執事コンテストと亀裂⑤②
伊達は何も言わずに、そして嫌な気持ちになっても顔には出さずに、結人の話を黙って聞いていた。 いや、本当は聞きたくはなかった。 今にでも耳を塞ぎたかった。
だが伊達のどこかでその行為を許そうとはせず、結局は終始全て話を聞いてしまった。 それは今となって後悔する。
結人が藍梨のことを想っているのは前から知っていたことなのに、それを改めて言われると流石に心が痛んだ。 それに加え、ここにいるみんなの前で公言するなんて。
だがみんなの反応は同じものだった。 結人への声援が、先刻から永遠と続いている。
だけど伊達にはどうすることもできず、ずっと俯いたまま彼への声援を頑張って聞き流し、やり過ごすことしかできなかった。
伊達は藍梨に、一度もこの気持ちを打ち明けられずにいる。 そして今もそうだ。 そしてここで“人に自分の気持ちすら伝えられない弱い奴なんだ”と、改めて実感した。
結人は思っていた以上に強かった。 振られても、もう一度向き合おうとしている。
伊達は女子とは普段よく話す方だが、好きな女子に対してはいつも心を打ち明けることができなかった。 これは――――小さい頃からそうだ。
そんな伊達でも、好きになってくれる女子はいて、今までに何人かと付き合ったことはある。 だが、その大半が女子からの告白だった。
―――今回も・・・俺の負けかな。
結人と藍梨が、きっとまた付き合うのだ。 告白すらもできない伊達に対し、結人は振られてもいいから頑張って藍梨と向き合おうとしている。
彼にとって、今の自分は邪魔者でしかない。 だったらこのまま引き下がろうか。
―――・・・今回も俺は、意気地なしだった。
ただ――――それだけだ。
結人の話は終わったらしく、今日はもう解散することになったらしい。 伊達もみんなの流れで、重たい足を引きずりながら倉庫から出た。
ここにいる彼らとは会話する気にもなれず、顔を上げて相手の顔を見ることも苦痛だったため、このまま何も言わずに立ち去ろうとする。
―――・・・これから、どうしよう。
「伊達」
これから藍梨のことをどう考えていこうかと迷っていると、突然結人から声をかけられた。 突如名を呼ばれたため、反射的に彼の方へ振り向いてしまう。
今は、結人と話すことなんて何もないのに。
「ちょっと、いいか?」
「・・・」
特に断る理由も見つからなかったため、伊達は頷き彼の方へ足を進める。
「ユイー! また明日なー! 伊達も今日はお疲れ!」
椎野が北野と一緒に並びながら、20メートル程離れたところから大きな声で結人にそう話しかけた。
「おう! また明日な! ・・・あっ、椎野! バンダナ!」
「えー? ・・・あ、悪い!」
椎野は拳に巻いていた黄色いバンダナを外し、胸元にあるバッジも外しながら大きな声で謝る。 バンダナやバッジをしたまま街を歩いてはいけないのだろうか。
―――・・・そりゃそうか。
―――さっき色折は『結黄賊のことは内密にしてほしい』って、言っていたっけ。
「ベンチ、座ろうぜ」
結人は他のみんなを最後まで見送り、伊達をベンチまで誘導した。 ここは藍梨とよく一緒に座っていたベンチでもある。 だがそんなことについては、特に気にも留めなかった。
彼は今から何を話すのだろうか。 藍梨の話なら、先刻話したことの繰り返しならもう聞きたくない。
伊達は結人と話すこともなかったし、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。
「その・・・大丈夫か?」
「え?」
突然放たれた思ってもみなかった発言に、素直に驚いてしまう。
「いや・・・さっき俺、一方的に話しちまったからさ。 伊達の気持ちも、何にも聞かずに」
そんなことはどうでもよかった。 伊達の気持ちなんて、結黄賊の彼らに伝えても何の意味もなかった。 だから自分の気持ちなんて言わなくてもいいと、今でも思っている。
そこで結人は、一番聞きたかったことを尋ねてきた。 本当に一番聞きたかったのかは分からないが、彼の真剣な表情と落ち着いた口調から、伊達はそう読み取ったのだ。
「伊達ってさ。 ・・・今藍梨と、付き合ってんの?」
「ッ・・・」
彼からのその問いを聞いて、一瞬言葉が詰まってしまう。
―――でも、ここで隠していても意味がないよな。
そう思い、素直にその質問に答えた。
「付き合っていないよ」
「え、付き合っていないの!?」
そう答えると、結人はすぐに反応した。 そんなに驚くことだろうか。 伊達は今まで藍梨と付かず離れずの距離、関係を保っていた。
そんなにいちゃいちゃする程のことはしていない。
「・・・じゃあ俺、決めた」
「何を?」
今の会話から何を決めたのだろうか。 伊達は覚悟をして、彼から出る次の言葉を待つ。 そして結人は躊躇いもなく、覚悟を決めたような表情でこう言葉を放った。
「俺、明日藍梨にもう一度告白する」
「ッ、は!?」
―――何だよそれ!
―――俺の気持ちは、まだ整理されていないんだぞ!?
