第二百八十七話
それからの処理は、
とにかく俺は闘技場で優勝し、エキシビジョンマッチでギラをも屠ったことで、前代未聞の騒ぎになってしまった。
加えて主催であるギラが消えたことで、表彰式さえ危ぶまれたが、
その願いは当然決まっている。
「メイの記憶を、取り戻してくれ」
謁見室でセリナとアリアスにすがりつくメイを見てから、俺はイスに腰かける
ちなみにブリタブルはまだ養生中なのでベッドの上である。
「なんだ、それが願いだったのか。そんなもん、お願いされるまでもなく取り戻すつもりだよ」
「きゃっ」
穏やかな光がメイを包む。
炎にも見えるが、威力がないことはすぐに分かった。
「っつっても、単純に記憶を取り戻させるだけじゃあ、また辛い思いをするだけだ。だから、記憶を失うくらいまで傷付いた部分は消す」
「そんなこと出来るのか?」
思わず訝ると、
「普段なら無理だ。けど、そのきっかけは奴隷紋の暴走だろう? そこにはギラの魔法が強く関わっているから、そこから手を入れてやればどうにかなる」
『なるほど、奴隷紋への過干渉からの逆干渉か。そこに強い感情の記憶と封印のきっかけがあるならば、そのとっかりだけ消せば記憶は取り戻せる、か。しかしその穴埋めはどうするつもりだ』
「時間的には極々短時間だ。勝手に補完してくれるだろ」
ポチの小難しい問いかけに焔ほむらはすぐに答えた。
「この子の奴隷紋が異常だからこそ出来るって言うのもあるがな」
「異常?」
「元々使っているインクからして奴隷紋にしては特殊だな。厄介なものになっている。契約主が魔族だってことも異常だが、インクさえ所持していれば所有権が移譲されるということもかなり異常だな」
おうむ返しに訊くと、饒舌に指摘された。
頭に浮かんだのは、アガルバスだ。確かにヤツはメイに奴隷紋を施した地主で、魔族だった。なるほど、だからこそ汎用性が高くて、メイは度々被害に遭っていたのか。
そう思うと、実に魔族らしい陰険なやり方だ。
「それだけじゃあない、か」
「これは試練、だな。お前ら、覚悟はあるか」
「覚悟?」
「この奴隷紋は、呪いだ。いずれこの子を殺す」
!?
衝撃が走った。
メイが……死ぬ!?
「複雑な術式過ぎて、いつからこんな仕掛けが施されたのか、具体的には言えないんだが、この奴隷紋を通して生命エネルギーがどこかへ送られているようだ」
「んな……っ」
「そのエネルギーは徐々に大きくなり、いずれこの子の全てを奪い去る。そして、変化する。月狼の呪いのようなものだな」
とんでもない単語が出てきて、俺は絶句した。
その呪いって、確か魔神を生み出す呪いのはずだろ。なんでそんなもんにメイが蝕まれてるんだ!
「今なら除去できる。というか、変な呪いが作用した上に、このアホ息子が魔族と同化して、強引にこの子へ干渉したことによってガタが来てる」
つまり千載一遇のチャンスってことか!
「だが、同時にそれは呪いを解放することでもある」
即座に
「つまり、中途半端……魔神のなりそこないが具現化するってわけだ。それがどれだけ危険なことか、理解しているな?」
『どれだけのエネルギーが送り込まれたか分からないが、確実に上級魔族を上回ってくるだろう』
ポチの補足に、焔ほむらも頷いた。
言うまでもなく、そいつが具現化したら戦闘になる。
「腐っても魔神の欠片だ。覚悟はあるか?」
「当たり前だ」
「もちろん、私たちもですねぇ」
そんなもん、言われるまでもない。
これでメイが奴隷紋から解放されるんなら、喜んで戦う。そして、勝ってみせる。
真正面から睨み返すと、焔ほむらは笑った。きっとセリナたちも同じ様子だからだろう。
「即答とは恐れ入る。それじゃあ早速始めるとするが……構わないな?」
「事態は一刻を争うんだろ?」
「その通りだ。それじゃあ、移動するぞ」
ぱちん、と
瞬時にして荒野に移動していた。空間転移だ。
すぐに俺たちは臨戦態勢を取る。呼応して、
またメイの身体が光に包まれ、今度は燻されるようにして黒い煙が出てくる。あれが、呪いだろう。禍々しいものを感じて、俺は敵意を見せた。
と、同時に、メイが膝をついた。
「メイっ!」
「うぅっ……あれ、ご主人さま……ここは? あれ? 確か私は……」
頭を押さえながらキョロキョロとして。
まだほんの少しだけ舌足らずな声で、いつものように人懐っこい大きな目で、俺のことを信頼しきった気配で。
ああ、メイだ。
俺は思わずメイに抱きついていた。
「……メイっ!」
「ご、ごごごご主人さまっ!?」
「良かった……本当に良かったっ……!」
「……ご主人さま……大丈夫ですよ、メイは、ここにいますから」
控えめに、メイもぎゅっと抱き締めてくれた。
「感動的なところ水を差して悪いんだけどよ。来るぞ」
振り向くと、メイから剥がした黒い煙──奴隷紋が人を象りつつ夥しい魔力を吐き出していた。
コイツは……ヤバイな。
肌で衝撃を感じつつ、俺はメイを庇うようにしつつハンドガンを抜く。すると、メイが前に出た。
っておい、戦うつもりかよ!
