バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

彫刻と余興12

「黒衣の・・・女神?」

 その少女の後ろ姿を目にしたクルは、思い当たる相手の通称を口にする。

「黒衣の女神といいましたら、少し前に防壁の兵士達を護ったという方ですか?」
「そう。大結界を容易く破り、兵士達が束になって障壁を張っても防ぎきれなかった攻撃を、軽く一人で防いでみせた謎の女性」

 クルとノヴェルがそんな話をしている間に。

「グヲオォォォ!!!」

 異形の敵は叫び声と共に、黒衣の少女へと次々と攻撃を繰り出す。それは先程までの余裕を感じられない、追い詰められた獣のそれと同じに見えた。

「どれもこれも変わった魔法ばかりですね。気にはなりますが、ご主人様が御心を痛めてもいけませんので、さっさと終わらせましょう」

 繰り出される攻撃は全て強力で、クル達が束になっても一発防ぐのが精一杯だったものだが、黒衣の少女はそれを全て楽々と防ぎつつ、不可視の風の刃で、異形の敵の三つある首のそれぞれへと攻撃した。

「なるほど。我らとはモノが少し違うようですね」

 左右の首を捨てて、中央の首だけを全力で護った異形の敵に、黒衣の少女は納得した様な声を出す。

「ですが、これまでです」

 黒衣の少女の平坦な声に続いて、異形の敵に残っていた最後の首が地に落ちて、身体がどうと倒れる。
 しかし、それにクル達が歓喜に湧く前に、軽く手を叩く軽い音が静かな平原に響く。

「流石に苦戦もしませんね」

 それは顕現した死だった。
 目にしただけで痛いほどに鼓動が早くなってしまうその人物は、半身が病人とも死人ともとれる青白い肌に、張り巡らされたどす黒い血管が浮き出ている。身体の一部は炭化したかのように黒く、まるで壊死か腐敗しているようにもみえる。
 反対の半身は、世界の闇を凝集したかのような、そんな吸い込まれそうなまでの黒で、人間の様な形を取ってはいるが、境界が曖昧なので形を完全に認識することは出来ない。ただ、片側が人型なので、反対側もそうだろうと勝手に予測しているにすぎない。
 そんなおどろおどろしい姿の女性が、軽く手を叩きながら、異形の敵が居た場所にゆっくりと降り立つ。

「やはり貴女も居ましたか」
「勿論ですよ。これはただの戯れ。観戦するのは当然ではないですか」

 死を題材に創られたような女性は楽しげにそう言うと、足下の異形の死体に顔を向ける。

「大丈夫ですか?」

 女性が死体にそう一言声を掛けただけで、異形の死体は「ググゥ」 と小さく呻き、時が戻るように斬り飛ばされたはずの首が転がってきて、元の場所にくっつく。

「グゥオオォォ!!」

 頭が元に戻た異形の存在は、立ち上がり一つ吠える。

「良い子ですね」

 それに女性は、親が子に向けるような優しい声を掛けた。

「さて」

 女性がそう言葉を発して顔を上げようとした瞬間、突如としてクル達の視界を遮る長大な土壁が地面から現れた。その土壁越しに、二人の会話が小さく聞こえてくる。

「おや?」
「貴女が目を向ければ、ここの者達は耐えられないでしょう」
「そう。優しいのですね・・・いや、主人の為ですか」
「・・・・・・」
「まあいいわ」
「これからどうされるおつもりで?」
「んー。他のところも貴方達が対処してしまったようですし、そろそろ帰ろうかしら? このまま続けも、また貴方達に阻まれてしまうもの。それに、今日のところは十分楽しめましたから」