そして結人は、続けて言葉を紡ぎ出す。
「今伊達と藍梨が付き合っていないって聞いてさ、安心したと同時に焦りも出たんだ。 ・・・藍梨を先に、取られたらどうしようって。
だからその前に、俺は明日、藍梨に告白する」
この時、伊達は言いたかった。 『俺からは告白なんて到底できないと思うから、焦る必要はないよ』と。 『色折はきっと、また恋が実るよ』と。
そして結人は静かな口調で、もう一言を付け足すようにこう呟いた。
「・・・まぁ、今の俺と藍梨の関係上、告白しても振られる確率は高いけどな。 伊達の方が、今藍梨と一緒にいる時間が多いし」
「そんなことないよ」
「・・・え?」
伊達はその言葉を否定した。 そして続けて、結人に向かって言葉を紡ぐ。
「藍梨は、今でも色折のことを想っている。 だから、振られることはないと思う」
「何だよそれ。 どういう意味だよ」
伊達は知っているのだ。
藍梨は――――結人のことが、今でも好きだということを。
「藍梨を見ていれば分かるよ。 だって、藍梨はずっと色折のことを見ていたし。 ・・・俺と一緒にいる時も、ずっと」
「・・・」
そう言うと、彼は何も言葉を発さなくなった。 だがこれでいいのだ。 最初から、藍梨と結人は両想いだった。 別れている今でも、両想いだということだ。
もし伊達が藍梨に告白をして付き合ったとしても、そんなものは理想のカップルでも何もなかった。 結人という存在がありながら、彼女と付き合う気にはなれなかった。
それ程藍梨のことを大切に思っているし、それと同時にいい仲間をたくさん持っている結人のことを、あまり苦しい思いにはさせたくなかったから。
この二人を守るには、こうするのが一番いいのだ。 後悔なんてしていない。
まぁ――――二人が付き合ったら、の話なんだが。
「・・・伊達はさ」
「?」
「藍梨に、告白はしねぇの?」
先刻まで結人に藍梨を譲ろうと思っていたが、伊達は彼のその発言に少しイラッときてしまった。
「何だよそれ。 結果が分かっているっていうのに、わざと振られろってことかよ」
「ちげぇよ。 そんなんじゃねぇ。 自分の気持ちは、伝えなくてもいいのかってことだよ」
「・・・うん、俺は伝えない」
「それでいいのか」
別に、伝えられずにいても何も思わない。 後悔はするとは思うが、そんなものはどうでもよかった。
その理由は――――好きな人と一緒に過ごす時間の方が、一番大事だと思っているから。
もちろん藍梨と付き合えることができたら幸せだが、結人を越してまで付き合おうとは思わなかった。
「いいんだよ。 ・・・藍梨のことは好きだけど、色折には勝てない。 もう二人は両想いって分かっているから、今更俺はどうすることもできねぇよ」
「でも」
「いいか? ・・・俺は、色折と藍梨が付き合ってほしい」
「は? ・・・いや、伊達はさっきから何を」
「色折はいい奴だよ。 それに、俺よりもずっと強い。 だから藍梨を守るには色折が最適だ。 ・・・藍梨と何があって別れたのかは、知らないけどさ。
でももしまた付き合ったら、次は絶対に別れんなよ。 まだ付き合うかは決まっていないけど、藍梨はきっと・・・また色折を選ぶから」
これで――――いいのだ。 藍梨のことはこれからも大切に想って、それでいつかこの恋心を忘れればいい。 これで解決じゃないか。
―――藍梨も、弱い俺よりも強い色折と一緒にいた方が安心するだろ?
「どうして伊達は、俺にそこまで言ってくれるんだ?」
「・・・色折は、初めて見た時から俺の憧れだったから」
「は?」
結人のことを見ながら会話していると、突然彼が自分の方へ顔を向けてきたため慌てて視線をそらす。
「うっさい、見んな!」
そう――――伊達は、結人のことは入学した時から知っていた。
一目見ただけで“自分とは何かが違うな”と感じていたのだ。
「・・・分かったよ」
―――・・・分かって、くれたか。
これ以上は何も言うことができなかった。 だから分かってくれてよかったと、伊達は安心する。 そしてまた、結人は口を開いた。
「でもさ」
「・・・何だよ?」
「俺は、伊達とダチになりたいって思っているよ。 これから俺と藍梨がどんな関係になろうとも、俺は伊達とダチになりたい。
結黄賊のみんなと同じくらい、伊達のことはいい奴だと思っているから。 ・・・それに俺は、俺の味方をしてくれる奴の味方だからさ」
「なッ・・・」
その言葉を聞いて、伊達は何も返すことができなかった。 正直に言うと、結人からその言葉を言われて凄く嬉しい。
今まで憧れだった人に突然そんなことを言われて、そう思わない人はいないだろう。 その中でも一番嬉しかったのが『結黄賊のみんなと同じくらい』という言葉だった。
―――・・・俺のことを、そんな風に思ってくれていたんだ。
だが伊達はこの嬉しい気持ちを頑張って抑え、強がったようにこう口にする。
「そ。 だったら、一生俺とダチになりたいって思っておけよ」
「ん、そうするよ」
そう言って、結人は眩しい笑顔を伊達に見せてきた。 この笑った顔は、いつも結黄賊のみんなに見せている笑顔と一緒だった。 自分に初めてその笑顔を向けてくれたのだ。
あまり今はいい気分ではなかったが、伊達もその笑顔につられ思わず微笑み返してしまった。
そして彼に『家まで送っていく』と言われたが、伊達は断り一人で帰ることにした。 今日は色々な出来事があったが、嬉しかったこともある。
もちろん、嫌なこともあったけれど。 これから先、藍梨を想う気持ちはずっと変わらないだろう。 だけど、藍梨が結人と一緒にいて笑ってくれるなら、それでいいと思った。
だって、伊達は藍梨の笑った顔が好きだから。
そして――――結人は笑った顔が、一番似合うと思ったから。