第35話 疲れた時に嬉しいパンの耳で揚げドーナツ
◆◇◆
祭り一日目。
と言っても、メインは明日で今日は前夜祭。
だから、アシュレイン出身じゃない冒険者さん達は祭りの事を知らないので、店の装いが昨日以上に違うのに首を傾げてた。
「スバルちゃん、今日なんかあんのか?」
「今日から三日間は、この街の創立祭なんです」
昨夜から急ピッチで、仕込みと並行しながら店の中と外のコーディネートもグレードアップしたんです。
とは言っても、アンティーク調を崩さずに可愛く、より綺麗に!って感じに布や紙細工、他のポップを作ったりして飾り付けしただけ。
我ながら、男の娘を普段してても手先の器用さが『乙男』なくらい色々出来てしまい……調子に乗って手縫いでもフリルの多い飾りがたくさん。
そのせいで、冒険者さん達がいる時間は違和感しか生まれなかった。
「他の店とかも賑わってたけど、なるほどなぁ? なんかあんの?」
「私も今年からの参加なんですが、たしか明日は」
「国王陛下の御来訪がメインっスよ」
「「はぁ⁉︎」」
「あ、キャロナちゃん」
説明しようとしたら、彼らの後ろにいたらしいキャロナちゃんが割り込んで来た。手には、既に確保したチョコチップメロンパンやチョコラスクも含めていくつか。
お兄さん達がキャロナちゃんの発言に唖然となってしまうと、彼女は手が使えないので足で軽く二人を蹴った。
「会計早くしてほしいっス。それに、今言った事はこの街じゃ当たり前っスから、別に珍しくもないっスよ?」
「あ、悪りぃ!」
「……え、マジでこの国の王様が来んの?」
「経緯は長ったらしいんで省くっスが、この地が自分みたいな魔術師達が多く輩出される街なのと、陛下の親交者がいるんで毎年来るンス」
会計待ちが他にも増えたので、お兄さん達のを急いで準備してる間にキャロナちゃんが簡単に説明してくれました。
その言葉に、祭りとかを知らない他の冒険者さん達も彼女を囲むように真剣に聞いていた。
「今日は前夜祭なんで、昼の賑わいはこれでも静かっスよ? 中央広場も特に何もなかったでしょ? 明日は御来訪があるっスから、出身問わず人混みでごった返しになるっスね。興味本位で見に行くのはご自由っスけど、せめて軽装がいいっスよ」
などなど、僕への説明も兼ねてかたくさんしゃべってくれました。
ただ、全員の会計と店の混み具合が落ち着いても、彼女はまだ店内に残っていた。
「まだ帰らなくて大丈夫なの?」
「明日のために、今日は休みっスよ。思いっきりチョコチップメロンパン食べたかったんで」
それと、と人差し指を出してから外に向けた。
「表の設備が気になったんス」
「あ、やっぱり?」
「スバル、試験運営もさせてみたら? キャロナがいることだし」
エリーちゃんが追加のサンドイッチ達を持ってきてくれたので、やってみますかと決めれば急いで準備を。
大道具とかは表に出してあるから、ほとんど食材。
休業にはしないけど、店内にはキャロナちゃんに少し強いセキュリティをかけてもらったので、三人で表に出ました。
「ほんとは明日からなんだけど、キャロナちゃんだから特別に!」
被せておいた布を取っ払えば、簡易キッチンのご登場。
と言っても、魔石が燃料代りの調理道具以外は僕の世界にもあったオープンキッチン風。長机、鉄の大鍋に専用コンロ。あとは油の缶。
「ここで料理でもするんスか?」
「せっかくだから、屋台でもしようかなって。使うのは、申し訳ないけど売れ残りが多いパンなんだ」
「ほへー」
作る前に、エリーちゃんに鉄鍋に油を入れて強火にかけるのをお願いし。
僕は、別のコンロでお湯を沸かしながら下準備。
「ドーナツを作る時みたいな粉を用意。これをボウルに牛乳も入れて混ぜて……あらかじめ用意しておいたパンの耳の細切りに、ちょっと特殊な粉をまぶしたのを入れます」
「な、なんなんスか?」
料理をしない人には摩訶不思議なものにしか見えないだろう。
だけど、ここからが本番なのでエリーちゃんに声をかけた。
「油どう?」
「もうちょい……生地少しいい?」
菜箸の先に生地をつけ、エリーちゃんはぽちょりと油の中に落とす。
最初は白っぽい玉が落ちていくだけだった。が、少し間を置けばじゅわっと泡が立ち始め、油の爆ぜる音が聞こえてきた。
準備完了、とエリーちゃんと頷き合い、菜箸を受け取って場所を交代。
「そっちのコンロはお願いね?」
「練習通りなら、任せな!」
エリーちゃんが手に取ったのは、ミルクチョコがたくさん入ったボウルと空のボウル。
チョコのご登場に、当然チョコ好きのキャロナちゃんの目が光った。
「ちょ、チョコ使うんスか⁉︎」
「このままじゃないけど」
「? 刻んで?」
普段全然料理はしないならか、お菓子作りもしないみたい。
なので、エリーちゃんの湯煎までの工程にも首を傾げまくってた。
「私は、このボウルの中身を少しずつ油の中に入れて」
途端、油が少し跳ねちゃうが腕とかに飛ばなかったので火傷はしていない。
数はまず三つ。入れすぎると、くっついてしまうから。
菜箸を使って、油の中で転がせてこんがりきつね色に、かつカリカリに上がったら網を置いたバットに移す。