 そこに新たな反応が現れる。

「おや、今頃になって現れたのですか」

 呆れた様な女性の声。

「色々あったのですよ」

 それに男性の疲れたような声が返される。声の感じからして、まだ若い。その男性の声を聞いた幾人かが僅かに反応を示した。

「まあいいですが。私はもう帰りますので」
「それはどうされるので?」
「連れて帰りますよ。これぐらいの弱さの兵は大事ですので」

 少女の問いに、女性が答えていく。

「・・・それは何ですか? 見たことない種族ですが」
「私の眷属ですよ。可愛いでしょう?」
「眷属、ですか?」
「ええ。そういう事にしています」
「・・・そうですか」
「ふふ。少しは理解出来るようになりましたね」
「貴女はこちらが聞きたい事は語らない方ですので」
「ふふ。じゃあ、また会いましょう」

 女性の言葉と共に、反応が二つ消える。それとともに、感じていた重圧の様なモノも消えて無くなった。

「・・・じゃあ、戻ろうか」
「はい」

 直ぐに残っていた二つの反応も消えると、クル達の視界を塞いでいた長大な土壁が消滅して視界が開ける。しかし、そこには誰の姿もなかった。

「・・・一体何だったのでしょうか?」
「分からない。だけど、助かったのは事実」
「そうですわね」

 クル達は安堵すると、息を吐いて肩の力を抜く。

「しばらく休む」
「そうですわね。もう疲れましたわ」
「はい。その後に砦に戻りましょう」
「それがいい」

 クルは頷くと、周囲に眼を向ける。

「さっきのおかげで魔物が周囲に居ない。だけど、警戒だけは怠らない」
「はい!」

 オクトとノヴェルはクルの言葉に、了解したと頷いた。

「・・・そういえば、荷物を置いてきた」
「ちゃんと持ってきましたわ」

 ノヴェルが一緒に持ってきていたクルの背嚢を差し出す。

「ありがとう」

 それをクルは受け取ると、そのまま背負う。

「・・・今回は助かった。ありがとう」
「同じ学園の仲間ではないですか」
「それに友達ですから」

 オクトとノヴェルの言葉に、クルは頭を下げて感謝を示す。

「それとペリド殿下も、今回は助かりました」
「お役に立ててよかったですわ」

 クルの感謝の言葉に、ペリド姫はそう口にして微笑み返した。





 昼が過ぎた頃に、ボクとプラタは自室に戻る。
 自室に戻ると、シトリー・フェン・セルパンが既に戻ってきていた。

「皆、お疲れ様。そしてありがとう」

 四人に労いの言葉を掛けた後、座ってそのまま全員の話を聞いていく。

「なるほど。つまり、全員相手がよく分からない異形の存在だったと」

 四人の報告を聞くと、先程プラタと共に目にしたあの異形の存在と同じように、見たことがない存在だったらしい。説明された見た目も、顔が上下反対の向きで付いていたり、無数の腕や脚が生えていたり、顔が縦に裂けて口が出てきたりと、魔物以上に変わっていた。

「それに倒した感じ、倒せてない感じだったんだよねー」
「どう言う事?」
「何というか、倒したはずなんだけれど、最後の最後ですり抜けられた感じとでもいうか」
「小生の方もそんな感じでした」
「吾も同様に」
「ふむ」

 シトリーの言葉に、フェンとセルパンが同意を示す。それを受けて、プラタの方に目を動かす。

「私の方は、倒したと思いましたら直ぐにあの女性が現れ、倒した敵を蘇らせてしまいましたので」
「蘇生魔法か。三人の方も生き返ったの?」
「ううん。消えた」
「消滅してしまいました」
「消滅いたしましたが、本当に消滅したのかは不明です」
「不明?」
「はい。確かに消滅したのですが、何といいますか、何処かへと死体が転移した様に思えたのです」
「転移?」
「ああ、それは私のところもそんな感じで、溶けて何処か行った感じだった」
「小生の方も、最後に突然消えた感じが致しました」
「ふむ・・・あの女性の仕業かな?」
「可能性はあるかと」
「なら、蘇ってるんだろうね」
「はい」

 それは非常に厄介な事だな。視た感じ、あれはとても強かった。そして異質だった。なにより死の支配者の言が正しければ、あれですら弱い部類らしいのだから、悪夢でしかない。

