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執事コンテストと亀裂㉓




藍梨は伊達に連れられ、ある場所までやってきた。 だがその場所は――――藍梨にとって、見覚えのある場所だった。
「ここって・・・」
「知ってるの?」
知っているも何も、ここは結人たちが結黄賊の基地として使っている場所だ。 

正彩公園。 

今日は誰もいないみたいだ。 というより“いなくてよかった”と藍梨は思った。
「うん、ちょっとね。 どうしてここを選んだの?」
伊達と話しながら、一緒にブランコに座る。 ここの公園はかなり広い。 遊具は全て園の周りに沿って設置してあるため、真ん中には何もないのが特徴だ。
いつもなら結黄賊のみんながいるが、二人きりだとより広く感じる。
「いや、特に理由はないんだけどさ。 ただ、藍梨と二人きりになりたくて」
「二人きり?」
藍梨たちはいつも放課後二人きりだった。 その意味は、一体どういう意味なのだろうか。 そう疑問に思っていると、彼はその説明を付け足していく。
「空き教室では二人きりだけど、実際隣のクラスでは生徒がまだ残っていたり部活していたりするだろ? だから、ちゃんと二人きりになりたくて」
そう言い終わると、伊達は恥ずかしそうに小さく笑った。 そして何も返事をしない藍梨を見て、苦笑しながら言葉を発する。
「怖い?」
その問いに、慌てて首を横に振った。
「ここの公園ってさ、人がいないだろ。 別にこの公園に何かあるとかはないんだけど、住宅地でも繁華街でもないからなのか何故か人が来ないんだよな。 俺もここ、久々に来たよ」
そう言って、伊達は笑う。 

―――特にここを選んだ理由はなかったんだ。 
―――・・・ただ、二人きりになりたかっただけで。

確かにこの公園には人がいない。 結人たちと一緒にここへ来る時、たまに数人の子供が遊んでいたりしていた時はあったが。
公園の周りのことを言えば、徒歩2分の場所にコンビニがあることくらいだろうか。

「じゃあ俺、飲み物買ってくるわ。 ちょっと待っててな」
それだけを言い残し、伊達は走っていってしまった。 藍梨は一人残され、時間を潰すように適当に園の中を歩く。 その時に、ふと目に留まるものがあった。 
それは公園の隣にある、結黄賊の基地。 

そう――――大きな、倉庫が。 

藍梨は倉庫に近付いた。 もちろん鍵がかかっているため、中には入れない。 ここに来ると思い出してしまう、結人のこと。 今頃彼は、何をしているのだろうか。 
そして、今何を考えているのだろうか。 

誰のことを――――想っているのだろうか。 

藍梨はスクールバッグからペンを取り出した。 そして倉庫の角に座り込み、何かを書き出す。
「藍梨ー?」
すると突然伊達の声が聞こえ、急いでペンをしまい公園へ戻った。
「あれ、どこへ行っていたの?」
そう言いながら、伊達は藍梨に飲み物を渡す。
「ううん、別に。 ありがとう」
そう言って藍梨たちは、再び公園のベンチに腰を下ろした。 そして彼は、座るなり早速違う話を切り出す。
「そう言えば藍梨、日曜日は空いてる?」
―――日曜日?
「空いている・・・かな」
「じゃあさ、どこか二人で遊びに行かない?」
「うん! いいよ」
断る理由も特に見つからなかったため、藍梨は笑顔でそう答えた。 

この後二人はたくさんの話をした。 藍梨のことや、伊達のこと。 少しは互いのことを知れたのだろう。 そして伊達は藍梨を家まで送ってくれ、今日はそのまま別れた。 
今日は色々あったが、伊達といる時間は本当に楽しかった。 久しぶりにちゃんと笑った気がする。 日曜日については、藍梨は本当に楽しみにしていた。





土曜日 朝 結人の家


結人は静かに目を開ける。 今日は土曜日だ。 梨咲と出かける予定がある。 だがまだ梨咲と会う時間までには余裕があったため、藍梨のことを考えていた。
―――藍梨は昨日、何があったんだろう。 
―――・・・大丈夫だったのかな。
一人になると考えてしまう。 藍梨のことを、すぐに忘れた方がよかったのだろうか。 その方が藍梨のためにも自分のためにも、よかったのではないか。

だけど――――自分の心には、嘘をつけない。 

―――今でも藍梨のことを考えちまうってことは、忘れたくても忘れられないんだろ。
目を閉じれば、今でも藍梨の笑顔がすぐに浮かんでくる。 こんなにも藍梨のことが、大好きだったなんて。 『ごめんな』と、もっと素直に言えばよかった。 
どうしてあの時、強がってしまったのだろうか。 そう――――藍梨を失うことが怖かったのだ。 だが――――今は既に、藍梨を失ってしまった。 
―――マジで俺、何をやってんだろうな。

“大切なものは失ってから気付く”とよく言うが、藍梨の大切さなんて結人にはとっくに気付いていた。 

今ももちろん藍梨のことが大切だ。
―――だとしたら・・・今の俺にできること。 
自分が傷付いてでも藍梨を守ってやりたい。 藍梨に会いたい。 それに――――もし願い事が一つだけ叶うとしたら、今すぐにでも藍梨を抱きしめたい。
横になっている身体を起こし、バッグから携帯を取り出した。 そして、意を決して藍梨に電話を繋ぐ。
―――・・・頼む、出てくれ。
『・・・もしもし』
「あ、藍梨か?」
『・・・うん、そうだよ?』
まさかこんな簡単に電話に出てくれるとは思わなかったため、少し驚いて声を上げてしまった。
「あのさ。 ・・・藍梨、大丈夫?」
『え?』
「昨日も、藍梨がいなくなったって聞いて俺も捜したんだぞ。 何かあったのかよ?」
『・・・ううん、大丈夫だよ』

―――・・・ほら。
―――藍梨はすぐに嘘をつく。

「本当は、大丈夫じゃないだろ?」
『・・・』
そう聞くと、藍梨は黙り込んでしまった。 そして少しの間を置いて、小さな声で彼女は言葉を発する。
『・・・どうして、結人には私のことが分かるの?』
―――藍梨のこと、俺が分からないとでも思っていたのか。
「何を言ってんだよ。 藍梨が言う『大丈夫』は、大抵大丈夫じゃないだろ」
そう口にすると、電話越しで藍梨は笑った。 そんな彼女に、結人は疑問を持つ。
「どうしたんだよ?」
『ううん、別に。 何か、嬉しくて』
彼女のその言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。

―――・・・今なら、言えるかな。 
―――藍梨のことが、好きだって。

「藍梨、あのさ」
『あっ・・・』
「? どうした?」
『ごめん、キャッチが入ったみたい』
―――あぁ・・・そっか。 
―――それは残念だな。
「そっか。 いいよ、出て。 それじゃ、またな」
『ごめんね、また電話する』
そう言って、電話を切った。 自分の気持ちは伝えられなかったが、藍梨にキャッチが入ってよかったのかもしれない。

―――今『藍梨のことが好き』なんて言ったら、迷惑なだけだもんな。
―――・・・何で俺、こんなに焦ってんだろ。 

伊達に藍梨のことを、そんなに取られたくないと思っているのだろうか。
―――でも、藍梨と少し話すことができてよかった。
落ち着きを取り戻し、携帯で時間を確認する。 梨咲との待ち合わせまであと40分だ。 結人は気合いを入れ、出かける支度を始めた。


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