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みんなでキャンプ⑩




翌日


そして――――無事に、朝を迎えた。
「おはよー、ユイ!」
「ん、優おはよ」
「コウはー?」
「コウは今、藍梨と悠斗と一緒に顔を洗いに行っているよ」
今日も天気がいい。 見上げると、白くてふわふわとした雲が大きな空に綺麗に描かれていた。 
―――さっさと片付けて、キャンプ場から出ねぇとな。
「ユイー、未来が起きないんだけどー」
「あぁ? 未来?」
―――あー、未来は朝が苦手なんだっけ。 
―――ったく、しゃーねぇな。
「優ー」
「ん?」
「未来の上に思い切り乗っかってこい!」
「ラジャー!」
優は笑顔でそう言いながら、彼のいるテントへと走っていく。
「いいのかよ、未来にそんなことをして。 朝だから、機嫌悪いかもよ?」
「優だからいいんだよ。 優なら未来でも、笑って許してくれるだろ」
夜月と会話をしていると、コウたちが戻ってきた。 コウは戻ってきてすぐに朝食の準備をしてくれている。
―――俺も暇だし、手伝うかな。 
そう思い、彼のところへ行こうと足を前へ踏み出した途端――――突如、御子紫が結人を呼び止めた。
「どうした? 御子紫」
「何で今日、午前中に帰んなくちゃいけねぇの?」
「今日は午後から、予定がある奴いるんだってよ」
「誰?」
「椎野と北野とコウ。 そんで伊達も、午後から予定があるらしいしさ。 その前にテントの荷物とかを全部返さなくちゃだし」
「あー・・・。 そっか」
ふと辺りを見渡すと、未来は優によって起こされたようだ。 彼は眠たそうに目をこすりながら、ふらふらとした足取りでテントから出てきた。
「未来ー、早く顔を洗ってこいよ。 今日は朝早いんだから」
「んー・・・」
「今日は午後からどうすんの? もう解散?」
真宮が結人の隣に来てそう尋ねる。
「そのまま帰ってもいいし、暇な奴はいつもの公園に集まってもいいかなって、思っているよ」
ゴールデンウィークは今日が最終日で、そんな今日はもう終わりを告げようとしている。

―――来年のゴールデンウィークも、みんなと一緒にいられるかな。 
―――いや・・・いられるといいな。 

仲間と一緒に、誰一人――――欠けることもなく。





そして、ゴールデンウィーク最終日の夜。 瀬翔吹優は、みんなと公園で集まった後、一人で帰宅していた。 
昨日仲間から貰ったリュックサックと、コウから貰った筆記用具を大切に両腕で抱えながら。 時刻は20時を過ぎている。 
辺りは当然真っ暗で、東京の夜空は星が綺麗に見えるわけでもなく、街灯や建物の明かりが行く道を代わりに照らしてくれていた。
そして優は、自分の家へと続く薄暗い細い道を歩いていく。 “明日はこのリュックで学校へ行こう”と、先のことを楽しみに考えながら。

だけどこの後――――幸せに思っているこの気持ちが、一瞬にして消え去る出来事が起きたのだ。

―――明日は楽しみだなぁ。 
―――学校へ行ったら、みんなにすぐ言うんだ。
―――『今日はみんなから貰ったリュックで来たよ!』って。 
―――みんな、喜んでくれるかな。

明日のことを想像しながら道を歩いていると、ふと近くから誰かの話し声が聞こえてきた。

「・・・だよ。 マジ・・・。 お前は・・・」

―――ん? 
―――何だろう。 
―――誰かいるのかな?
―――こんな遅い時間に、こんな薄暗い場所に。

優は声のする方へ近寄っていく。 意味なんて特になかったが、興味本位なのか足は自然と声のする方へ近付いていた。 そして――――見てしまったのだ。 

彼が、醜い姿になっているところを。

「・・・コウ」
コウが――――誰かに暴力を振るわれていた。 優は思わず、持っていたリュックサックと筆記用具をその場に落とす。 
落としたかったのではない、身体の力が一瞬で抜けて落としてしまったのだ。
「・・・ちッ。 ・・・なよ」
彼をいじめていた者は、優の存在に気付きこの場から離れようとする。

―――あ・・・。
―――このままだと駄目だ、早くアイツを追いかけないと・・・!