「今回は余興と言っていたけれど、また来るのかな?」
「おそらくは。現在は周囲の森の方を攻撃しているようですが」
「帰ってないの?」
「そのようです。元々森の方を先に攻めていたようですが、我々が対処した事により人間界の方が早く終わったので、森の方へ観察に向かったのかと」
「森の現状は?」
「北側は、ある程度被害が及んだところで手を引いたようです。東側と南側は外側より複数体による侵攻があり、かなりの被害を(こうむ)ったようですが、撃退には成功したようです。西側は現在も戦闘中で、今少し時間を要するかと」
「なるほど。やはり東と南は別格か」
「はい。ですが、かなり深い部分まで攻められたようで、傷は深いみたいです」
「そうか・・・では、北はもっと酷い?」
「半壊ほどしています。西側は全滅目前のようです」
「ただでさえ少なかったからね。このままあそこのエルフは滅びるのかな?」
「現在のままでは勢力の維持は難しいかと。しかし、種としてはまだ何とかなる数ではあります。繁栄が出来る地があれば、ですが」
「ナイアードは?」
「健在ですが、敵が湖の方へ向かっているようです」
「勝てそう?」
「近くに残ったエルフや他の精霊が居ますので、協力すれば倒すのは可能かと。・・・しかし」
「しかし?」
「近くにはあの女性も居るようです」
「・・・なるほど。どうするつもりなんだろう」
「殲滅が目的ではないので、あの方面の最大戦力であるナイアードを殺すような事はしないでしょうが、強さを測ることはするかもしれません」
「かもしれないね。というか、精霊は殺せるの?」
「精霊は倒すことは出来ても、殺すことは不可能です。しかし、あの女性はそれが可能だと感じました」
「なるほど。確かにそんな感じはあるな。大丈夫かな・・・」

 死の支配者の女性は真面目に侵攻している訳ではないとはいえ、気まぐれに命を狩り取らないという保証はどこにもない。

「しかし、眷属と言っていたけれど、あれは何なんだろうね」
「種族は不明。使用魔法も不明。そもそも魔法の使い方が我らとは少し異なっているようです」
「異なっている?」
「説明が難しいのですが、魔力の質が異なると申しますか・・・」

 説明に困っているプラタの様子に、ボクも少し考える。

「死んでいるから、魔力自体が変質したのかな?」
「おそらくは」

 あれは明らかにただの死者というのとは違うと思うので、より変質しているのだろう。

「今後の方策を考えないといけないな」
「はい」
「でも、どうすればいいんだろう?」
「通常の魔法でも効果はありますが、魔力の質が異なるからか、防がれてしまうと多少効果が薄くなってしまうようです」
「逆だと?」
「同じかと。でなければ、あの場に居た人間では、敵の攻撃を一発防いだだけで甚大な被害を蒙っていたと愚察したします」
「ふむ。となると、守りはいいが、攻撃の仕方を考えないといけないのか」
「はい。ですが、相手の魔力については未知の部分が大きすぎて、そこはもう暫く時間を頂けないでしょうか?」
「そうだね。それは任せるよ」
「畏まりました」
「次は、最低でも今回の敵以上の強さの守りが必要ということか」
「はい」

 今回来た敵は弱いらしいので、今回の敵の攻撃ぐらいは簡単に防げるようにならなければならない。

「それに、相手の数が分からないな。死者を使用している以上、とんでもない数なんだろうが」

 影響が及ぶ範囲は分からないが、おそらく、いや確実に相手の方が数は上だろう。質と量が揃っている相手というのは、絶望しかない。それに、相手の拠点は不明だが、こちらはバレているというのも問題だ。

