第43話 憧れの冒険者
「も、もしかして、『閃光のジェフ』さんですか⁉︎」
興奮MAXの声に、やっぱりかと思う。
顔はともかく、ジェフって名前で知ってるとしたらそれくらいだもの。
ジェフも自分の異名を出されたのに照れ臭くなったのか、ユフィ君を落とさないようにしながら彼の目線まで屈んであげた。
「よくわかったな?」
「ち、お、お父さんから聞いたんです! ジェフさんがこの街にいらしてるって」
「お前の親父さん?」
「……ジェフ。この子、王子様なんだよ」
こっそり後ろに回って教えてあげたら、ジェフは大声をあげそうになったので無理に口を手で塞いであげた。
「…………なんで、お前が知ってんだよ」
「ジュディちゃん達に教えてもらったから。兄妹で来てる理由は知らないけど、普通に接してあげて」
「わ、わかった」
僕らのやりとりに首を傾げてるカイト君に笑いかけてから、僕はラスクを作るのに離れました。
調理台に戻った頃には、エリーちゃんが材料を取り揃えてくれてたので早速作ることに。
チーズを焦がす工程で覗きに来てたカミールさんが、関心したように声を上げてくれました。
「これが羽根なのね? 旦那さんにも食べさせてあげたいわぁ」
「お作りしましょうか?」
「お願いするわ。お代はどれくらいかしら?」
「えっとですね……」
「あれぇ⁉︎ ドーナツって聞いてたけどチーズのいい匂い!」
「ほんと、昨日と違う!」
どうやら、若い女の子達がやってきたみたい。
そちらを見れば、街の子らしく綺麗に着飾った二人の女の子がやって来ました。
「いらっしゃいませ。ちょっと、趣向を変えたラスクを作ってるんです」
「そうなんだ!」
「ドーナツもいいけど、塩っぱいのも欲しいなぁ〜」
ふむ、こうなるとチーズラスクも露店の正式メニューに加えた方がいいかもしれない。
メイリーちゃん達のことを置いておくにしても、今日の残りの時間や明日のことを考えれば両方あった方がいいだろう。この子達が多分、街中に広めるキッカケになっちゃうから。
「……作ってやるの?」
僕が考え込んでたら、エリーちゃんにはお見通しだったみたい。
しっかり頷いてから、女の子達に声をかけることにした。
「お時間が大丈夫でしたらお作りしますので、よろしければ店内のパンもご覧になってください」
そう言ってあげると、二人は『待ちまーす!』とはしゃぎながら店に入ってくれました。
「あ、パンで思い出した⁉︎」
急に声を上げたのはシェリーさんで、お財布を持ち直してから店に入ろうとした。
「アクアに頼まれたのか?」
「そうじゃないけど、来るかどうかわかんないし!」
「ケインと後で来るんじゃね?」
「んー、でも、この前パン分けてもらったからっ」
「俺も行くか?」
「ううん、まだユフィ君達と一緒にいて!」
「……お二人は、恋人同士、でしょうか?」
「「え⁉︎」」
勇気あるな、カイト君。さすがは王子様か。
仲の良いジェフ達のやりとりに、堂々と割り込んでいくなんてすごい。
会話が止まったジェフ達は、それぞれわかりやすいくらいに照れてお顔が真っ赤っか。
「ち、違う、パーティーのメンバーだっ!」
「そうですか? それにしては、とても仲がよろしいようにお見受けしましたので。ですが、パーティーなら大切な方に変わりないはずです。僕には、そう言う知人が少ないので羨ましい……」
照れ隠しの発言にも、さらりと王子様対応で受け答えしました。
子供でも英才教育を受けてるだろうから、さすがとしか言いようがありません。
ただ、ジェフは彼の最後の言葉に苦笑いしてました。
その後は何気ない会話を挟み、シェリーさんを店に入らせてあげてた。
「さて、こっちはもう出来るから!」
フライ返しで丁寧に切り分けて、エリーちゃんと丁寧に紙に包んでいく。
店の中でパンを眺めてた女の子達にも声をかけ、ラスク以外のパン達の代金と梱包もしてから、まだ熱いラスクを渡してあげました。
もちろん、メイリーちゃん達や他の皆さんにも。
「美味しい!」
「パリパリしてるし、パンもちょっと柔らかいから食べやすい!」
「「美味しい!」」
などなど、皆さん絶賛してくれました。
この時間を利用して、とっくにユフィ君を降ろしてラスクをばくついてるジェフの後ろに回り込んだ。気配を消すなんて当然出来ないから、すぐに気づかれた。
「どーした?」
「シェリーさんには、謝っておいたから」
「は?」
「僕が自分で男って言っちゃったけど、その前に君との関係は何にもないって事は伝えておいたよ?」
「あ⁉︎ あー……まあ、今日は告んねぇよ」
「なんで?」
絶好のチャンスじゃないかと思ったら、ジェフは最後のラスクを口に入れた。
「昇級試験近いんだ。最低、その後にするつもり。今日はクラウスにけしかけられて、関係の修復に出てただけだ」
「クラウス君が気を利かせてたんだ……」
告白もついでにしちゃえばいいのにって含みにも気づいてるだろうが、シェリーさんの試験を思うと浮かれさせ過ぎも良くない。
冒険者として、ステップアップのためには我慢しなきゃいけないことも多いんだろう。
「俺もだが、お前はどうなんだ?」
「へ?」
何のことだと素で聞けば、当然のように軽く小突かれた。
「せっかくの祭りなのに、ずっと店にいる気か? エリーと回ったりしねぇのかよ」