これを、あと二回繰り返したところで、さっきからチョコの甘い良い匂いが隣から漂ってくる。
「げ、限界っスよぉ……まだっスかぁ!」
「待ちなって。スバル、もうかけていい?」
「うん、お願い」
次のを鍋に入れてから、エリーちゃんは油が切れたのに全部じゃなく半分だけチョコをかけていく。
とろとろ、とスプーンでかけてる間も、キャロナちゃんの口の中ではよだれMAXみたいで、何度もごっくんしていた。
すぐに渡してあげたいところだが、チョコが多少固まらないと大変な事になるからお預け。
僕の方も揚がる度に別のバットに移し、エリーちゃんは全部じゃないがまたチョコをかけてくれる。
冷めきったのを確認してから、最初に出来たチョコのを専用の紙で少し包んだ。
「はい、お待たせ。パン耳のチョコドーナツ!」
「こ、これドーナツだったんスか⁉︎」
この世界のドーナツは、数少ない揚げ物なんだけど見た目は拳大のサーターアンダギーみたいなのです。
それとも輪っかのとも違うけど、僕の場合昔から家でおやつに出てくるのがパンの耳の再利用お菓子。
ラスクよりも、今回作ったような揚げパンが多かったんだよね。
だから、お祭りの露店にはいいんじゃないかと思いました。ロイズさんには許可を得てるし、補正も僕の意識した効能で『疲労回復』にしてあります。
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【スバル特製揚げパン】
《揚げドーナツ(パンの耳)・チョコ》
・体力を含めた疲労(気分次第♪)を70%まで回復
・主体はパンの耳だが、周りの生地ごと揚げてあるので外はカリッカリ! 中はふんわふわ! 仕上げにかけたチョコとの相性は間違いなし!
・生地に金聖国原産の黒大豆から作られたきな粉を使用。風味は独特だが、栄養価は高い
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表示にもあるように、きな粉を使ってるんだけど……これをチョコにかけてない方にも油が完全に切れる前に振りかける。
『錬金完了〜♪』
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【スバル特製揚げパン】
《揚げドーナツ(パンの耳)・きな粉》
・体力を含めた疲労(気分次第♪)を75%まで回復
・主体はパンの耳だが、周りの生地ごと揚げてあるので外はカリッカリ! 中はふんわふわ! 仕上げにかけたきな粉は甘さがないが香ばしさはたまらない!
・生地にも金聖国原産の黒大豆から作られたきな粉を使用。風味は独特だが、栄養価は高い
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とりあえず、きな粉の方も出来たら渡そうとしたけど……既にチョコのを幸せそうに頬張っているキャロナちゃんに苦笑するしかない。
「う、美味いっス! チョコのドーナツって美味いんスね!」
口端にチョコがついちゃってるけど、気にせずに残りもパクパク食べてくれました。
きな粉も渡せば、チョコが付いてなくても表面の粉を見て首を傾げた。
「これ、何の粉っスか?」
「金聖国にあるお豆を挽いた粉なんだー。きな粉って言うんだけど、生地の方にも実は混ぜてあるんだよ」
「それでなんか香ばしかったんスね?」
チョコがなくてもパクリと食べてくれたら、今度はぶんぶんと腕を振り出した。
「甘さ控えめっスけど、これはこれで美味い! って、補正なんスか?」
「疲労回復。チョコが70%できな粉が75%ってとこ」
「これ絶対売れるっスよ! 商業ギルドに持ってっていいっスか?」
「え、いいの?」
別口で、ミントさんにお願いする予定ではあったが、どうもキャロナちゃんは一刻も早く宣伝したいらしい。
ミントさんとも友達らしいが、他の仲がいい
「明日の故障事故とかで体力持ってかれるんスよ! 最低明日までに食べれば問題ないっスよね?」
「そ、そっか。うん、明後日までだとギリギリかな?」
時間を置き過ぎると、固くなって食べにくくなるのも伝えておく。
それから、キャロナちゃんにもきな粉をかける作業だけを手伝ってもらい、三人で揚げドーナツを作りました。
当然、露店と勘違いされてしまい、キャロナちゃんが行ってからも僕らはドーナツを作り続けましたとさ。
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【ドーナツの由来】
ドーナツはお菓子なのにパンじゃないのでは?と思われるかもしれませんが、作中に登場したのはホットケーキミックス粉を使用したケーキドーナツの一種。
パンの部類だとイーストを混ぜて発酵させた『イーストドーナツ』と言うものがあります。
例えば、輪っかのリングドーナツじゃないクリームたっぷり包み込まれ、揚げたパンがそれに該当します。
パン屋さんで、是非探してください。
ドーナツは、発祥の地オランダでは中央部分にくるみが乗っていた状態のものが最初だとか。 ランダの小麦粉から作る丸い形の揚げ菓子で、真ん中に胡桃をのせたものがあります。 これが「ドー(生地)ナッツ(胡桃)」の起源のようです。