第22話 ジェフへの対策
◆◇◆
「……蝶にもあったが、男ってバレただと⁉︎」
今、物凄く逃げたいです。
だけど、ロイズさんに蛇のように睨まれてて出来ません。
「いったい全体、どぉやってバレちゃったのぉ?」
ルゥさんはお茶請けに用意したラスクをばりぼり食べてます。
翌日の今日。お昼前に伝書蝶でジェフさんにバレた事をお伝えしたら……お昼過ぎに来る、とロイズさんからお返事があって、一緒だったらしいルゥさんと押しかけて来ました。
なので、その時にいたお客さん達のお会計を済ませて休業の立て札を出してから自宅へ移動。
そして今リビングで、ロイズさん達に詰め寄られています。
「た、たたた……たしか、仕草が男のままだからって」
「おまけに、本人に女装歴があったそうですよ。……子供の時だけだそうですが」
エリーちゃんは昨夜伝えたジェフさんの来歴?のようなのを思い出して、ぷるぷる震え出してしまった。
「子供……身内に女が多きゃ、遊ばれるとかはあるが」
「あ、そうだって言ってました」
「ロイズもぉ小さい頃は可愛かったものねぇー?」
「「え?」」
「うっせ! 姉貴がいじるからだっての!」
ダンディなロイズさんのイメージがどんどん変わっていく。エリーちゃんも想像しにくいからか、少し青くなっちゃった。
「ロイズはともかくぅー、身内に女の子が多いなら見分けられても不思議じゃないわねぇ。けど、ジェフ……なぁーんか聴いたことがあるわぁ」
ルゥさんが指を鳴らせば、最初の時に出したような薄紫の綺麗なお姉さんが、彼女の隣に立った。
そのお姉さんはルゥさんにお辞儀してから、ふっと風を巻いて消えてしまう。
「冒険者登録者のリストを取りに行かせたわぁ」
「……他所で登録した人でも?」
「ええ。特に、ランクのC以上の子達は昇格試験が厳しめなのぉ。だからぁ、入所者リストと同時にギルドへ報告が上がるのよー」
「大抵の連中は余所もんだしな?」
それでも、ロイズさんやエリーちゃんのように、自分の育ったところで常駐する人もいなくはないんだって。
とりあえず、精霊のお姉さんが帰ってくるまでもう少し話し合うことになった。
「
「ロイズさん、前半怖いですっ!」
「だからって、可能性は潰しとかなきゃなんねぇだろ? お前は今やアシュレインの名物だ。早いうちに芽を摘むに限る。お、これうめ」
大事なことを言ってるのに、ラスク食べてると実感がわかない。
「可能性をぜーんぶ否定しない方がいいわよん? スバルちゃんの世界とどう違うかわかんないけどぉ……こっちじゃ、いわゆる『ゲイ』って、結構オープンなのよん」
「ギルマス怖い怖い怖いぃいい⁉︎」
「お、オープンは同じですけど度合いがぁあ」
どんなのかわからないから、エリーちゃんと一緒に震えるしか出来ない!
とここで、例の精霊さんが少し厚めの紙束を持って戻ってきた。
「ありがとぉー。次の用事の時に呼ぶわぁ」
精霊さんが消えてから、ルゥさんはジェフさんのリストを机に広げてくれました。
一人分にしては結構量があるけど、読み上げるのはロイズさんが代表になってくれた。
「ジェフ=リジェクター。アルフロント出身の22歳、
「閃光の、ジェフ⁉︎ あいつがですか!」
「あらぁ、あの子がアシュレインにぃ? しかも、パーティーに入ってたなんて意外ねぇ?」
どうやら、ジェフさんはランクはともかく有名人らしい。
ロイズさんは別の書類を手にしてルゥさんの疑問に答えた。
「ルゥの疑問も最もだ。ソロ活動が長くって、Cになる直前まではどこの勧誘も蹴ってたらしい。だが、今のパーティーのリーダーとは気があったのか、Cになってからはずっとあのパーティーだそうだ」
「条件が良くても他を蹴ってたってことはぁ……力量以外を見てくれる相手じゃなきゃ、懐に入れないって感じねー?」
「その可能性は高い。エリー、パーティーのリーダーは知ってるか?」
「たしか、クラウスと言っていました」
「見たところは?」
「懐が広い性格ですね。ジェフと同じか年上みたいですが、育ちもいいのか礼節は弁えていました」
「そこが気に入ったかもしれねぇ。まあ、俺が聞いてた範囲でも、『閃光のジェフ』についての悪い噂は少ない。本人が言った通り、スバルとはダチになりたいだけかもな?」
「僕のどこに興味を持ってくれたんでしょう?」
自分で言うのはなんだけど、『男』として興味を持たれる要素は少ない。
女の子に間違われることなんて両手で足りないし、正直いじめられたこともあった。
なのに、ジェフさんは似た境遇だったのを面白がってもからかったり、否定する様子はない。
