第6話 選んだ道
「フォルト、そろそろ出るぞ」
「はーい」
スキル診断を終えてから3ヶ月が経った。
結局、うちの家族の出した答えは――「このまま村で暮らす」だった。
両親はふたりとも俺の意見を何よりも尊重すると言ってくれたので、迷わず村へ残る方を選択した。父さんも母さんも驚いた顔をしていたけど、俺からすればこれは当然の結果だ。王立の教育機関なんて堅苦しいところなんて行きたくはない。
その旨を神官に伝えると、大慌てで俺たち一家を説得し始めた。曰く、激レアである俺の言語系スキルを最大限有効活用するため、絶対に王立の教育機関へ進学すべきだと熱弁を振るわれた。
勘弁してくれよ、と思う。
ただでさえ、俺は前世で学校と呼ばれる機関に嫌というほどトラウマを植え付けられたのに、なぜまた行かなくてはいけないのか。貴族でもない俺がそんな場所へ行けば、「平民のくせに生意気だ!」という定型文を引っ提げていじめに遭うのは火を見るより明らかだ。
それに、どうせ貴族と関わるのなら、王都で会ったレビング伯爵みたいな話の分かる人のもとがいい。王政には興味ないけど、あの人に仕えるのだったら文句はないね。
ともかく、それは叶いそうにないし、自ら望んでそこへ行こうという気もないので、俺はこのリーン村で自由気ままに木こりして生きる――そう決めたんだ。
神官には最後の最後まで嫌な顔されたけど。
「どうした? 置いていくぞ?」
「すぐ行くよ」
巨大な斧を担ぎながら森へ歩き出した父さんの背中を追って、俺は走り出した。
◇
木こりの主な仕事は木を切ることだ。
この材木は一旦村の林業組合に預けられ、そのあとで王都へと運ばれる。それから橋や城の補強などの建築資材として使用されるのだ。
「でりゃあぁああぁあっ!!!」
相変わらずの雄叫びで木を伐採しまくる父さん。
俺はというと、一撃は無理なので何度か幹に傷をつけて木を倒している。これでも、他の5歳児と比べたら規格外のパワーだ。
「いいぞ! その調子だ!」
父さんは豪快に笑いながら俺が倒した木を見て言う。
カンスト間近のレベルから得られるステータス値なら、もっと簡単に木を切り倒せそうなものだが、この世界のレベル能力値は年齢に左右されるという。
つまり、5歳児のレベル94である俺と、20歳のレベル94の人では、数値は同じでも与える効果に差が出る。大人と遜色なくステータスに見合った力を引き出せるのは15、6歳くらいらしい。
「さて、もうひと働きするか」
父さんが手作りしてくれた子ども用サイズの斧を振りかぶった時だった。
「おーい、そろそろお昼にしましょう!」
俺たちを呼んでいたのはアイリだった。その手にはバスケットが握られている。
いつもはお昼時になると一度家に帰って母さんの手作り料理を口にするんだけど、今日はアイリがわざわざ持ってきてくれたようだ。
「アイリちゃんか。どうしたんだい?」
「ランチを持ってきたんですよ。はい、どうぞ」
「おお、これはありがたい!」
バスケットの中身はサンドイッチだった。トマトとレタスと薫製した鹿肉が挟まった、この村オリジナルの伝統料理。俺はこれが大好きなんだよな。
「はあ……この休憩時間だけはホントに癒される」
「うちのパパも早くから出て遅くに帰って来るんですけど、いつもより忙しいんですか?」
父さんはゴツイ二の腕で汗を拭いながら、現状を説明する。
「今、王都では新しい橋の建築が急務になっているんだ」
「なぜです?」
「アースダインの姫様と隣国バズリーの王子様が婚約したそうでな。それで、バズリーの民とより交流を深めるため、サンテラ川に大きな橋を造る計画があるんだ」
「あ、それ聞きました。いいなぁ……結婚かぁ……」
アイリさん、チラチラこっち見ないでください。
「で、でも、今から橋を造っても完成までかなりかかるんじゃない? サンテラ川って結構横幅広いし」
話題を逸らそうと、俺は真面目な顔で父さんに問う。
