癒し潺②
先ほどまで平坦だった道も、段々と傾斜がついてきた。しかし傾斜があるとはいっても、ほんの少しだ。登るのに苦労するほど急ではない。
まだ雨は降っているが、川から道に戻った時よりは大分落ち着いた。降り始めに近い、小粒でまばらな降り方だ。防水装備はまだ外せないが……。
馬は少しスピードを上げ、乱れた計画を少しでも取り戻そうと努力している。陽が隠れてしまっているため、いまが昼なのかどうかは分からないが、お腹は減っていないから、まだだと思う。腹時計がどれだけ正確なのか試したことはないのでコレといった確証は持てない。
しばらく走らせれば、ひとしきり降った雨は止んだ。陽も真上から顔を出し、雲は若干あるものの、木々の隙間から見える天空は果てしない青だ。
茂る葉には露が置かれ、重みに耐えきれなくなった葉はお辞儀をするようにしなり、一滴の澄んだ粒を地面へと垂らす。垂れた粒は一つになり、地面に水たまりを作る。
その横を走る僕と馬が、各所にできた水たまりに姿を映していた。
風が吹けば、木々が騒ぎ、ポタポタと頭上に小さな雨を降らす。すでに防水装備は外しているため、落ちてくるたびに冷たさを味わっている。
正直、気温もあまあり高くはないので、涼しいと感じることはなく、むしろ寒い。しまった装備から傘だけを取り出し、再度頭に装着する。
そんなことをしていれば、また潺が聞こえ始めた。今度は近くのようだ。
「しぃ、少し先を右に行って」
馬に指示を与え、音の源へ着々と近づいていく。
茂みが深くなり、服が段々と湿っていくが、それを気にせず僕はとにかく音へと近づかせた。
そして視界が開ければ、岩肌がはっきりと見える渓流が写った。
馬を降り、川面へ顔を寄せれば、水中に魚が泳いでいるのを捉えた。
「……釣りをしよう」
長めの棒を川辺で拾い、荷物から糸を取り出す。適当な長さにカットして、片端を棒に結び、もう片端には尖ったフックを取り付ける。
そして岩に登り、フックを投げ込む。たまに糸を引きながら、獲物が食いつく瞬間をひたすらに待つ。
少しすれば、ツンツンという小さな衝撃が糸を通し腕に伝わってきた。集中を高め、糸の先に視線を向ける。
周りの視覚情報はシャットアウトできたが、残念ながら聴覚情報はシャットアウトできない。自然に流れる自然の音楽は混ざっていても美しいのに、今この時だけは妙に耳についた。
それでも視覚と触覚に注意を向け、タイミングを伺う。
ピンと糸が張った。
それと同時に僕は棒を一気に持ち上げ、フックを獲物の口に引っ掛けた。そしてそのまま持ち上げる。
釣り上がった魚は、およそ15cm程だろうか。鱗は輝き、身はピチピチと地面で踊っている。それを手づかみしては、岩からおり、荷物から片手で空の袋を探し、見つけた袋へ入れる。
1刻もすれば大漁だ。袋の中は似た魚でごった返し、全部で15匹はいるだろうか。
火を起こし、串刺しにした魚を2匹炙り、焼き上がりをそのままかぶりつく。皮はパリッと仕上がり、身はホクホクで柔らかい。
内臓は苦く嫌いなので、串刺しにする前に取り除いた。おかげで美味しい所だけを安心して食べられる。
あっという間に1匹目を完食しては、すぐ2匹目にかぶりつく。
出来立てに幸せを感じながら、腹を満たした僕はしばらく横になることにした。さすがに川辺は小石が身体にささり、ひどく痛いので、陽の当たっている草地に移動する。
日向であったおかげで草地は適度に乾いていた。しかし、このままではやはり濡れてしまうので、下にシートを敷き、その上に横たわる。
心地よい音と暖かさは、僕を睡眠へと誘い、静かに夢の世界へと連れていく。
計画はすでにズタボロになってしまったが、金輪際計画を立てるのはやめよう。
やっぱり僕には「自由気まま」が似合っている。
小さな旅人の寝息は、自然の音に紛れて、微かに聞こえるばかりだ。