「余興を終えた後に、どれだけ本腰を入れるかによりますね」
「そうだね」

 今回余興を催しているように、真面目に事に取り掛かる性格ではないのかもしれない。もしそうであれば、救いではあるが。

「・・・ふぅ。相手の情報が不足しているとはいえ、光明が見えてこないというのは困ったものだな」





「北は支配者らしい存在が居なかったので、最初から期待はしていませんでしたが、東も南も期待外れですね」

 人間界の外側を囲む森の上空を移動しながら、死を支配する女性はつまらなさそうに感想を口にする。

「南の森の結界は二枚も破れれば上々だと思っていましたが、三枚目まで攻撃が及ぶとは、あの地のエルフと精霊の評価を改めなければなりませんね。東も、事前に沼地の魔族を蹴散らされただけで随分と脆いものでした。まさか、支配者の一角を潰してしまうとは、予想外の脆さですね」

 未だに侵攻が続いている西の森を見下ろしながら、女性は嘆息した。

「ここもあまりに脆い。人間界も、結局あの四人が護らなければ蹂躙されていたでしょうし。あとはここの森の守護精霊を試して帰るとしますか。この一帯の存在が弱かったという収穫以外は、人間界を護った四人の実力の一端を測れたことぐらいでしょうか。これで十分な収穫として、ここは満足するべきですね」

 女性は顔を上げると、上空で周囲をぐるりと見渡す。

「それにしましても、いつ見ても世界は美しい。ですが」

 再度足元へと視線を向けた女性は、少し目を細めた。

「その美しい世界の住人は、どうしてこうも醜いのか。美麗と謳われるエルフや精霊ですら、外観ばかりで中身が無い。何も知らぬ、何も理解せぬ愚か者など必要なのでしょうか? 生き残った生物は、その地に適応するように変化するはずなんですがね」

 嘆くような口調で呟くと、女性は頭を切り換えるように首を振る。

「しかし、私の役目の一つはこの世界の守護。たとえ微塵も価値の見出せないゴミとて、役目としてなら護りましょう。ですので、多少遊んだところで問題ないでしょう。その後の終点も私の管理下なのですから。それに価値が無いというのであれば、こうして与えてあげればいいだけですし」

 女性は小さく笑うと、ゆっくりと森へと降下していく。

「まずは、残りの精霊の実力を調べるところからですね」

 木々の枝葉が幾重にも重なり屋根の様に覆う中を、葉音一つ立てずにすり抜けるようにして降りてきた女性は、周囲に眼を向ける。

「暗くていい場所です。ですが、まだ明るい」

 光のほとんど入らない深い森の中にあって、完全な闇の中に居を構えている女性は、その明るさにそう感想を漏らした。

「な、何者だ!!?」

 とそこに、声を震わせながらも、女性に誰何の問いを行う大きな声が届く。
 その声に女性が顔を向ければ、離れた場所に湖の中に居る女性と、その前に集まるエルフ達の姿があった。誰何の声を上げたのは、先頭に立つ女エルフであろう。

「私ですか? 私は死を支配する者です」
「し、死を支配する者? こ、ここに、な、何をしにきた!?」

 あまり大きな声ではないというのに、不思議としっかりと届く女性の声に、声を裏返し遠目にも震えながら、それでも気丈に問い掛ける女エルフ。その姿に、女性は満足そうに頷いた。女エルフがその背に守る他のエルフはほとんどが腰を抜かすか、気を失っている。

(ま、今はこの程度で死ぬことは許しませんが)

 女性は冷笑を口元に湛えると、女エルフの問いに答える事にした。

「遊びにですよ」
「あ、遊び? こんな時にか!?」

 震えの中に、僅かな怒りの感情が混じる。

「ええ。そして、遊び相手は私ではなく」

 女性が軽く手を一つ叩くと、女性の近くに大量の触手を束ねたような、奇妙な存在が姿を現す。

「ヒッ!!」

 その姿を目にしたエルフ達は、情けない悲鳴を上げて、恐怖で大きく震え出す。

「もうご存知かもしれないですが、この子が遊び相手です」
「な! 貴様か! 貴様がそれで我が同胞達を!!」

 そんな中にあって、先頭の女エルフだけが怒りで身を震わせる。

「弱いのなら受け入れなさい。気に入らないというのであれば、打ち倒せばいいではないですか」
「ッ!!」
「折角そこにこの森の守護精霊も居るのです、これぐらい乗り越えてみてはどうですか?」