「え、エリーちゃんと?」
「あれ、お前気があんじゃないのか?」
「な⁉︎」
ジェフの言葉に、口をあんぐりと開けるしか出来なかった。
「違げぇの? エリーはお前や一部の奴以外男苦手なんだろ? 一番気を許してるんなら、そうだと思ったが」
「え、ええええ、エリーちゃんと⁉︎」
なんでだ⁉︎
どうしてそうなる⁉︎
★・エリザベス視点・★
こんな和やかな空気が、この店で迎えられるようになるとは思ってもみなかった。
(この間のクソどもの一件以来、他のバカな連中も来なくなったし……)
衛兵隊長やヴィンクスさんとか解決出来てないことはまだあるが、概ね平和だ。平和過ぎて、こっちまで気が緩んでしまう。
王太子殿下達も、目的のラスクを食べれて幸せそうに頬張ってるのは、どう見ても普通の子供。隠蔽
「え、ええええ⁉︎」
スバルが突然声を上げたので何事かと思ったが、そっちを向いてもジェフがニヤニヤしてるだけで意味がわからなかった。
「あの、お姉さん。今いいですか?」
そっちに行こうとしたら、さっきチーズラスクを頼んで来た街の女子が声をかけてきた。
「? はい、なんでしょう?」
「さっき作ってもらったラスクって、まだ出来ますか? 広場で大道演舞やってる子達に差し入れしたいんですけど」
なるほど、理由は分からなくもないが口実か。
演舞は大抵男がするから、キッカケが欲しいのだろう。男に恐怖症を持つあたしでも、そう言う女に気持ちはわからなくないから、内心苦笑いするしかない。
それに、スバルならきっと引き受けるはずだ。
「大丈夫ですよ、数によってはさっきより時間かかりますが」
「ありがとうございます! 10枚くらいいいですか?」
「じゃあ、15分くらいかかりますが」
フライパン一つでだと出来る量が限られるのでちゃんと伝えれば、女の子はわかったと頷き、もう一人のところに向かって話し合ってから蝶を飛ばした。
もともと、ドーナツの方を差し入れるつもりで来たのかもしれないな。
こっちは昨日の晩に何回か作らせてもらったが、結構簡単だったから手順については大丈夫だ。
「あ、エリーさん。お会計、あとの方がいいですね?」
第一陣を作り終えた時に、シェリーが声をかけてきた。そう言えば、王太子殿下に声をかけられた後に店内に居たんだったわ。
「悪いね。今注文入っちゃったから」
「い、いいえ。トレーはお会計のところに置いておきましたから」
なので、あたしの隣で待つことにしてくれた。
今日は、ジェフと出掛けてたんで冒険者の装具とは違い随分と可愛らしい。あたしとは違って、いかにも『女の子』が主張された恰好だ。
「あ、あの」
「ん?」
「す、スバル、さんについてですが……知っちゃいました」
「え、何に?」
まさか、と思って一度手を止めるとシェリーの顔が赤くなっていた。
「ほ、本人から伺ったんですが……お、男の方だったなんて」
「何⁉︎」
バラすとかについては一切打ち合わせしてないのになんでだと驚いてしまったが、シェリーから経緯を聞けば、完全にスバルの不可抗力だったとわかった。
(たまに抜けてるからなぁ……)
シェリーほどじゃないが、結構うっかりさんだから。
まあ、バレては仕方がないかと作業を再開させることにした。
「あ、い、言いふらしたりしませんからね!」
「そうしてよ。あれ一応、ギルマス達に指示されての恰好だし」
「そ、そうなんですか。……でも、安心しました」
「何に?」
シェリーが安心する要素なんて特にないと思ったが、とりあえずは聞こうと耳を傾ける。
「ジェフが、実はスバルさんを好きなんじゃないかと思って……今も話してますけど、見た目はすっごくお似合いだから」
「…………見た目、はね」
ジェフも結構男前な部類だから、美少女顔のスバルと並んだら絵にはなっている。実際、さっき注文してきた女の子達は気になって見てるし。会話は距離が開いてるから聞かれてないのが救いだ。
あれは多分、男のまんまで会話してるだろうから。
「男の子同士なら、あれだけ近いのも納得出来ます。ジェフもクラウスや他のパーティーメンバー以外で、あれだけ気を許してる男の人と話すの少ないですし」
「スバルも、ないからね」
ジェフにも時の渡航者の真実は、結局スバルからもロイズさんからも伝えてない。
シェリー達が昇級試験後もどれだけ滞在するか不明だし、あまり広め過ぎてはいけない真実だから。
「そうなんですか……ところで、お二人はお祭りなのに回らないんですか?」
「店持っちゃ、忙しいし難しいね」
「スバルさんは回りたそうに思うんですけど……」
「スバル、が?」
たしかに、楽しい事は大好きだし、この街に来て初めての催し物だ。
今回みたいに、祭りのために自分が出来る事を精一杯考えてくれたりもした。その本人が、祭りの露店などに興味がないわけがない。
(ただ、後夜祭の社交ダンスは死んでも守ろう!)
色々と、スバルにとって問題だらけの催し物でしかないからだ!
それと、一瞬スバルと踊るかもと変な想像をしてしまったがすぐに打ち消した。
「よし、これで最後」
「あ、包むの手伝います!」
「客なのにいいよ」
「いえ、大丈夫ですから」
「じゃあ、お願いする」
全部準備が出来てからおしゃべりしてる女の子達に渡しに行き、その後にシェリーの会計も済ませた。