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うそつきピエロ③




数日後 朝 沙楽学園1年2組


そして――――コウが殴られているのを発見した日から、数日が経った。 あれから彼に変化は見られない。 
顔の傷も一番最初に見た日以来できていないし、体育の授業も普通に受けていた。 だから優は安心していたのだ。 “コウはもう、酷いことをされないんだろうな”と。
“また、いつもの俺たちの日常が訪れるんだな”と。 だけど――――今日は違った。 またあの嫌な思いが、優に向かって容赦なく襲いかかってきたのだ。 

今日も優は、一人で学校へ向かう。 『しばらくは一緒に登校できない』と、コウに言われたからだ。 教室へ入り、自分の席へと足を運ぶ。 
そしてリュックを机の上に置いて、コウのもとへ向かった。
「おはよ、コウ」
「うん、おはよ」
「・・・え、コウ?」
優はまた――――見てしまった。 

何日かぶりに見る、傷を負ったコウの顔を。

「コウ、その傷どうしたの!? 昨日誰かにやられたの?」
「・・・いや」
「誰にやられたのか言ってよ!」
「・・・」
そう聞くが、彼は何も答えてはくれない。 だがコウの傷を見たら分かる。 この前見た時よりも、はるかに――――酷くなっていることに。

―――昨日はあの時よりも酷く殴られたの? 
―――蹴られたの? 
―――いや・・・それも、違うのかな。
―――もしかして、今までもやられていたけど、ずっとメイクで誤魔化していたっていうこと? 
―――今日は、怪我が酷過ぎてメイクで隠せなかったの?

「コウ、お願いだから言って」
「・・・」
「コウ!」
何度言っても駄目だ、彼は口を開いてはくれない。 そして優は――――そんなコウに、ついに頭にきてしまった。 
―――どうして俺はこんなにも心配しているのに、コウは何も言ってくれないんだ!
今回の件は既にバレている。 コウだって隠し切れていないということは、自分でも分かっているはずだ。 
―――なのに・・・なのにどうして!

「コウ、いい加減にしてよ! 何で俺に言ってくれないんだ! 俺はコウのことをこんなに心配しているのに、コウは俺の気持ちを無視か!?」

突然大きな声で怒鳴ったせいか、クラスのみんなは優たちに注目していた。 コウを見ると、彼はこの状況を気まずく感じているらしく、周りからの目を気にしている。
だけど、今の優にはそんなことは関係なかった。

「コウ、俺の目を見ろよ! どうして何も言ってくれないんだ・・・ッ! 小さい頃からそうだったよね、コウは。 そうやって、いつもいつも一人で抱え込んで!
 だから俺は、何も言わずにずっとコウを見守っていたんだよ。 どうせまた今回も、自分で解決するんだろって思いながら。 ・・・でも、今は違う。 コウ一人では手に負えない。
 もう俺にはバレているんだ! そんなに傷を負って、心配しない奴なんているわけがないだろ! ・・・だから、聞かせてよ。 何があったのか。 ・・・いや、聞かせろよ!」

クラスのみんなは更に静まり返り、優の怒鳴り声だけが静寂な教室に大きく響き渡る。 優だって恥ずかしかった。 こんなに注目なんて、されたくはなかった。
こんなに大きな声を出したいだなんて、思ってもいなかった。 だけど――――このまま気持ちを抑え込んでいたら、自分がおかしくなってしまいそうだったのだ。 
だが、コウは未だに口を開こうとしない。 その様子に余計腹が立って、彼の肩を思い切り強く掴んだ。

「早く言えよ! どうして・・・どうしてコウは、いつもそうなんだよ! 俺のこと、そんなに信用できないって言うのか!!」

「優!」

そう叫んだのは、目の前にいるコウではなく――――隣のクラスの、椎野だった。 椎野ともう一人、御子紫がいる。 二人は教室のドア付近で立っていたみたいだ。
そして優の怒鳴り声を聞いた二人は、優たちのもとへ駆け付けてくれた。 二人は2組へ入ってきて早々、優とコウを引き剥がそうとする。
「ちょ、離せよ御子紫! 俺はまだコウに話があるんだ!」
「だからって、こんなところで大声を出す必要はねぇだろ!」
「やんなら外でやれよ、優。 ここは学校だぞ」