 女性の挑発的な言葉に、女エルフは守護精霊の方へ顔を向ける。

「共に戦いましょう。それが生き残れる唯一の道ようです」

 それに守護精霊は頷くと、女エルフと守護精霊は力を合わせて魔法を構築していく。そんな二人に勇気づけられたのか、他にも数名のエルフが、精霊と共に魔法の構築を始めた。

「そう。奪われたくないのであれば、喚くのではなく戦えばいいのです」

 魔法を構築していくエルフと精霊達へと、奇妙な存在は触手を伸ばしながら突撃していく。

「ここで喰いとめる!!!」

 エルフ達は精霊と共に構築した魔法を、その存在へと一気に叩き込む。
 迫りくる魔法に奇妙な存在は障壁を張るが、完全には防ぎ切ることが出来ずに、幾ばくか被弾する。その痛みにうねるそれへと、エルフ達は追撃の魔法を次々と放っていく。

「ふむ。守護精霊が加わるだけで、随分と威力が上がりましたね」

 その様子に、怯えていた他のエルフ達も少しずつ攻撃に加わり、奇妙な存在の被弾数が増していく。そして、とうとう防ぎ切れなくなった奇妙な存在は、程なくして消滅した。

「あっちで待機してなさい」

 そんな光景を眺めながら、女性は特に動揺するでもなく、小さくそう呟いた。

「十分に楽しめました。良い見世物でしたね」

 戦ったエルフと精霊達へと、女性は軽く手を叩きながらそんな言葉を贈る。

「ハッ! 何を言っている!? まだ終わりじゃないぞ!」

 そんな女性へと、黄色と金色を混ぜ合わせたような頭髪の男エルフが、その言葉と共に構築した魔法を叩きこむ。

「何をしているのですか!!?」

 その行動に守護精霊が焦るように叱責の声を上げるが、放たれた魔法は女性へと直撃した。

「あのおぞましい敵を退けた今! あんな奴、我らの敵ではありません!」

 守護精霊へと男エルフが言葉を返すと、守護精霊は何かを言い返そうと口を開くが。

「なるほど。私に矛を向けますか。今日一番面白い冗談ですね」

 無傷の女性がそう声を上げた方が早かった。

「まだ生きてやがったか!! お前ら、俺に続け!!」

 男エルフは周囲の他のエルフにそう声を掛けると、再度魔法を構築して放っていく。それに、先程の一件で気が大きくなったのか、幾人かのエルフが続く。
 しかし、その魔法が女性に届く事はない。

「ふふ。折角です。余興の仕上げに、貴方方を私の敵と見做すとしましょう」
「お待ちください!!」

 笑みを浮かべた女性へと、エルフ達を庇うように動いた守護精霊が制止の言葉を掛けると同時に、頭を深く下げた。

「この者達の非礼は深くお詫びします。それに、しっかりと私の方から相応の罰を与えますので、どうか、命だけはお助け願えませんでしょうか!?」
「何を――ンン!!」

 突然の守護精霊の言葉に、抗議の声を上げようとした男エルフだったが、その口を女エルフが手で塞ぐ。

「おや? 聞こえませんでしたか? 私はそれを、貴方方を敵と見做すと言ったんですよ? それ即ち死刑宣告にして、その先さえも救いが無い事を意味しているのですよ?」
「そこをどうにか曲げてはいただけませんでしょうか? これ以上のエルフの減少は、もう種の存続にも関わってまいります故に!!」
「ふふ。駄目ですよ」

