第63話 優勝候補が……
「は、はい! ミートソースおまたせしました‼︎」
次のパスタがようやく出来た頃になっても、次の完食者はまだ誰も出ていない。
アクアちゃんはぼーっと待ってたけれど、目の前にお兄さん二人が持ってきた大盛りミートソースパスタを見ると、すぐさまフォークを持ち直した。
「ん、待ってた」
そして、再びスピード食いが始まってしまう。
隣のお兄さんとかも一皿目を頑張ってるけど、アクアちゃんの勢いは全然止まらない。
アマダンテ看板商品の一つなミートソースパスタも絶品だからか、どんどん口に入れては美味しそうに咀嚼する様はとっても可愛い。
そんな大食いの彼女を持つ彼氏君ことケイン君は、やっと三分の一を残すかどうかくらい。ジェフはなんとかケイン君に追いつこうと奮闘中。レイス君は、さっき退場したテントでぐったりしてるのが見えました。
(観てるだけでも、楽しいなぁ……っ)
こう言うの、テレビの大食い選手権くらいでしか見るくらいだったのに、その娯楽をお祭りに取り込めちゃうのはメディア媒体がないせい。
キッチン系の家電や、洗濯機はあってもテレビとかは全くない世界だからです。その分本気で盛り上がっちゃうから、ハラハラドキドキとワクワクが止まりません!
「……ねぇ、ゼスト。ちょっと」
「なーに?」
急にエリーちゃんが袖を引っ張るからどうしたのかと思うと、彼女が一番右端を指し始めた。
「……あそこの男、よく見て」
男の人が怖いエリーちゃんが、震えながらその人の指を向けてる。
怖いと言うよりは、驚いた方が大きい表情をしてるから知り合い?かなと思ってそっちを見てみれば、
「もぐもぐもぐもぐっ。うまっ、やっぱりここのは大皿でも最高」
食べながらしゃべる余裕がある人。
だけど、恰好に特徴があり過ぎてびっくりしました!
(あのボサボサ頭に、白衣とシャツって……⁉︎)
ちょっとだけ髪に艶がある気もしたけれど、つい先日カミールさんにお説教されてた時の恰好とほとんど同じ。
ロイズさんとカミールさんの幼馴染みさんで、サファナ王国でトップクラスの錬金師のヴィンクスさん。その人が、アクアちゃんよりは少し遅いが確実に食べ進めていました。
「な、なんでいるんだろ?」
「出不精って聞いてたけど……食いもん目当て?」
エリーちゃんと考えてみても、接点がほとんどない人なので難しいです。
そんなヴィンクスさんは、左のお兄さんがギブしたと同時に一皿目のパスタを完食! 挙手すれば、ちょうど用意してたのかウェイターのお兄さん達がすぐにミートソースを持ってきた。
「おおっとぉ⁉︎ 二番手は優勝経験のあるヴィンクス=エヴァンスさんです! これまでの三回全て優勝されましたが、新鋭の女性には追いつけない模様!」
司会と言うかノリノリで実況してるリリアちゃんの言葉に、僕もだけどエリーちゃんも『へー?』と呟く。
僕は初めて見るから当然だけども、エリーちゃんはお祭り自体久々の参加だからヴィンクスさんの実績?とかはよく知らないから。
「む。ラストのカルボナーラにはチーズ増量したい。チーズって追加頼んでいい?」
正反対の席では、もうカルボナーラ突入しかけてたアクアちゃん。
だけど、一応かかってたパルメザンだけじゃ物足りないのか、作業に戻りかけたウェイターさんに声をかけていた。ウェイターさんは確認したしてきますと言ってからテントに向かうと、アクアちゃんは手をつけずに待ったままに。
「よ、余裕です! この選手はエヴァンズ選手のはるか上をいってます! エヴァンス選手がまだミートソースに突入したばかりなのと、残り時間が30分もあるからでしょうか⁉︎」
リリアちゃんが言う通り、まだ一皿目で苦戦中の人もいればミートソース突入してから脱落するとか様々。
まともに大食いしてる人もアクアちゃんやヴィンクスさん以外だと、ケイン君やジェフを入れてもごく僅かだ。
カウンターの数字がまだ15分程度しか経過してないのに、アクアちゃんにつられた人達が多いから余計に脱落者が出ちゃうんだろうね?