「まあ、割ける予算や人員は限られているからな。完成まで年単位はかかるだろう。それに恐らく、本当の狙いは独自の商業ルート確保のためじゃねぇかな」
「なるほど。お互いに足りない部分を素早く補うためにも、川を渡れる橋の建設は重要事項になっているわけですね」
「もう! 難しい話ばっかりしてちゃつまんない! はい、フォルト――あーん」
せっかく必死になって逸らした話題を強引に戻す――どころか、より悪化させてこちらにぶっこむアイリ。
「このサンドイッチはフォルトのために私が作ったんだよ!」
ああ、それで挟まっている野菜のサイズがまちまちで、鹿肉の薫製だけやたらデカいんだな。おかしいと思ったよ。母さんが作る場合は、俺が鹿肉大好物ってわかっていても、栄養のバランスを考えて控え目なサイズになっているからな。
これはこれで、好物をたくさん用意してくれるっていう愛情を感じることができるが、さすがに「あーん」はキツイ。
「ほらほら、食べてよ!」
サンドイッチを向けてくるアイリ。俺が
「……私の手作りは嫌?」
翡翠の瞳に涙を溜めて、上目遣い――そのコンボは反則やって。
「いやー、昼間っから見せつけてくれるねぇ!」
父さんうっさい!
俺を差し置いて、父さんとアイリはめちゃくちゃ盛り上がっている。この調子だと、この場で孫の名前まで決めかねないので、俺は父さんたちを置いてさっさと木こりの仕事に戻ることにした。
「……もうちょっと奥まで行ってみるか」
俺は父さんたちからあまり離れないようにしつつ、さらに森の奥へと入って行く。塀ができてからモンスターの目撃情報もないし、大丈夫だろう。
背の高い木々の梢が太陽の光を遮っているため、森の奥は薄暗く、なんとも言えない不気味さで満ち溢れていた。迷ったわけじゃないけど、不安になってくるな……て、
「あ、あれ? 俺、こっちから来たよな?」
誰もいないのに思わず問いかけてしまった。
振り返ると、目印にしていた木が景色に溶け込んでわからなくなった。
「と、父さん! アイリ!」
叫んでみるが、返事はない。
そんなバカな……まだ歩き出して1分も経ってないぞ? 声が届かなくなるほど距離が離れているとは思えない。
ひょっとして、これは何かの魔法なんじゃないかと疑い始めた時だった。
「――――」
「! 声だ!」
たしかに、人の声だ。
きっと、父さんとアイリが俺を探しているんだろう。ホッと胸を撫で下ろすも、凄く怒られるか猛烈にイジられるんだろうなと暗い気持ちになりながら声のした方へ進むと、
「? ここは……」
なんか道に出た。
これ、どこにつながる道だ?
現在地は未だにつかめないが、さっき耳に入った人の声は確実にボリュームを増している。近くにいるみたいだ。情けないけど、その人に助けを求めようとさらに道を進んでいくと、俺の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
「っ!」
急ブレーキをかけて木の影に身を潜める。
進行方向には馬車があった。しかも、その馬車には見覚えがある――レビング伯爵が王都で乗っていたものと同じだ。
その馬車は横転し、剣を構えた兵たちがその周囲を守っている。
守っている?
誰から?
答えは、
「げひひひ! 馬車の中身を出せよぉ。俺様はその中にいる女に用があるんだぁ」
オークだ。
オークがいる。
3m近い、かなりの大型だ。
その足元には4匹のゴブリン。
さらに、血だらけで倒れている者数名――オークとゴブリンにやられたのか。そのうちのひとりは俺のすぐ近くにいた。うつ伏せになっているがまだ息はある。だが、これ以上の戦闘は無理だろう。
「……ちょっと借りますね」
俺は倒れている兵の手から剣を借り、息を殺してオークたちに近づく。
1対4――人間同士でも勝てそうにないのに、それをモンスターでやろうとしている。勝てる根拠はないけど自信はあった。だって俺はレベル94だぞ? 5歳でも、しっかり戦えるはずだ。
何より、このまま放っておけるはずがない。
覚悟を決めた俺は、一番手近にいるゴブリンへ斬りかかった。