 楽しげに女性がそう告げると、守護精霊の背後で幾つもの音が重なる。

「道理が分かる相手は好きですが、それでも、貴方の謝罪に価値があるとお思いで?」

 守護精霊は背後を確認するまでもなく、何が起こったのか理解する。ただし、どうやったのかまでは解らない。

「しかし、中々に私好みの良い表情をしているので、先程の件はこれで終わりとしましょう。とはいえ、私に矛を向けたあれらに安住の地は在りませんが」

 その言葉と共に、エルフ達にどよめきが起こる。守護精霊が目を向けると、女性が殺したエルフ達の死体が消えて無くなっていた。

「それでは私は戻るとしましょうか」

 そう言い残すと、瞬きする間に女性はその場からかき消えた。





 それからプラタ達と夜まで話し合ったが、結局情報不足で答えが出なかった。なので、引き続き情報収集に努める事にしたが、その中でも特に、死の支配者の女性が住んでいるという本拠地の所在地について調べる事に重点を置く事となった。つまりは、今までと何も変わらないという話である。
 今までも、本拠地についてはプラタとシトリーが探っていたので、それを続行するという形になっただけだ。とはいえ、それだけ重要な事ではあるが。
 その話し合いが終わった頃には西の森での騒動も終結したようで、どうなったかをプラタに教えてもらった。
 あの後、ナイアードの許に姿を現した死の支配者の女性は、侵攻させていた存在を呼び寄せ、エルフとナイアードを含めた精霊にけしかけたが、返り討ちに遭ったという。
 その後に死の支配者は数人のエルフの命を奪ってから、去っていったらしい。ナイアードは無事であったとか。
 そんな話を聞いた後に、今回の人間界と人間界を囲むように存在する森への侵攻のについて、プラタとシトリーに話を聞いた。
 今回の東西南北の森と人間界四国への攻撃は、死の支配者の女性を除いて、総勢十一名の攻め手しか居なかったらしい。しかし、その少数の攻め手に負わされた傷は深く、森の被害は甚大だった。それでも、プラタ達四人が迅速に対応してくれたおかげで、人間界だけは被害がかなり少なく済んだ。
 現在の森の様子は、北側は被害が最も酷く、森の中は沈黙しているのだとか。生き残った生き物は、未だに身を隠しているらしい。
 東の森は、森を支配している魔物達の一体が倒された事で勢力図が再度変化し、北側とは対照的に、また騒がしくなってきだしたのだとか。
 南の森は、そこに住むエルフ達には死者はあまり出なかったものの、重軽傷者を合わせた怪我人が多かったらしい。それでいて、破られた二枚の結界の張り直しと、攻撃を受けたという三枚目の結界の修復に、戦闘で被害が及んだ木々の掃除や植林などの森の管理で人手が足りずに大わらわだとか。それでも、被害は森の中で一番小さい。
 最後に西の森だが、こちらに住むエルフは今回の戦闘でも数を減らし、種の存続が危ぶまれるまで減ってきた為に、急遽西のエルフ全体で話し合いが持たれ、幾つかあった集落を一つに纏め、更には支配地域の縮小とそれに伴い警固範囲を狭める事と、新たな集落の場所をナイアードが住む湖の近くにする事が決まったのだとか。このままいけば、そう遠くないうちに西の森の覇者が交代するかもしれないな。
 一方人間界はというと、被害が少なかったので、当初は多少の混乱がみられたものの、それも今ではすっかり元通りらしい。
 今回の侵攻の結果は、森に甚大な被害をもたらしただけとなったが、これが一日も掛からず上げた戦果というのが恐ろしい。もう少し攻め手を増やされていたら、森は潰滅していただろう。
 これで余興なのだから、次は世界の終わりかもしれないな。
 冗談抜きにその可能性もあるが、今は対策のしようもないので、今日はもう寝ることにする。明日は朝早くから列車の旅だ。
 フェンとセルパンがボクの影の中に戻ると、就寝準備を始める。それも直ぐに終わると、魔法で身体と服を清めて、風のベッドの上でプラタとシトリーと三人並んで就寝する。