そう思い、頑張って震えている足を前へと動かした。 だが思うようには進んでくれず、このふらふらとした足取りは周りから見たら足の不自由な人に見えるだろう。

―――早く、追いかけなきゃ・・・。 
―――じゃないと、コウをいじめていた犯人が誰だか分からない・・・!

そして、犯人を追いかけるためにコウの横を通り過ぎようとした――――その時。

「・・・優?」

「ッ・・・」

自分の名を呼ぶ声により、動いていた足が一瞬にして止まってしまった。 コウが優の名を呼んだのだ。 そして、彼の方へ恐る恐る身体を向ける。 
コウの姿なんて本当は見たくなかった。 だけど頑張って、彼と目を合わせたのだ。
「コウッ・・・」
彼は今力なくその場に倒れ込んでいて、顔にはいくつかの傷があり血も流れていた。 そして――――コウのことを驚いた顔で見据えながら、震えている声を無理矢理絞り出す。
「・・・何だよ、これ」
「・・・」
彼は、何も言葉を返さない。
「・・・どうしてッ、コウが・・・」

―――どうして? 
―――どうして、どうして? 
―――どうしてコウが・・・こんな姿に、なっているんだよ。

優は今、何を考えているのか自分でもよく分からなかった。 何を考えたらいいのかすらも分からなかった。 
ただ一つ分かるのは、この状況を見て単に自分は混乱しているということだけ。 そんな中――――ふと大事なことに気付く。
「・・・あ、そう、だ。 き、北野に、連絡、しな、きゃ・・・」
足だけでなく、声までも震えていた。 もっと言うと、もう全身が震えていた。 酷い姿になっているコウを見て、何故だか恐怖心を憶えたのだ。 

―――北野に連絡して、早くコウを手当てしてもらわないと・・・! 
―――・・・あれ? 
―――どうして俺、手が震えているんだ・・・?

携帯をポケットから取り出すが、手が震えてなかなかメールの画面に移せない。 
「優、連絡しなくて大丈夫だから」

―――いや、そんなのは駄目だ。 
―――じゃないとコウが、このままだと・・・。

「連絡すんな」

―――早く、早く文字を打たないと。 
―――『北野、今すぐ来て』って。 
―――なのに、どうして文字が打てないんだよ。 
―――お願いだから・・・震え、止まってよ。

「おい優、俺の話を聞いてんのかよ」

―――早く、早くしないと。 
―――このままじゃ、コウが・・・。

「優!!」

「ッ・・・」

その声を聞き、文字を打つ手が止まった。 いや、強制的に動かしている手を止められた。
その理由は簡単で――――あまり自分の感情を表に出さなく、大声もあまり出さないコウが発したからこそ、驚いて動きが止まったのだ。
彼の声が今まで聞こえていなかったわけではない。 ただ、コウの言葉よりもコウの身の方が大事だと思ったからだ。
だからいち早く北野に来てもらって、手当てをしてほしかった。 

―――・・・なのにどうして、コウがそれを止めるんだよ。 
―――俺・・・間違ったこと、していないよな?

「・・・コウ」
コウは、何も言わずに自分の力でその場に立った。 そして優は、彼のことをずっと見続ける。 というより――――目を、そらすことができない。
「優」
するとコウは、優しい口調で優の名を呼んだのだ。 いつも優のことを呼んでくれるような、優しい声で。 先刻発した強い口調ではなく、とてもとても優しい口調で。

―――俺に、助けを求めてくれるのかな。 
―――俺に『北野に連絡をしようとしてくれてありがとう』って、言ってくれるのかな。

次に発せられるコウからの言葉を待った。 期待と不安が混じり合う中でも、気持ちは期待する方が大きかった。
だが――――次に発せられた彼の一言は、思ってもみなかった言葉だった。

「俺は、大丈夫だから」

「・・・え?」

コウは――――優しい笑顔を見せながら、そう言ったのだ。 その一言だけを言い残し、彼は背を向ける。 そして何も言わずに、この場から去っていった。 
片足が痛むのか、左足を少し引きずりながら歩いている。 優は怖かった。 最後の一言を放った時の――――彼の笑顔が。 
あのどうしようもないくらい――――怖いくらいに優しい顔をした――――コウの、あの笑顔が。 

―――コウはどうして、そんな嘘をつくの? 

―――・・・ねぇ、コウ? 
―――俺のこと、そんなに信用できない?

―――・・・ねぇ、コウ。 
―――教えてよ。


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