「良く分かりませんけど、あいつと戦うんですね」
「メイ!」
「私はご主人さまの剣ですから」
「けど、武器がないだろ」
戦意を漲らせまくるメイを咎める。
奴隷紋から解放されたからだろう、確かにかなりの魔力だ。だが、武器もなく挑むのは危険すぎる。
アリアスたちの武具は回収できたが、メイの武器だけは見つからなかったのだ。
「武器ならここにあるぞ」
レアものだろ、これは。アホ息子め、だから隠してたみたいなんだよ」
それをキッチリ回収してくれてたのか。ありがたい。
「ありがとうございます!」
メイは大剣を受け取ると、ぶん、と振るう。勢いが強い。
瞬間だった。
黒い煙が人になり、その背中に四つのコウモリみたいな翼を生やした上に、六つの目を出現させた。
ばきっ、と音を立てて、口が露になる。不揃いな歯並びの牙。
『グル、グガァァアアアァァァアアアアアアっ!』
咆哮。
魔力の籠められた衝撃波が周囲に撒かれる。
「さて、と。俺様はちょっと用事があるから、コイツはお前らでちゃんと処理しろよ」
『どこへ行くのだ?』
「招かれざる客人だよ。呪いを解除したことで、やってきたみたいだな」
ってことは魔族か。しかもかなり好戦的な笑みを浮かべてるし。自ら出向くってことからしてかなりのヤツが来てるんだろうけど。
それだけヤバいのなら、
「じゃあな」
あっさりと焔ほむらが姿を消す。
その直後だ。
『グル、グガァァアアアァァァアアアアアアっ!』
また咆哮。
やっぱり、神獣たる焔ほむらを警戒していたか。それで俺たちだけならなんとかなるとでも?
舐められたもんだ。
俺からすれば、こいつはメイを苦しめる元凶だ。一切の同情もないどころか憎しみしかない。
俺は素早く《鑑定》スキルを撃つ。
表示されたステータスはほとんどが認識できない記号の羅列だった。妨害──いや違う。
スキルは正常に作動しているし、何か防がれているような感じでもない。つまりこれこそがステータスなんだ。読めない文字で構成されてるとか意味不明なんだが。
とはいえ、分かることがある。その記号が常に動いているということだ。つまり、ステータスが上昇してるってことだ。
これはヤバいな。さっさとケリを付けるべきだ。
即座に俺は動く。
一気に仕留める!
「──《真・神……」
『グルガァッ!』
「──いぃぃいっ!?」
咆哮。それとほぼ同時に俺の術は発動から妨害された。
なんだ、何が起こった!?
あわや暴発一歩手前で俺は抑え込んだ。辛うじて不発に抑え込んだが、魔力はキッチリと消費されて強制的に動けなくなる。それだけじゃなく、強い目眩がやってきて俺は膝をつくどころか、倒れこみそうになって四つん這いになった。
うぅっ、気持ち悪い。強引に何とかした反動か、これ……!
「ご主人さま!?」
「大丈夫っ……それよりも、足止め頼む……!」
くそっ。
貧血でも起こしたのか、目を開けているはずなのに目の前が真っ暗だ。
「メイちゃん、私と一緒に前衛! セリナ、ルナリーちゃん、バックアップお願い!」
すかさずアリアスの指示が下り、地面を蹴る音がした。
気配を探ると、メイが左、アリアスが右から攻める図式だ。素早くセリナがテイムした魔物を呼び寄せて配置し、ルナリーも魔力を集めている。
くそ、早く、早く!
視界が回復するのを焦燥しながら待っていると、剣戟が響いてきた。
──って、剣戟?
疑問が浮かぶと、ようやく視界が戻ってくる。見やると、メイとアリアスが左右から挟撃し、敵が両手に忌避してしまいそうなぐらい歪に真っ赤な剣を握って迎撃していた。
いつの間に、あんなものを!
いや、それ以上に特筆すべきなのは、剣捌きだ。片手でメイとアリアスそれぞれを相手にしている。
『恐ろしいまでの反射神経だな。スキルがあるようには見えない稚拙さなのに』
確かにその通りだ。
証拠にメイとアリアスの鋭い一撃は捌き切れずに腕で受けているし、防戦一方だ。
だが。
「それだけじゃあないだろ」
『……スキル、及び魔法の発動妨害。それが奴の本来の特性だな。その上でステータスが緩やかだが上昇している』
やっぱり。
俺は動けるようになったことを確認すると、ハンドガンを構える。
「《
稲妻を宿らせ、俺はハンドガンを何発も撃つ。
幾多もの光の軌跡が、敵の胴体を撃ち抜いた。
『ガアアッ!?』
悲鳴。
白煙が上がり、黒い皮膚が抉られて中身が露わになる。あれは――
すかさず俺は追撃の構えを取る。
だが、それより速く敵の胴体が再生、否、そればかりか銀色に光る装甲に包まれた!
「ま、まさか……」
俺は愕然とする。
こいつ……進化するのか!