 照明が昼間の様に眩しく照らす何も無い真っ白な室内に、くたびれた服を着た、眠たそうな目つきの男が壁をすり抜け入ってきた。

「どうだ? 準備は終わったか?」

 男がその室内の端の方に座っていた太めの男に声を掛けると、太めの男は濃い隈が出来ている目を男へと向ける。

「ほぼ終わりましたよ。あとは最終確認を済ませれば、試運転に移れると思います」
「そうか」

 互いに生気を感じさせない疲れた声で言葉を交わしていく。

「なら、一度休め。最終確認も時間が掛かるからな、休んでからの方が効率もよくなるだろう。俺もこれからその辺で一度寝るし」
「そうですね。そろそろ休まないと本気で死んでしまいそうです」

 太めの男は力なく笑うと、緩慢な動きで立ち上がり、覚束ない足取りで歩きながらも、壁をすり抜け部屋を出ていく。

「さて、それじゃあ俺も寝るかね。今回は今までで一番きつかったが、それでもまだ終わりじゃないんだから、気を緩め過ぎないようにしよう」

 それを見届けた男は、魂まで吐き出しそうな大きなため息をつくと、肩を落として足を引きずるような歩みで部屋を出ていった。





 翌朝、朝の支度を済ませて早めに駅舎に向かうと、誰も居ない駅舎内で設置されている長椅子に腰掛け、列車を待つ。
 列車の中では、特に何かある訳でもないので、割と暇だ。なので、その間みんなは一体何をしているのだろうか? 大体は同じパーティーメンバーで列車に乗るので、到着までパーティーメンバーで集まり雑談でもしているのだろうか? それならば、ボクと同じか。ボクも列車内では、フェンとセルパンの話を聞いて、プラタとシトリーに魔族語を習ったりしているからな。
 それに今回は、ジーニアス魔法学園からハンバーグ公国までの道なので、初めて通る道となる。行きはジーニアス魔法学園に入学する時にも通ったので二回目だったが、今回はその逆なので、初という訳だ。
 それに少しわくわくしつつ列車を待っていると、他の生徒がやってきたのを視界に捉えてそちらに顔を向ければ、授業が一緒だった生徒達が駅舎の中に入ってくるところであった。どうやら行きは別々だったが、帰りは同じ列車ということなのだろう。

「お! やー! 帰りは同じかー!」

 ボクに気がついた三人組の男子生徒の一人が、手を上げて大きな声を出す。
 顔をそちらに向けていたので、無視も出来ないと思い席を立つと、軽くお辞儀を返しておく。
 それで三人組が足早に近寄ってくると、声を掛けてくる。同じ授業を受けていた間にそれなりに親しくはなった。というか、相手が最初から馴れ馴れしかったか。
 流石に何度も断ったのでパーティーへの勧誘は無くなったが、この馴れ馴れしいのは変わらない。まぁ、また会う可能性はそこまで高くはないからいいが。今回同じだったとしても、日程は見回りなどでズレる場合多いからな。特に東門ではその可能性が高い。
 そのまま会話をして時間を過ごすと、列車がやってきたので、全員それに乗車した。
 列車内では全員個室なので、五人とは別れて個室に入る。

「あれ?」

 個室に入ると、そこにはいつも居るはずのプラタとシトリーの姿がなかった。
 室内はそんなに広くは無いので、見落としてはいないだろうし、隠れている訳はないよな。
 それを不思議に思いつつも、背負っているだけで中には何も入っていない背嚢を下ろし、腰を下ろした長椅子の隣に置く。そこに。

「ん?」

 扉を叩く音に顔をそちらに向けると、返事をする前に扉が開かれる。

「やぁ! 来たよ!」

 そう言って室内に入ってきたのは、一緒に乗車した三人組の男子生徒達。その後ろには、二人の女子生徒も付いてきていた。
 いくら扉に鍵が付いていないとはいえ、特に何も応えてないというのに、五人は無遠慮に室内に入ってくる。詰めれば六人でも触れる事無く座れる広さとはいえ、個室の中に六人居ると、凄く狭い。

