27. ブレーマンの街の商人
カッテンストロクトから西へ12キロ。
ついに俺たちはザクセンス王国を南北に貫くラインガ街道に入ることが出来た。
途中、ゾンビ調査や新ダンジョンの封鎖などで五日の遅れが出ている。
王都ドレイスデンまではまだ1400キロ近くの道のりがあり、到着には40日近くかかるだろう。
軍務につくまではあと50日あるので間に合うはずだが、途中何が起こるかはわからない。
雨が降って川が増水しただけで足止めをくらう世界なのだ。
ラインガ街道は街道と名がつくだけあって立派な道をしていた。
エッバベルクから通ってきた道は2メートル程度の細い道幅だったが、ここは広いところだと10メートル以上ある。
馬車が余裕をもってすれ違え、駅馬車の制度も完成されていた。
道がきちんと固められていてバイクやリヤカーの揺れが少なくなって嬉しかった。
ラインガ街道を南下すること79キロ、カッテンストロクトを出発してから3日、俺たちはついに北部最大の都市ブレーマンへ到着した。
ブレーマンは四方をぐるりと城壁に囲まれた都市だった。
人口は2万人弱。
日本の地方公共団体レベルだが、人口密度はずっと高い。
「なんか物々しい壁ですね」
「100年前までは北からの侵攻をここで食い止めていたからな。この都市に7年以上籠城して戦ったなんて記録も残っているよ」
クララ様の説明を受けながら城門の受付へと向かう。
「もっとも今では北方諸国とも和睦がむすばれたから、かつての城塞都市は南北貿易の一大拠点となっているのだよ」
「兵どもが夢の跡ですか」
「コウタは詩人だな」
松尾芭蕉の俳句ですけどね。
それにしても貿易都市か……金儲けの匂いがしますな!
目があった吉岡とついニヤけてしまった。
「前にコウタ達が言っていた商売の話だがブレーマンで一度試してみるか?」
「よろしいでしょうか」
「ああ。ここは商人組合の発言力の強い街だ。貿易の品が溢れ、売り手も買い手もたくさんいる。よい機会だと思うぞ」
明日はいよいよ初売りというわけだ。
ぼったくるぞ!
クララ様も一緒についてきてくださるから安心だ。
流石に俺と吉岡だけじゃどうにもならなかったと思う。
新宿や梅田にいきなり放り出されるようなもんだもな。
クララ様の口利きでエッバベルクにも来る商人を紹介してもらい販路を開拓していくことになった。
宿について荷物を運び込む。
物騒なのでバイクとリヤカーは柱にしっかりと鎖を使って施錠しておいた。
時刻は16時少し前だ。
「私はこれからブレーマン伯ユルゲン・バント卿に挨拶してくる。コウタもついてきてくれ」
街の領主に仁義を通しておくのだな。
「それでコウタ、以前貰ったチョコレートを売ってもらいたいのだがまだあるかな?」
「箱入りのやつですよね。ええありますよ」
空間収納から26枚入りのチョコレートを出した。
税込みで321円で買った品だ。
そのままというのもなんなので、100円ショップで買ったハート型の箱でお洒落にラッピングしてみた。
「素晴らしいではないか。これならブレーマン伯も喜んでくれるだろう」
ラッピングは商売用に買っておいたのが役に立ってよかった。
偉いさんへの贈答用に次回はいろいろな入れ物も用意しておくとしよう。
ブレーマンの街は活気に満ちていた。
そろそろ暗くなる時間なのにまだ開いている店もたくさんある。
これまでの道中だと店は日暮れと同時にしまっていた。
そもそも商店自体をほとんど見かけなかったのだ。
ちょっと感動してしまうぞ。
10分程繁華街を歩くと街の中心の城にたどり着いた。
おお!
ブレーマン伯爵の城にはなんとガラスの窓が付いていた。
ちゃんと透明な板ガラスだよ。
素晴らしい!