「気に入ってなきゃ、てめぇの過去をいきなり話せねぇだろ? が、いきなり二人じゃ渡航者の秘密を言いかねんから、俺も同席する。そこで、信頼できるかどうか確かめりゃいい」
「あらぁ、ロイズ優しいじゃなーい?」
「ま、女の生活を強いてんのは俺達だしな? こっちに来て三ヶ月も経ってんだ、スバルもたまには家以外で息抜きしてぇだろ?」
「…………はい」
実は、ジェフさんの言葉は嬉しかったとこもある。
ここに居る皆さんのように男として知ってる人はいても、やっぱり本当に『男のまま』接してくれる感じにはならない。
エリーちゃんは無理ないし、ロイズさんとルゥさんはもっと大人。先日知り合ったばかりのロイズさんのご両親は、いい人だけど自分の子供か孫のような感じだろう。
だから、同世代の男の子からああ言ってもらえたのは、正直言って嬉しかった。
「……あたしじゃ、全部は共感出来ないから」
「エリーちゃん……」
考えてることが伝わったのか、彼女は悔しそうに顔を曇らせていた。
「けど、味方で一番なのはあたし達だ。そこは譲れないっ」
「うん!」
それは当然だから、すぐに頷く。
「んじゃ、あいつの予定もあるが……近いうちに俺の家に来い。エリーも護衛だから一応な?」
「ロイズさんのお家?」
「ここじゃ、親衛隊とかがジェフに目ぇつけてくぞ」
「「あー」」
いくらジェフさんが強くったって、多勢に無勢なんかになったら大変だ。
「親衛隊じゃないけどぉ、頭の悪ぅい子とかはもう押しかけて来ないわよぉ〜?」
少し黙ってたルゥさんは、チョコのラスクを食べながらそう言ってきた。
「そう言えば、今日はあのバカ達……」
「変にアピールして来る人達は全然?」
冒険者の中でも特に嫌だなって思ってた人達だけは来なかった。
それを、どうしてルゥさんは知ってたのだろう?
「なんかしたのか?」
「報告があっただけよぉ〜? 処罰対象が他にもあったからぁ……衛兵達が捕まえてくれたそうよぉ」
ラスクを口に入れてから、にっこぉって音が聞こえるくらいに笑顔全開に。
これは、深く聞いちゃいけないなとロイズさんも含めて黙っておくことになった。
「ま、治安が守られたんなら何よりだが……って、ルゥ⁉︎ おま、全部食いやがって!」
「だぁってー、美味しいんだもぉん」
気づいたら、三種類のラスク全部がすっからかん。
追加分残しておいて良かったので、そちらを新しく出しました。
ルゥさんはコーヒーを飲んでじっとしながら、ロイズさんが鑑定眼でラスクを調べているのを待った。
「……保存可能期間がかなり長いな? 味は、この三種以外出来んのか?」
「僕の実家で作ってた範囲だと、苺、ハニーバター、キャラメルとかですね。しょっぱいのですと、オーソドックスなのはガーリックバターになります」
「あんま種類多過ぎても、お前とエリーだけじゃ品質管理も加えて厳しいしな。補正はともかく、味はいいし廃棄に行きがちなパンを使えるのがいい。揚げ物を増やすよりも、しばらくはこっちメインで増やしてくれねぇか?」
「美味しいからですか?」
「そうだな。お袋のように酒飲みの連中にも好まれるが、祭りが近い分露店にゃ出しやすいだろ?」
「持ち帰る客には持ってこいですしね」
エリーちゃんの補足に、僕もようやく納得が出来た。
その日に食べるかどうかわからない他のパンじゃ、食べずに捨てちゃう可能性もあるから。
その保存方法を化学でなんとかしてきた生活で育った僕じゃ、思いつかなかったことだ。
なるほど、と頷いてたら、ルゥさんがコーヒーのカップを置いて僕を見てきた。
「けどぉ、最近スバルちゃんの作るパンの補正……このラスクや昨日のサンドイッチとか、意識すると付与されるんじゃないかしらぁ?」
「え?」
振り返ってみても、昨日はともかくラスクの時はそうだったかわからない。
たしかに、あげる相手がはっきりしてたのもあるかもしれないけど。
「ポーション屋とも違うが、相談が増えてきたらそう言うのも結構求められる。……けど、ルゥの見解してたことがマジなら口外しにくいな」
「ええ。薬草と違って普通の食べ物で可能にしちゃう錬金師。貴族連中からも目をつけられてるから、余計にね」
ルゥさんが間伸びした口調を使わないってことは、本当に大変なことだ。
エリーちゃんがこの間言っていた、他の錬金師に相談しに行くのはやめた方がいいかもしれない。エリーちゃんも、ルゥさん達にそれを言わなかった。
「一度、試した方がいいな? スバル、ラスクでいいからやってみてくんねぇか?」
「は、はい」
はっきりさせておくにも、実験は大事だ。
片付けもそこそこに、僕らは厨房に向かうことにした。