「でも! ・・・でも、コウを助けなきゃ」

優が最後に放った言葉は、とても小さくか細い声だった。 当然御子紫たちにも、コウにも聞こえていなかった。 だが本当にこれ以上、コウには苦しい思いをさせたくない。 
一秒でも早く、苦しい思いから解放させてあげたいのだ。 

―――なのに・・・どうして、コウは俺の気持ちが分からないんだよ。

「こら! さっきから何を騒いでいるんだ!」
そう言いながら、先生が教室の中へ堂々と入ってくる。 先生によって、優とコウは強制的に引き剥がされた。
「・・・優。 とりあえず落ち着けよ」
「叫び声を出すなんて、優らしくないぞ」
それだけを言い残し、椎野と御子紫はそれぞれの教室へ戻っていく。 優も先生に言われ、渋々自分の席へ着いた。 

そして時間が何事もなかったかのように、優たちのことを運んでいく。 コウとは朝の言い合い以来、話していなかった。 といっても、優が一方的に発言しただけなのだが。 
授業中に色々考えて、冷静さを何とか取り戻すことができた。  どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。 他にもっと、いい言い方があったのではないか。 
そう思うと苛立ちよりも、後悔の方が大きかった。 特に最後に言った『俺のこと、そんなに信用できないって言うのか!』という発言に。 
あの発言が本心だったのは確かだが、あんなに怒鳴り散らすことまではしたくなかった。 だが、自分では止められなかったのだ。 
どうしてコウは何も言ってくれないのだろう。 本当に、優のことが信じられないのだろうか。 

―――・・・俺は、どうしたらいいんだよ。 

いつも一人になると、そんなコウに対して自分は何をしてやれるのかと、ずっと考えていた。 

だけど何も解決ができないまま、放課後を迎える。 優はいつも通り、コウのもとへ向かった。
「・・・コウ」
「何?」
恐る恐る彼の顔を見た。 もしかしたら、今朝のことで優に対して怒っているのではないかと思って。 いや――――怒ってくれていた方が、優にとっては気が楽だった。 

だって、今のコウの表情は――――とても穏やかで、いつも優に見せてくれる優しいものだったから。 

優には、その表情が怖くてたまらなかったのだ。 かといって、目をそらすこともできなかった。 どうしてコウは、こんなに笑っていられるのだろう。 
朝はあんなに酷いことを言ってしまったのに、どうしてそのような表情ができるのだろう。
「・・・今日、みんな集まるんだって。 コウも、来るだろ?」
今日は結黄賊のみんなが集まる日。 最近は誰か用事があったりしてみんな集合することはあまりできなかったが、今日は久しぶりにみんな集まることができるらしい。 
だからコウを誘ってみた。 だけど彼は、最近口に出す言葉を昔から使っているかのように、自然な口調で返事をする。
「・・・悪い。 今日は、集まりには行けない」
―――・・・ということは、また今日誰かにやられるっていうことだな。 
―――だったら、俺もコウに付いていくまでだ。 
その答えに否定はせず、コウの言ったことを受け止めた。
「そっか。 分かった、じゃあまた誘うね」
「俺に尾行はすんなよ」
「え?」
どうして、考えていたことが分かったのだろうか。 

―――・・・何もかも、俺の考えていることは全てお見通しってわけか。 

素直にその理由を聞くことにした。
「どうして駄目なの?」
そう尋ねると、コウは軽く溜め息をつく。
「何だよ、本当に尾行する気だったのか。 ・・・いいか、優。 今日は尾行、絶対にするな。 それにできれば、今日は早く家へ帰れ」
「え・・・。 どうして?」
「いいから。 黙って俺の言うことを聞いてくれ」
「でも」
彼を行かせないように、引き止めようとするが――――コウは呆れたのか、次の一言を放って優のもとから離れていった。

「・・・じゃないと、俺みたいになるぞ」


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