し変わっていた。
どう変わっているかというと……。
「はい、実は卵の割り方を教えてほしいのです」
「ええ、いいですよ」
一人暮らしが初めてらしい無知の令嬢さん達によくこういった指導をさせてもらっている。
俺とアリシアさんは台所へ行くと、用意してあった卵へ視線をやった。
「じゃあ手本を見せますから」
「はい、お願いします」
俺は卵を手に取ると、ちょうどよい加減でコンコンとひびを入れた。
そして器の中にそっと黄身を落とす。
「うわあ、すごい!」
「いやあ、それほどでも……」
卵ひとつでこの褒められよう……。
だからこういった指導もやめられないのだ。
「じゃあ、その……」
アリシアさんは卵を手に取ると、不安そうな表情をし、俺の方をちらちらと見つめている。
「どうしました?」
「実は一度加減がわからずに失敗しているのです。よかったらその……」
俺はにっこりと微笑んだ。
そして彼女の後ろにまわり、優しく彼女の手に触れるのだった。
「ふふっ、まるで夫婦のようですね」
アリシアさんは顔をポッと赤らめながらそう言った。
こう言われてしまったら、俺の方も顔を赤らめて当然だ。
彼女の手を優しく動かし、卵にコンコンとひびを入れる。
その後は先程と同じようにやるだけだ。
アリシアさんは丁寧にお礼を言ってくる。
「いつも本当にありがとうございます。私、改めてこのマンションに来て、よかったとおもいましたわ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。ところでアリシアさん、今日の朝食は?」
「はい、卵かけご飯にしようかとおもいまして。よかったら管理人さんも食べていかれてはどうですか? 私、この前の指導でご飯の方は炊けるように……あっ!」
炊飯器を開けたところアリシアさんがびっくりした表情となる。
どうやら炊けていなかったらしい。
「ええと、これがそのスイッチで……あわわっ、この前教えてもらったのに……」
アリシアさんが俺の方をちらっと見る。
俺はにこやかに笑うと、
「じゃあ、もう一度教えてあげましょうか?」
と言った。
すると彼女は満面の笑みを見せ、
「はい、お願いします」
と言うのだった。