「やっぱ部屋は何処も変わんないんだねぇ」

 招待した覚えは無いのだが、男子生徒達は向かいの長椅子に並んで腰掛ける。しかしこうして見ると、三人とも背恰好が似ているな。髪型も同じような感じだし。

「ちょっとこれ邪魔!」
「え? あ、ご、ごめん」

 向かい側に座った三人組を見てそんな事を考えていると、二人の内の当たりのキツイ方の女子生徒が、隣に置いていた背嚢を指差し、不機嫌そうにそう言う。
 それに反射的に謝りつつ、ボクは背嚢を自分の膝の上に置く。

「もっとそっち寄って!」

 追い払うような手振りでそう言われ、ボクは窓際の方へとお尻を動かす。

「まったく、気の利かない」

 そんな文句を言いながらボクの隣に腰掛け、その女子生徒の隣にもう一人の女子生徒が腰掛ける。

「それで、オーガストくんは戻ったら見回り?」
「え、ええ。そうです」

 どうしてこうなっているのだろうかと思いつつも、何故プラタとシトリーが居ないかを理解する。あの二人は実に優秀だな。

「北? 南?」
「北ですが」
「そうなん? 俺らは南へ見回りなんよ」
「見回りじゃなくて、討伐ね」

 反対側中央に座っている男子生徒の言葉に、ボクの隣に座る女子生徒から訂正の言葉が飛んでいく。

「あれ? そうだっけ?」
「そう。南の見回りはその後」
「そっかー。勘違いしてたわ!」

 男子生徒は、おどけるように額を軽く叩いて、間違えたというのを表現する。

「じゃっ、一緒に見回りって訳にはいかんねー」

 正面の男子生徒が手をパタパタと振りながら話すと、残りの二人が「なー」 と同意の声を上げる。

「つか、オーガストちゃんは今討伐数どれぐらいなん?」

 扉側に座っている男子生徒の言葉に、現在の討伐数を伝えると。

「うっそ! まっじ! 俺らより多いじゃん!!」
「た、たまたま弱い魔物によく当たったもので」
「そっかー。でもすっげぇよ。俺らなんて百・・・五十体ぐらい?」

 男子生徒は、窺うように正面の大人しい女子生徒の方に目を向ける。

「百六十二体。それぐらい覚えておきなさい」
「わりぃわりぃ」

 軽い調子で謝罪する男子生徒と、それに呆れたように肩を竦めるだけの女子生徒。きっとこれがいつものやり取りなのだろう。

「俺らでそんぐらいらしいから、余裕で二百超えてるオーガストちゃんはすっげぇよ!」

 普通のパーティーってそんなものなのだろうか? 流石に他のパーティーの討伐数までは把握していないからな。それに、討伐に出ていた日数でも変わってくるし。

「そうなんですね。運がよかったみたいです」

 なので、そう適当に返しておく。ついでに、なははと曖昧な笑いも追加しておこう。

「つか、あそこの平原の魔物、ちょっと強いよな! 数も多いし」

 いつ帰ってくれるんだろうかと思いつつも、作り笑いを張り付けて、続く話を聞いていく。基本は雑談なので、特に得る話はない。それに途中から内輪の話になっていたが、とても反応に困るので、そういうのは五人だけでしてくれないだろうか?

「てか、今何時?」

 窓の外が暗くなっているのに気がついた男子生徒が、隣の男子生徒の時計を確認する。

「うはっ! もうこんな時間かよ! じゃ、そろそろ俺ら部屋に戻るわ」
「あ、はい! おやすみなさい」
「おやすー。あ、また明日ねー」
「え?」

 そう言い残すと、五人は去っていく。最後に出ていった大人しい方の女子生徒が、「すいません」 と謝って出ていったが、謝るぐらいなら止めて欲しかった。いや、今からでも遅くないと思うのだが。

しおり