この世界にも存在していたんだ。
今は冬だからいいけど、夏になったら虫が心配だねと吉岡と話していたのだ。
だけどやっぱりガラスが嵌っているのは王侯貴族の家、大きな神殿の窓くらいのようだ。
きっと高価な品なのだろう。
この分なら俺と吉岡の計画もうまくいきそうだ。
そう、俺たちは100均で各種グラスも買ってきたのだ。
既に無色透明のグラスが存在していたのは残念だが、高級品であるならば高値で売れる気がする。
明日の商談に期待しよう。
門衛に取次ぎを頼むと伯爵は在宅中でクララ様はすぐに中へ通された。
俺とブリッツは門の内側でお留守番だ。
「おう若いの、そこは寒いだろう、こっちに来てあったまりな」
初老の門衛さんが門番小屋に誘ってくれた。
片目が潰れているけど気のよさそうなおじさんだ。
お礼を言って中に入ると石で囲んだ炉に直接薪をくべて火が焚かれていた。
少し煙いけど外よりずっと暖かい。
「ありがとうございます。こう寒いと火が何よりものご馳走ですよ」
「ちげえねえ。あんちゃんはエッバベルクからだって?」
「そうなんです。4日かかってここまで来ました」
おじさんと雑談を交わした。
おじさんは元々兵隊さんだったけど東のポルタンド王国との戦争で片眼を失ったそうだ。
それなりに戦功があったので先代ブレーマン伯爵に目をかけられて門衛にしてもらえたと言っていた。
確かにおじさんは強そうだ。
一線を離れはしたのだろうが実戦を経験した迫力というのが充分残っている気がする。
「当代の伯爵様ってどんな方ですか?」
「そうよな……ご当主様は戦争も知らないボンボンだが商売のことは詳しいぞ。当代様になってから暮らしが楽になったって皆が言ってるからな」
武闘派ではなく経済に強いタイプの貴族か。
「おいくつなんですか?」
「52歳だ。俺より1つ年下なんだよ」
中年というよりは初老ってところかな。
おじさんに街のことをいろいろ聞いていたら、クララ様が戻ってきた。
「ありがとう。おかげで暖まったよ」
「おう。あんちゃんもしっかり勤めな」
おじさんに別れを告げてブリッツの手綱をほどいた。
クララ様の表情はいつもと変わりない。
「いかがでしたか?」
「ただの挨拶だから特に問題も起きないさ。さあ、宿に帰って夕食にしよう」
辺りはもう暗くなっている。
カンテラに火を灯して夜道を宿まで急いだ。
ブレーマンの街くらいの規模になると大通りの辻には常夜灯が焚かれている。
石造りの常夜灯の横には「ブレーマン商業組合 寄贈」とか「ネバッツ平原戦勝記念」とか書いてある。
お金持ちや権力者がこのような形で市民に富を還元しているんだな。
真っ暗な場所は怖いから頼りない常夜灯の明かりでも少しホッとする。
手にはアキバで買ったアルミ合金製のフラッシュライトを握りしめて暴漢に備えた。
「そんなに緊張するなコウタ」
クララ様に心を見透かされた!?
「身体強化や攻撃魔法を使える騎士を襲う輩などそうはおらんさ」
確かにそうかもしれない。
素手で完全武装の兵士を襲うようなものだ。
俺は肩の力を抜いて大きく息をついた。
宿に帰ると既に食事の用意がされていた。
クララ様も今日は一緒のテーブルで食事をとることになった。
旅先で一人のご飯は寂しいもんね。
今日のメニューは豆入りのスープとパン。
以上だ。
う~ん……ヘルシー!
そして、寂しい!
でもこれがこの世界の普通なのだ。
代金はクララ様が出しているから文句も言えない。
スープは大盛だしパンも大きかったのでお腹いっぱいにはなったよ。
心が満たされなかったけど……。
とは言え、クララ様のはからいでワインも一杯ずつふるまわれた。
かなり酸味が強かったけど硬いパンと一緒に飲んだらそれなりに美味しかった。
明日の予定を皆で話し合っていたら、扉が開いて先程の門衛のおじさんが入ってきた。
「エッバベルク騎士爵クララ・アンスバッハ様」
「なにか?」
「我が主ブレーマン伯爵ユルゲン・バントよりの書状でございます。お改め下さい」
おじさんがクララ様に手紙を渡し、クララ様はその場で手紙を開いて読んだ。
すぐに読むのが礼儀なのかな?
書状に目を通したクララ様は俺を見つめた。
「コウタ……チョコレートはまだ残っているか?」
「あと二箱あります」
「すまぬが譲ってはもらえぬだろうか?」
もしかしてボンボン伯爵が欲しがっているのかな?
もちろん否応ない。
「明日のお誘い喜んで参上しますと伯爵にお伝えしてくれ」
クララ様の言葉を受けて門衛のおじさんは去って行った。
「伯爵はいたくチョコレートが気に入ったようだ。もし手持ちがあるならぜひ買い取らせてほしいと言ってきた。明日の十時に茶会に招かれたよ」
「それはよかったではないですか」
プレゼントは喜ばれた方がいいもんな。
「だが、明日の午前中はそなたたちと商家を巡る約束を……ふむ……案外伯爵に商品を売り込む方が早いかもしれぬな……」
俺たちとしても商品が高額でさばけるなら文句はない。
こんな時間に使者を寄こしてまで茶会のお誘いをするなんて余程チョコレートが気に入ったか?
見れば吉岡のやつも悪い顔で笑っている。
ふふふっ、金持ちからはたっぷりふんだくらないとな!