ヴィンクスさんの方は、ミートソースを半分食べたところでアクアちゃんの声が聞こえたのか急に挙手し出した。
「私も追加のチーズをもらいたい。味変えくらいいいだろう?」
こっちも優勝経験者だからか超余裕発言しやがりました⁉︎
「む? チーズ好きがいたの?……結構食べてる」
やっと他の人を見るようになったアクアちゃんでも、彼氏より多く食べる人を見て少し焦ったのかまだ追加のチーズをかけてないカルボナーラを食べ出した。
その後、追加のチーズがそれぞれに届く頃にはアクアちゃんとヴィンクスさんの一騎打ちになっていた。
ケイン君やジェフはミートソース完食手前でリタイアしたし、カルボナーラ突入した人はいなくもないがほとんど熱さにやられて進みが遅くなる。
周囲がそんな状況なのに、アクアちゃん達はパクパクパクパクとカルボナーラを食べ進めていました。
「あ、アクアと張り合える人がいたなんて……」
「おまけに、向こう一回り以上差はあるのに……結構やるな?」
シェリーちゃん達はアクアちゃんがぶっちぎりだと思ってたらしく、ヴィンクスさんの事は予想外だったみたい。それは僕もエリーちゃんもだけど、ヴィンクスさんがあんなにも食べる人だなんて知らなかった。
「ん゛⁉︎ あっつ゛⁉︎」
急に声を上げたのはヴィンクスさんで、それまで平気だったのに何故か舌を火傷しちゃったみたいです。
ひーひー言ってる隙をアクアちゃんが逃すはずもなく、残ってた三口分を大口で平らげて完食しました!
「ん、ごちそうさまでした」
お皿を前に見せることで優勝宣言までしちゃってた。
ヴィンクスさんは気づかずまだひーひー言ってたけど、リリアちゃんや会場の大半がぽかーんと口を開けてたのが彼女の行動で我に返った。
「ゆ、優勝は、登録番号7番の女性です! おめでとうございます!」
『わぁあああああああああ』
リリアちゃんが宣言すると、カウンターの方は00:10:57の数字で止まり、観衆も大声を出していく。
僕達は声こそ出さなかったがアクアちゃんの優勝に拍手しましたよ?
「ほとんどぶっちぎりだったよな⁉︎」
「あんなちっこいのに、エヴァンスより早いってのもなぁ?」
近くで聞こえてきたそんな発言に、クラウス君はくすくす笑い出した。
「アクアの大食いは家族ぐるみだからな? それでも、一番はあいつだけど」
「クラウス君って、アクアちゃんと付き合い長いの?」
「一応、幼馴染みって間柄だよ」
「そうなんだ?」
それでもお付き合いしてるのはケイン君の方だってのも不思議。でも、幼馴染みだからって法則はロイズさんとカミールさんの場合が他で同じなわけもないし、突っ込まないでおこう。
それよりステージの方は、アクアちゃんとヴィンクスさんが中央に立たされ、リリアちゃんや他のウェイターさん達が賞品を渡そうとしていた。
「お待たせしました。優勝されたアクアさんには賞金の銀貨50枚です」
リリアちゃんがそれらしい布袋をアクアさんに手渡す。レイス君を余裕でお姫様抱っこ出来たアクアさんには余裕で、片手で持ち上げてたのを見てリリアちゃんは目を丸くしてました。
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない。次、そっちの人でしょ?」
「あ、そうですね! ヴィンクスさんは二位ですが……うちのカフェで使える年間ドリンク無料券です」
無料券と言っても回数券ではなく、フリーパスのようなカードを差し出したが……ヴィンクスさんは受け取るどころかいらないと手を振ってた。
「飲み物では腹の足しにならない。食べるものも食べたから、私はこれで失礼する」
「え、けど、これは」
「私以下の順位の者にでも渡してくれ。じゃ」
リリアちゃんが引き止めようにも、本当にいらないのか人混みを掻き分けながら会場を去っていきました。
どうするか?と、リリアちゃんや他の皆さんが話し合おうとしてたが、大食い大会はこれで終わりなので拡声器で閉幕を告げてくれました。
