第二百八十八話
コイツは、幾ら何でもヤバすぎる!
「《超感応》に近い反射速度、発動妨害の特性、そして超高速の進化、ステータス上昇……厄介なもの目白押しだな」
冗談じゃねぇぞ。戦術を組み立てながら、俺は苦る。
時間をかけていられない。なのに攻め手は限られるし、こっちからの攻撃は迂闊に当てられない。
確実に仕留められるものをフィニッシュブローにして作戦を組み立てるしかない。
俺の持ち技の中でそれが可能なのは、《神威》と《
うまいこと核コアをぶち抜ければ良いが……。今は少しでも確実性のあるものを選びたい。
となると内側から破壊する《
『ちっ、いかんな。奴に近寄ると魔法の発動が鈍くなる!』
やっぱり。
毒づくオルカナを見て俺はため息をつく。《
となると《神威》か《カオスライト》か。
術の発動を考えれば《神威》一択か? いや、でも。
『強力な魔法であればあるほど、奴は鋭く反応してくる。これではサポートが精いっぱいだな』
遠距離支援をしながら、オルカナは俺に情報を渡してきてくれる。
ってことは、コイツはレーダーみたいなものを持ってて、自分の脅威になるものが近くで発生すると最優先で対応するってことか。
となればやっぱり遠距離からの超高速による攻撃。それも局所攻撃が望ましい。
考える間に、敵の気配が変わった。
って!
バキバキと音を立て、肩口からもう一本ずつ腕を生やし、一気にメイとアリアスに襲い掛かる!
「「っ!」」
「《クラフト》!」
奇襲に動きを止める二人に向け、俺は魔法を発動させた。
最大限にまで
きっつ! これ、長く持たない!
盾の受けた衝撃を感知して、俺は顔を歪めた。
あっという間に亀裂が入り、砕ける。その間にキッチリと二人は逃げていたので、役目は果たせた。
だが攻撃はそこで終わらない。
まるで蛇のようにしなり、腕が伸びて二人に攻撃を仕掛ける!
「させませんねぇ」
『無駄なことを!』
すかさずセリナとオルカナがフォローに入る。
キマイラとウィンドフォックスが挟撃して腕を弾き飛ばし、ルナリーの影から飛び出した多数の腕が敵の伸びる腕に絡みついてへし折る。
好機!
俺はすかさず魔力を高める。だが、刹那にして敵の口が開き、不揃いな歯並びの奥が光を放った。
うわ。
ぞわぞわと背筋がざわめき、俺は咄嗟に左へ跳んでいた。
閃光が通過したのは本当にその刹那だ。
微妙に角度のついた閃光は、地面を焼き払って、否、蒸発させて消えた。
嫌な香りが漂ってくる中、俺は何とか姿勢を取り戻して着地、地面を滑って勢いを殺した。
「くそ、どんどん進化するってか!」
毒づく合間に、メイとセリナが接近戦を仕掛けて足止めする。
だが、さっきまでとは違って、今度は二人が防戦する場面も出てきていた。相変わらず剣の動きそのものは悪い。だが、ステータス任せの暴力が強すぎるのだ。
「もうっ! 型も何もあったもんじゃないのに!」
「パワーとスピードが強くて、迂闊に動けませんっ!」
俺は《ソウルソナー》を放ちながらバックステップする。
慎重に相手の魔力を感知しつつ更に下がり、感じる。ここが、ヤツの察知限界点。
すぐにステータス画面から、スキルが使えることを確認する。《神威》が不発に終わったので不安だったが、発動が僅かにしていたおかげか、使用条件はクリアされていた。
「《アイシクルエッジ》」
俺は魔法を発動させて放つ。
真っすぐ向かった氷柱は、過たず敵の顔面を捉えようとしたが、あっさりと回避される。
感知範囲外から打っても、中に入ったら感知する、けど、そのタイミングは割合に遅い。ってことは、反射神経そのものは異常だけど、感知してから分析、回避の有無の判断能力が低いってことか。
となれば、《神撃》が使える。
けど、もし万が一回避されたらマジでヤバいな。確実に仕留められる状況下で使いたい。
問題はその状況をどう作り出すか、だが……。
考えていると、敵のへし折られた腕が再生し、より太く、強靭になっていく。
これも進化か。まるで今までのものを全部溶かして作り直す《変態》みたいだな。ほら、芋虫みたいだった幼虫がサナギになって蝶に変身するように。
あんな感じのことが体内で起こり、外皮を作り変える。そんなイメージだ。
……あれ?
だとしたら、だとしたら、だぞ?
その瞬間ってメッチャ脆いんじゃねぇか? そこを攻撃すれば、なんとかならないか?
『ルガォォオオオオオオオオオンッ!!』
閃いた刹那だ。
敵の全身から衝撃波が放たれる!
