【1時限目】1000年目の君へ
―――西暦2018年
僕は、高校生向けの進学塾講師として日々堅実に働いていた。
―――そして、所変わって幻界歴30798年。
仕事を終えた僕は、帰宅中に『ながらスマホ』をしている内、不思議な霧に視界を奪われたかと思いきや、いつの間にかここ……『異世界=幻界』に来ていた。
こちらに来て間もなく、周辺を右往左往していたところを『とある小国=レッドブック家』(天使の名門貴族らしい)の姫様御一行にぶつかり、不敬罪で捕まるとそのままスピーディーに裁判にかけられてしまった。
裁判中、地球で塾講師を生業としていた点を評価された僕は、幻界でお手上げの『浪人生=ぶつかった姫様』を『志望校=界立 異能力総合学院』(日本全国の国立大が合体したようなもの)に合格させることができれば『免罪』する、という司法取引を持ちかけられ、今日からこの『異能力総合学院 予備門』で、講師として働くことになった。
受け持つのは、予備門唯一の特進クラス。生徒は現状、『姫様』のみ。
ちなみに、学院の入試規則につき次回が受験の『ラストチャンス』とのこと。
……それはつまり、僕にとっても『免罪のラストチャンス』だということを意味していた。
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「と、いうわけで……」
「今日からこの特進クラスを受け持つ、サトルと申します。よろしくお願い致します」
僕は、がらんとした教室で、たった一人の生徒に向けて挨拶をした。
「はぁ………」
「今一度確認しますが、あなた……人間でいらっしゃいますよね?」
たった一人の生徒は、明らかに失望した態度で僕に話しかけてきた。
目の前に座っているのは、眩いばかりの金髪をなびかせる少女。毛先に至っては、床に付かんばかりの長さだ。
表情は……分厚いマフラーと昭和風漂うガリ勉風眼鏡で覆われており、全くうかがい知ることができない。
しかし、綺麗な金髪、背中から垣間見える2本の羽……これらの特徴から、彼女が『天使』であることはなんとなく実感できる。
「……ええ、そうですが」
「ただの人間にすぎないあなたに『天使たる』私の教育ができるものなのでしょうか?」
少女は刺すような厳しい口調で問いかけてくる。
「はい。問題はありません。人間であろうと、『糞虫』であろうと、受験の本質は同じですので」
穏やかな心を持ちながら、激しい言葉で相手を制する特殊なS気質である僕は、いつものように丁寧に、抑揚なく、かつ自然に毒を吐いた。
ちなみに、この特殊な気質から職場では『ドSなる麗人』と呼ばれている。
(……い、今、『糞虫』って言った?)
「……んっ……た、大した自信ですこと」
少女も、僕の穏やかな毒舌に少しばかり動揺したようだ。
「私が地球で用いていた受験テクニックをこの世界用に応用すれば、いかな『愚者』でも合格は保証致します」
(今、『愚者』って言ったよね!?)
「……あ、あんっ!……で、ですが、あなたがいかに優秀な講師だとしても、私にはあなたを信じきれない理由がありますの」
「どういうことでしょう?」
「だって、私はあなたが生まれる前から浪人をしているのですから」
「はい?」
「……ですから、私はあなたが生まれる前から浪人をしているのですよ」
「ほう。私の年齢は29歳ですが、それを超える年数を浪人していらっしゃるのですか?」
「……ええ。その通りですわ」
「ちなみに、何年浪人されているのかを伺っても?」
「……『999浪』ほどになりますが、何か?」
「!!!!!!!!!!」
こうして、僕と姫様の1000年目の受験戦争が、幕を開けたのだった。