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湧水の道④

「……着きましたっせ!」

「……ありがとう」

うたた寝をし、少し落ち着きを取り戻していた。船の揺れ具合は絶妙で、快眠出来た。
最初に出会った頃は、「絶対チップなんて渡してやるもんか」と思っていたが、人の気持ちが分かる者などそうそういないだろう。舵手に1枚のチップを渡すことにする。
しかし面と向かって渡すのは、なぜか気恥ずかしい。
僕はそっと船に1枚置き忘れたことにして、舵手に受け取ってもらうことにした。

相変わらずギルドの扉は、扉じゃない。ロヴェルの時と同じく、ボロボロだ。いや隅にちょこんと残ってはいるが、もうあのレベルまでいくと、扉ではなく廃品だ。
廃品売り場の設置モデルをしているかのようだ。
ちっぽけな扉に比べ、中は広い。
ロヴェルと違うのは、ギルドが四角形の塔で、1階と2階で3面がガラス張りになっているところだろう。おかげで街を見渡せる。
水路には船が行き交い、人や荷物を降ろしたり積んだりしている。

あの馬鹿騒動を報告するために、僕はギルドの受付まで行った。

「ギルド、レウア支所へようこそ。要件はなんでしょう?」

「少しばかり報告を」

呆れた顔を浮かべた受付の人は引き出しから紙を引き出し、メモの用意をする。

「はぁ……報告、と。名前と簡潔に顛末をお願いしますね」

「ナギ、旅人。14区画の酒屋で店長に因縁付けられて拳をもらった」

「喧嘩ですかぁ……はぁ」

「多いのか?」

「えぇ、まぁ例年通りではあるんですけどねぇ……。仕事が増えるので減ってほしいところですね」

「嫌味か?」

「いえいえ、少しばかりの独り言ですよ……はぁ……」

「で、とりあえず気絶させといた」

「はいはい、気絶ね、気絶……はぁ!? 倒しちゃったんですかっ!?」

「ん? いや正当防衛」

素っ頓狂な声をあげて、おもいっきり立ち上がった受付の人は上半身を乗り出して、聞いてきた。若干表情が強張っている気がするが、僕はそんな誰彼構わず手を出すような人ではない。
その表情は結構失礼なもんだ。

「はへぇ~……まだ小さいのにやんちゃですね~。……とりあえず上に通すので、詳しくはそこに行ってください。えぇーと、ナギさんです……よ、ね?」

「あぁ」

「うーん、なんか聞いたことが……あっ、なんでもないです! では4階のぉ……、第1面会室でお待ちください」

「?」

大して有名な人間ではないはずだ。確かにあのロヴェルの変な奴……管理人と知り合いになってしまったが、別にそこは影響ないだろう。おそらく僕と同じ名前の要人と勘違いしたのだろう。
ゆっくりとした足取りで、僕は階段を上っていった。

面会室は予想に反して少し広い。真ん中にテーブル、それを挟んで3人掛けのソファーが置かれ、端に観葉植物と質素な作りではあるが、土足で踏み入れていいのか迷う絨毯が敷かれ、要人が通されるような雰囲気がする。

面会室に入ってから半刻が経とうとしていた時、扉が開き、初老の白鬚の爺と、若くて背の高い女の人が入ってきた。
軽く礼をされたが、僕は無反応を決め込む。

「ゴホン、えぇ~とっ……君がナギくんだね?」

「そうだ」

「我の名はレウア。この街の管理人をやっている者だ」

なぜこんな小さな騒動に管理人が出しゃばってくるのかが分からない。
可能性としては3つあるだろう。
1つ、他にも要件がありすぎて、仕方なく管理人も面会作業をしている。
2つ、街のルールとして管理人が立ち会わないといけない。
3つ、僕自身に個別の用事がある……。
1つ目と3つ目は可能性が低いだろう。しかし無いとは言えない。
表情で悟られぬよう、落ち着きながらも頭をフル回転させ、もし個別の用事で来ている時にどんな用事があるのかを考える。犯罪的なことに関しては全く思い当たる節は……、いや少しある。ヨナで止められて監獄にぶちこめられたことだ。
しかし街と街は原則非干渉。その街で解決したことならば、他の街へは引きずられることはないはずだ。

「喧嘩のことは一回置いておこう。……君に聞きたいことがある。いいかね?」

「……」

「君はロヴェル管理人のラウアを知っているかね?」

「名前は忘れたが、知ってる」

「そ、そうか。君はラウアと街を囲う塀に登ったことはあるか?」

「あぁ、登った」

「最後だ。君はイーアンの旅人だね?」

「その通りだ。それがなんだ? 時間がかかるなら帰る」

「あぁ~、すぐ終わらせるからの! 少し待ってくれぬか」

レウアと名乗ったこの街の管理人は、横に控えていた女の人とヒソヒソと話し始めた。少し思ったのだが、自分の名前を街の名前にするとは、とんでもない奴だ。
あのラウアでさえも、あの変な奴でさえも、自分の名前にはしていなかった。
どういう思考回路なのか、またはどういうルールがあるのか、僕には不思議で仕方がない。

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