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28.イッツァ ショウ タイム

 大部屋で商品を広げるわけにはいかないので、皆でクララ様の個室へと移動した。
今回俺たちがこの世界に持ち込んだのは以下の通りだ。
包丁30本
砥石30本
グラス10個
ワイングラス10脚
石鹸30個
チョコレート2箱
ナイフ4本

 ナイフとチョコレート以外は全て100円ショップで購入した。
石鹸は3個で100円の品だ。
チョコレートの仕入れ値は前述した通り321円、ナイフは1本3024円(税込)だった。
商品仕入れ価格はトータルで22458円。
吉岡と折半で買ってきている。
売れる保証はないのだが、元の世界でギャンブルをするよりもずっと安全でハイリターンだとは思う。
ダメだった時は売値を下げるか違うもので再チャレンジだ。
「チョコレートを買ってくるの忘れちゃいましたね。売れ筋商品のはずなのに」
「あとタオルもあったよな。今回高値で売れたら次回は多めに仕入れて来ようぜ」
みんなでああだこうだいいながら値段を決めていくのだが、如何(いかん)せん全員が商売は素人だ。
俺と吉岡は商社勤めだが小売店ではないし、企画部なのでその辺の機微には疎い。
ザクセンス王国の物価もまだあまりよく把握していなかった。
でも吉岡は結構強気だ。
「どうせこの世界にはないものばかりなんだから、最初に値段をつけてしまった者の勝ちですよ。ダメなら次の街で値段を下げればいいじゃないですか」
一理ある。
というわけで思いっきり適当に値段をつけてみた。

包丁1本8000マルケス
砥石一本5000マルケス
グラス1個5000マルケス
ワイングラス1脚6000マルケス
石鹸1個1500マルケス
チョコレート1箱7000マルケス
ナイフ1本6万マルケス

どうだこの無謀ともいえる値段設定は。
包丁なんて1本売れたら7900円の儲け。
ナイフに至っては57000円くらいの利益が出るぞ。
「いかがでしょうクララ様?」
「私には商売のことはよくわからない。コウタ達の好きにやってみればいいさ」
クララ様は堅実な領地経営をしているようだが商売には少々疎いようだ。
特に今回の品々はこの世界にはないものばかりなので価値判断が難しいのだろう。
「それではこのような値段でブレーマン伯爵と交渉したいと思います」
最終的な値段を皆で確認し合ってから大部屋へと戻った。

 翌日、吉岡と二人でクララ様のお供をして伯爵の城へ向かった。
通りはたくさんの人であふれ、荷物を積んだ馬車が行き交っている。
店も燃料、金物、パン、食料品、雑貨、服など様々な店舗が軒を連ねている。
なかなか活気のある街だ。
ブレーマンの街の広さは500ヘクタールくらい。
感覚的に言えば五キロ四方の街に2万人もの人が住んでいるんだからかなりの人口過密地帯だと思う。
だけど意外なほど街は清潔だ。
どこに行ってもトイレなどは綺麗なんだよ。
エッバベルクのような田舎でもそれは変わらない。
秘密はスライムだ。
浄化槽にスライムを飼って、排泄物を分解させる技術が100年以上前に確立されたそうだ。
同じように生活排水もスライムに浄化させてから川に流している。
おかげで街は清潔に保たれ伝染病の犠牲者数が格段に減ったという。
だから下水道の技術はないのに街路はちっとも臭くなかった。
街中には公衆トイレが点在していて1回1マルケスで使えるのには驚いた。
街が運営して大事な収入源になっているそうだ。