「勝った! お金もがっぽり!」
ケイン君を引っ張りながら戻ってきたアクアちゃんは、お腹も満足だけど懐もほかほかになったから大喜び。
嬉々として銀貨の入った布袋を僕達にも見せてから、すぐに自分の
「あ、それとゼストさんにはこれ」
お金をしまってから、アクアちゃんが僕になにかを差し出してきた。
それは、さっきヴィンクスさんが突き返した無料券のカード。
「ウェイターの人が、私やケインとかを見てから渡してきた。普通は一人用だけど、私達なら一回は全員無料にしてくれるって」
他は、なるべく一人か二人の時に使用してほしいとも注意されたが、副賞として受け取ってくれと渡されたらしい。
僕に渡すのは、この街の住人だから。
自分達は、シェリーちゃんの昇級試験が終わり次第次の街に移動するので、一年以内に戻って来るかわからないからと。
「……出場してないのに、得しちゃっていいかなぁ?」
アマダンテに行くのは多いから、たしかに嬉しいけれど。
「私が店長さんに渡すことにしておくから。受け取って」
「りょーかい。ありがとね?」
「ん」
脱落組のジェフやレイス君もくたくたな状態で戻って来てから、せっかくだからこの券を使うのにアマダンテで飲みに行こうと決めました。
ただ、行こうとした時に後ろから女の子の声が聞こえてきた。
「アクアさん待ってください! まだインタビューしてません!」
やってきたのはリリアちゃんで、彼女の言葉にアクアちゃんはげっそりとした。どうやら、質問攻めにあうのが嫌で逃げてきたみたい。彼女はすぐにケイン君の後ろに隠れた。
「面倒。ご飯食べたかっただけ」
「それでも、簡単なプロフィールくらい」
「い・や」
断固拒否の意を示して、苦笑いしてるケイン君を盾にしてました。
「困ったなぁ……店長にどう言おう〜……って、あれ?」
ため息から顔を上げたリリアちゃんが、ちょうど僕の顔が近かったので目が合っちゃいました⁉︎
(だ、大丈夫! 僕は今ゼスト! 変装中!)
いくら知り合いでもエリーちゃんだってバレない、と言ってたけども……じーっと僕を凝視してくるリリアちゃんは、すぐに僕に指を向けてきた。
「ちょ、あんたス──むが⁉︎」
焦りが顔に出てたのかやっぱりバレちゃったみたい!
だけど、名前を口に出される前に素早くエリーちゃんがリリアちゃんの背後から手で口を塞いでくれました。
「ちょっとリリア。今その名前呼ぶなっ」
「ふぇりー? な、なふで?」
「中央広場の騒ぎ、知ってる?」
「…………ああ、なりゅほど」
恋みくじの件はリリアちゃん、こくんと頷くと肩の力をゆっくりと抜いていった。大人しくなったリリアちゃんの様子を後ろからでもわかったのか、エリーちゃんも口から手を離してあげました。
「え、何? なんで『男装』? つか、この人達と知り合い?」
「まあ、うちの店に来てくれてるから。けど、なんで一発でわかったのさ?」
「あたしだって接客のプロだよ? 常連の顔くらい、見れば一発だって! あと、うちのデザート看板メニュー提案者の顔なら特に」
バレた理由は、リリアちゃんの職業柄無理ないとのことみたい。
カツラを被ってても、多少メイクしてた方が良かったかなぁと思ってると肩を誰かに叩かれた。
慌てて振り返れば、そこに居たのはジェフ。
「パン以外にも、なんかやってたのか?」
「あー、うん。ちょっと」
別に隠す必要はないから正直に言えば、興味あり気なのかニヤリと笑っていました。あれだけご飯を食べたのに、デザートは別腹って男の子にも通じるのだろうか?
それか、単純にシェリーちゃんとデートする時の口実にしたいか。
「……けど、あんたらまだ自分の店にも家にも戻れないでしょ? なんなら、さっきアクアちゃんに渡した券使う口実にしてうちに来なよ? 席はなんとか確保するから」
元々行くつもりではあったけど、看板娘さんからの提案に乗った!と全員賛成しました。