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第18話

「ちょと(あね)さん、いつまで寝てるんですか!」
口元をさえぎる布越しでもはっきりと聞こえぐらいの言葉には、憤懣(ふんまん)がまぶされていた。
「早く起きて!」
顔を踏みつけていた足を今度は、

––––ドスッ!
 
わき腹に突き入れる。

「はぐっ!」
ふさは悶絶(もんぜつ)した。
靴先を突っ込まれたところを両手で押さえ、ごろごろと床を左右に転がる。
––––と、ばね仕掛けのように跳ね起きるやいなや、アバズレンの胸ぐらをむんずと掴んで叫ぶ。
「レディを蹴ったね! 蹴った! オヤジにも蹴られたこと––––」
ふさの抗議の言葉は最後まで吐かせてもらえなかった。

––––ヒュン!

二間(にけん)(4メートル)ほどを、一瞬で軽々飛び越えて林太郎(りんたろう)がふたりの首を狙い刀を叩き込んできた。もはや常人技とは思えない動き。

––––タン、タン、タン!

ふさは「とんぼ返り」を三回決める。
本来なら動きずらいであろう看護婦の服のまま、すばやく、軽やかに白刃(はくじん)をかわす。

––––トンッ!

アバズレンは飛んだ––––真上に、垂直に。
一度膝を曲げ、力をためての跳躍(ちょうやく)ではなく、直立の姿勢から高い天井すれすれまで飛躍する。

林太郎も人ならぬ動きを見せるが、ふさとアバズレン、ふたりも大概(たいがい)である。
超人的な身さばきで一刀を避けたふたりは懐に手を入れ、それぞれ「それ」をひっ掴んで林太郎へ投げつける。
ふさはお(ふだ)、アバズレンは手裏剣であった。

林太郎、
「甘いな!」
二方向から目にも止まらぬ早さで迫る凶器を後方へと飛び退きながら、刀を縦横に振るって、斬り落とし、弾き返す。これもまた尋常な速さではなかった。
息も乱さず、汗も滲ませず、何事もなかったかのように、ただその白衣のすそのみはためかせて着地した林太郎は、ゆっくりとまた刀を構える。ひざを曲げ、ふたたび飛びかかる態勢へと静かに、とても静かに移った。

アバズレンとふさは次撃に備えて身がまえる中、金之助(きんのすけ)は憧れていた小説家の、その人ならざる動きに、ただただ呆然と目と口を丸くしているだけだった。

––––と、その時、
「……⁉」

––––ヒュルルルルルー。

口笛のような音を金之助の耳がとらえた。

––––ルルルルルルルー。

わずかに聴き取れるほどだったそれは次第に大きくなり、

––––ルルルルルルルッ!

この部屋に急接近していることがわかった。

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