躾
「ねぇ、ねぇ、旦那様。冒険者ギルドに喧嘩を売る必要はあったの?」
冒険者ギルドの帰り道にアケミが不思議そうな表情で聞いて来る。
事前の打ち合わせで、アケミは何があってもニコニコ笑っていろとしか言ってなかった所為か話の内容はあまり解っていない。
帰りしなに不服のある者は再度試験を受けると言ったところ、一人も名乗り出なかったので俺達に絡んで来る人間は居ないと思うが、何をしたか理解していないアケミが余計な事を持ち込まないとも限らない。
説明しておくか……
「今俺達は無敵じゃあないのは解るか?」
「無敵じゃないの?」
「ヨシエはそこそこ強いが、俺とかアケミが一人でうろついていれば五秒で殺されるな」
「そこは……自慢の魔方陣で……」
「魔方陣は確かに俺達の力を底上げしてくれているが、今回みたいな荒事では俺達が魔方陣を使っていると悟られれば、いくらでもやりようはある。例えば墨を薄めた泥水を頭から浴びせかけられて、紙が汚れてしまえば魔方陣の効能は格段に下がるし、冒険者ギルドの用意した武器以外使用を禁じられたら、ヨシエもどうなっていたかはわからなかった」
アケミは何か反論をしようと口を開きかけるが、パクパクと口を開け閉めした後に出て来た言葉は「ウグゥ……」しか出て来ない。
まあ、その辺りの対策も考えてはあるのだがアケミが調子に乗るから黙っておこう。
「攻撃を受けなくても良いのでしたら、あれくらいなら殺せますよ?」
涼しい顔でスラリと怖い事を言うヨシエを放置して俺は続ける。
「魔方陣の起動コードを相手に悟られるな、と、ヨシエに命令したのは『得体の知れない何かをしてくるヤバイ連中』と見てもらうのが理由だな。それと、今回冒険者ギルドの連中を多少すり潰したのは、俺が持つ私設護衛の邪魔はするなとの警告……否、躾だな」
「しつけ?」
アケミとヨシエがキョトンとした顔でこちらを見る。
「あそこでいくらギルドマスターが俺達に手を出すなと通達しても末端の連中は止まらないからな、『ギルドマスターも恐れる奴を始末したら大手柄だ』とか考えるアホしか居ないのは解りきっているから、直接痛い目に合わせて怖い目に合わせてそれでようやく手を引く連中だ。バカと獣は叩いて躾けるのが一番早い。ギルドマスター直々に『ギルドに加入しないでくれ』と言わせたのも後々の面倒を考えたからだ」
「紋章協会では私設護衛団がいましたよ?」
ヨシエがおずおずと手を挙げて発言する。
「紋章協会はデカイ組織だからな、派手に叩いた後にほんの少しの美味しい餌を与えるだけで冒険者ギルドは喜んで尻尾を振るだろうさ。バカと獣は解りやすい力には敏感だ」
ヨシエは思い当たるフシがあるのか何かを思い出して頷いている。
「旦那様はそんなに冒険者ギルドが嫌いなの?」
「嫌いな訳じゃない、向こうの出かたが、あんな感じで無かったならヨシエを冒険者ギルドに加入させて専属護衛として雇っていた」
アケミは相変わらずクエスチョンマークを頭に浮かべて首を傾げている。
「俺の仕入れ先が問題なんだ。詳しくは説明していなかったが、俺は文明が数百年進んだマーケットから品物を仕入れる魔法が使える。そんな事が隷属の魔方陣を刻んだお前達以外にバレたら大変な騒ぎになるからな、これから商品の仕入れに町の外に出る事になるが、ぶっちゃけ宿屋の一室でも商品の大量仕入れも可能だがそれを知らしめたくないんだよ」
バレたら一生地下室で幽閉生活デビューだ。
「いいか? この事は絶対に喋るなよ? 隷属紋章が刻まれたお前達は一連托生だ。お前達もまとめて地下室で幽閉されたまま一生暮らす事になるぞ」
二人ともゴクリと唾を飲み込み神妙な面持ちになる。
「今、お前達が使っている紋章協会を根底からひっくり返す様な高品質な紙ってのは、俺が手に入れる事の出来る紙の品質の中では底辺品質だ」
糊付きの付箋紙が便利だったからな、おそらく写真用インクジェット用紙とかもっと白くて高品質なんじゃないかと思う。
「ちょっとおおおお!」
アケミの目の色が変わり俺の腕に縋り付いた。