「「きゃあっ!」」
メイとアリアスが直撃を受け、まともに吹き飛ばされた。
俺は慌てて《クラフト》を展開しつつメイを回収、アリアスはオルカナがキャッチしてくれた。
同時にセリナが前に出る。ハクテイオオワシを狩りながら上空から接近し、地上からはガイナスコブラ。さらにキマイラとウィンドフォックスの挟撃。
見事な同時多角攻撃だったが、敵は驚くような反射神経を見せて上空からの風の刃を回避し、アクロバットに回転しながらもガイナスコブラを四本の腕で押さえこむ。そこに躍りかかったキマイラとウィンドフォックスは四枚の翼ではたき飛ばす。
とんでもない迎撃能力だな!
『オオンッ!』
咆哮。光。
俺は背筋を凍らせながらまた回避する。閃光が地面を舐め、爆裂した。
威力が上昇してやがる……!
また、咆哮。光。
今度は連続攻撃かよ!
じっくり軌道予測してる暇がない! ほとんどカンで動かないと撃ち抜かれる!
「これが有効かどうかわかんねぇけど……! 《ベフィモナス・エアロ》っ!」
たん、と地面を掌で殴り、魔法陣を発生。
一時的な砂嵐を発生させて視界を遮る。攻撃と認識したらしい敵が立て続けに閃光を放つが、ただのハイビームくらいの明かりレベルにまで減衰されて届く。
良かった。ちゃんと物理法則が通用してくれた。
もちろんただの砂嵐じゃあない。チャフの役割も兼ねたもので、魔力を鎮静化させる作用のある《デバフ》を仕込んである。
『良く見抜いたな。あれが純粋な魔法ではないと』
「エネルギー源が魔力であることは間違いないけど、レーザーが出る前に光に紛れて炎が出てたし、たぶんエネルギーを圧縮に圧縮してレーザーみたいに打ち出してんじゃねぇかなって」
『なるほど、転生者故の知識か』
「そんなもんだな。けどこれは一時的な――」
目暗まし、と言おうとした瞬間だった。
音のしない衝撃に全身を強か殴られた。
ただそれだけが理解出来て、次には意識が暗転して、直後に覚醒したらしいが、脳が理解する前に視界が目まぐるしく動いていく。
爆発だ。
その直撃を受けて地面を転がったんだと理解したのは、事後だ。
砂嵐ではなく、爆煙の中、俺は立ち上がろうとして全身に激痛を覚えた。
「っつうぅ……!」
しまった……! 粉塵爆発でも起こしたか?
焦げ臭い。自分の肉が焼けたらしい。
「ご主人さま!」
すぐ傍でメイの声。無事だったか。
「どうして、私なんかを庇って……!」
ああ、そうか。咄嗟にメイを抱きしめたんだっけ。
それで爆発の初撃から防いであげられたんだ。もちろんその後思いっきり転がったからダメージがあるはずだけど。
「そりゃ、メイだからだろ」
何を当たり前のことを言ってるんだ、メイは。
困ったように笑うと、すぐにメイが両手を俺の胸に当てて来た。
「ご主人さま……! 待ってください! すぐに治療を……! 《ハイヒール》っ!」
ほわりとした明かりが灯り、痛みが引いていく。治癒魔法って便利だな。
身をゆだねていると、気配がした。ルナリーとオルカナか。
『この二人も頼めるか』
オルカナの黒い手で大事に抱えられているのはセリナとアリアスだ。
セリナの魔物たちは無事だろうか、と思って探ると、ちゃんと気配がある。それぞれが事前に察知して何らかの対処をしたのだろうか。とはいえダメージは受けているようだ。
「はい! 少しだけ待ってください。ご主人さま、申し訳ありませんけど……」
「とりあえず傷が塞がれば十分だよ、メイ」
「ありがとうございます」
メイの意図を汲み取って言うと、嬉しそうに笑った。
さて、と。いきなり状況がヤバくなったな。こりゃすぐにでも対処しないとマズい。ホント、強いヤツと戦うと一撃で状況がひっくり返されるからイヤなんだ。
今この状況下で動けるとしたら、オルカナだけか。メイは治療に専念して欲しいし。
俺はゆっくりと身体を起こす。まだ軋むように痛みが走るが、大丈夫だ。具合を確かめつつ、オルカナに視線を送る。
「しばらく頼めるか」
『構わんが、どうするつもりだ?』
「一気に仕留めるための準備だ」
言いながら、俺は空を見上げる。魔力信号弾を打ってあるから、もう来る頃合いだ。
『よかろう。だが、長くはもたんぞ?』
「分かってる。……《バフ・オール》」
俺は魔法でオルカナと自分に強化魔法を施す。
これでまだ動けるはずだ。
「大技使うから、テレパシー送ったら逃げてくれ」
『委細承知した。ルナリー、魔力だけ借り受けるぞ』
そう言って、オルカナはルナリーから離れるとバキバキと音を立てながら姿を元に戻す。完全戦闘モードというやつか。
「よし、行こう」
そう言って、俺はタン、と地面を蹴って高速飛行魔法を使って空へ向かった。