湧水の道⑥
餌やりを忘れた馬というのは、その後1刻くらいは拗ねてしまうものなのか?
餌を食べさせた後、何回も謝ったが、馬はそっぽを向いて一向に僕のいう事を聞いてくれない。謝り疲れ、いよいよ僕と馬の間に沈黙が流れ出すと、謝っていた時よりも気まずくなってしまった。
頭や背中をさすりながら、やっと1刻。なんとか機嫌を戻してもらい、桟橋まで手綱を引っ張る。
「リカルットの方へ」
餌やりを済ませたのは良くても、ギルドの呼び出し中に飛び出してきたのだ。そろそろ捜索が始まるころだろう。
なら見つかる前に、この街を出てしまえば、つかまる恐れはない。街とは独立したもので、街の外に出てしまえば干渉できないのだ。
「なるべく早く……そう、飛ばしてっ!」
「分かりましたっす!」
ギルドから戻った時よりは少し遅いが、それでも普通よりは格段に速いスピードで水路を辿っていく。周りは「またボートレースでもやってるのか?」と苦笑している者と、唖然としている者が半々くらいだろう。みんなして、爆走する船を目で追いかけている。
目に映る世界は横に線を引いていく。形も曖昧で、ぼやけたように映る。馬に乗っていた時でさえ、見れなかった模様だ。それだけ速く進んでいるのだろう。
それにやっと目が追い付けば、一瞬だけ止まったかのようなシーンが次々に流れ出す。
普段はなめらかに動いているはずのものが半分ほど時を盗まれてしまったかのように、パラパラと画像が目の前に流れているような感覚になる。
行き交う船も、水路を見下ろすように配置された建物も、そこに入る数々の店も、全ての時が一瞬、一瞬、止まっている。
不思議な感覚に没頭していれば、関門まで漕ぎ着いた。
「着きましたっすよ」
「あぁ」
さっと船をおり、桟橋に渡された板の上に馬を丁寧に迅速にのせ陸へとあげていく。
全ての荷物が陸にあげられ、それを完全に機嫌を取り戻した馬へとかけていく。
「短い間だけど助かった」
「お客さんみたいな人、初めてっすよ。勉強させてもらいましたわ、ははっ」
「それじゃ」
「はいっす! またのご利用お待ちしているっす」
最後はやはり商人らしい。社交辞令に聞こえるその言葉は、しかし僕には表面上の言葉には聞こえなかった。
きっと、あの舵手は客に礼が言える人間なんだ、と僕は知っている。
予想が外れていたら恥ずかしいが、どちらにせよ、対応に文句はない。
関門の外を見れば、レウアに入るための列ができている。それに比べ街からの出口はガラガラだ。
とくに待たされることもなく、僕はすぐに関門の外に出ることが出来た。
まだ日の入りまで時間がある。僕は馬にまたがり、一度街の方を振り返った。
さっきの舵手は桟橋にいるだろうから見えない。
威勢のいい客引きの声は関門の外でも聞こえる。
潮の香りもする。
この街はいろいろと僕自身を暴かせた。
たぶんこの街にいた時の感情は忘れないだろう。
「しい、ゴッ!」
掛け声をかけ馬を走らせる。軽快に走る馬は気持ちよさそうだ。
水路のせいでお役御免だった滞在期間から解放され、久しぶりに走れる喜びが現れている。
僕も海から吹く風と馬が切り開いて起こる風の2つを感じながら、海沿いの道を心地よく駆け抜ける。