 門番小屋で待っていると伯爵家の使用人が俺たちを呼びに来た。
どうやらクララ様の交渉がうまくいって、伯爵が俺たちと会ってくれるようだ。
 伯爵の居室はこの世界に来てから見た中で一番きらびやかな部屋だった。
二番目がクララ様の居間だが、広さ、装飾、調度品などに雲泥の差がある。
これがこの世界の金持ちか。
もう遠慮はいらないな。
せいぜいぼったくってやるぜ! 
「その方らがアンスバッハ殿の従者か。構わぬ故、こちらに来て商品を見せてみなさい」
伯爵は小太りの紳士で人のよさそうな笑顔を浮かべていた。
いかにも食べることが好きそうに見える。
だけど俺たちは騙されない。
一見ソフトな人当たりをしていても商売に対してはシビアな人間を何人も見てきているのだ。
この伯爵もそういうタイプに分類されると見た。
 予め木箱に移しておいた商品を部屋の中へ運び入れた。
俺の空間収納は秘密にしておいたほうがいいだろうと判断してこのようにしている。
能ある従者は爪を隠すものなのだよ。
俺たちの取り出す商品を伯爵は表情を変えずに見つめていた。
流石は大都市の領主をしているだけはある。
ただのボンボン貴族にはできないポーカーフェイスじゃないか。
交渉は難航しそうだが強気で攻めてやる。
今日も頼むぜ「勇気六倍」。
「にゃんだこれはっ!?」
伯爵の声が裏返っている。
しかも「にゃんだ」って……。
ポーカーフェイスじゃなくて驚いて表情が固まっていただけかよ。
 俺たちは商品の一つ一つを丁寧に説明していった。
先ずはステンレスの包丁だ。
クロムとニッケルを含む錆びにくい合金はこの世界にはないだろう。
切れ味は100均レベルだが研げばある程度までは何とかなるし、そのための砥石も買ってきてあるぞ。
伯爵は実際に手に取り()めつ(すが)めつしている。
ステンレスの真価はまだわかっていないと思うが自分が見たこともない合金というのは理解したようだ。
お次はグラス類だ。
この世界には無色透明なガラス食器は既に存在しているようだ。
この部屋の窓に板ガラスを見ても、ガラス製法の技術は結構進んでいるのが窺える。
「腕の良い職人がいるのだな。これほど薄く仕上げるとは……」
伯爵が感心しているので期待はできそうだ。
「だが、もう少し装飾的なものの方が商品価値が出るのではないか?」
こちらではシンプルなデザインはあまり好かれないのか。
「このグラスの価値はワインを入れた時に出ます。その美しさは大粒のガーネットやルビーのようでございますよ」
ここで吉岡のセールストークが炸裂だ。
俺も追い打ちをかけてやろう。
鞄から取り出すふりをして空間収納から自分用に買ってきたワインを出した。
チリ産の安物だけど味は美味しくて気に入っているのだ。
「いかがでしょう?」
「おお!」
ワインを入れたグラスの美しさに伯爵の頬が紅潮している。
普段は色付きで厚手のグラスで飲んでいるのかもしれない。
普通の人は木製か陶器のジョッキで飲んでるもんな。
クララ様も陶製のゴブレットで飲んでいた。
ワインの美しさに伯爵家の家人もみんなうっとりしているぞ。
「アンスバッハ殿、飲んでみたいのだが……一緒にいかがかな」
「喜んでお相伴しましょう」
クララ様を誘ったのは毒見を兼ねているんだな。
クララ様のグラスにもワインを注いだ。
この地方で取れるワインより酸味が少なくて飲みやすいと思う。
ただしちょっと軽めだから物足りない可能性もあるな。
どうだ?
「……うまい。これらの商品もいいがこのワインも是非購入したい!」
残念ながらそれは1本しか持ってきてないのだ。
そもそも寝酒用で売るつもりはなかったし。
「申し訳ございません伯爵。これは秘蔵のワインで最後の一本だったのです」
「……さようか。そのような貴重なものを振舞ってくれた心遣いに感謝するぞ」
「勿体ないお言葉です」
1200円のワインで機嫌よくなってくれれば安いもんだ。
どうせ開けちゃったしお代わりを注いであげた。
え? 
クララ様も? 
はいはいどうぞ。

 お次は石鹸だな。
石鹸もこの世界にはちゃんと流通している。
ただし動物性油脂をつかったもので匂いがよくない。
よくないというよりも臭い!
香料の入った石鹸は初めてだろう。
これも伯爵は気に入ったようだ。
そしていよいよ真打登場! 
最後はナイフだ。
こいつが高値で売れるか売れないかで今後の結果が大きく変わってくる。
前にリアがこのナイフは5万マルケス以上するといっていた。
その言葉を信じて今回は6万マルケスという値段をつけている。
俺たちは固唾を飲んで伯爵の行動を見守った。
「この柄は……見たこともない素材だ」
ラバー材です。
多分天然ゴムはこの世界のどこかにもあると思います。
「装飾性はないが持ちやすい。そして刃は……」
それもステンレススチールで錆びにくいですよ。
カーボンスチールの方がよく切れるらしいですけどね。
用意した紙や皮、木切れなどを出して切れ味を試してもらった。
「……素晴らしい」
そうでしょう。
ゆうべ吉岡と一生懸命研いでおきましたからね。
「父上、私にも一本購入させて下さい」
たまらないといった感じで伯爵の息子さんがナイフを選んでいる。
この世界の男の子は刃物が大好きなようだ
男の子と言っても30過ぎのオッサンみたいだけどね。
「さて値段だが、こちらの紙に書かれたものでよいのかな?」
「はい。伯爵のために今回は特別にこのお値段でお譲りいたします。本来はこのような価格ではとても販売できないのですが……」
絶対に値引きはしない! 
不退転(ふたいてん)の決意で俺と吉岡は交渉を開始した。
結果。
 拍子抜けするほどあっさりと代金を支払われてしまった。
提示した商品はすべて買い取られ、販売総額はしめて101万9千マルケスとなった。
22458円が1019000円だぞ。
およそ45倍になってしまった。
俺も吉岡も深々と伯爵に頭を下げる。
二人とも驚きで上手く声が出なかった。
だがそんな俺たちをもっと驚かせたのは伯爵の次の言葉だった。
「どうもアンスバッハ殿にはだいぶ気を使わせてしまったようだな。このように安く商品を譲ってもらい感謝する。今日のことは憶えておきましょうぞ」
相場より安かったのか!

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