第百二十三話
確かにあれはダガーに嵌め込むものだ。そのダガーだって特殊な術式を組み込む必要がある。その作業がまた大変ではあるが、もう六割くらいは完成していた。
「ええ、そうですけど」
「でもグラナダくん、格闘スキルがビックリするくらいダメダメじゃない。まぁ剣術スキルもだけど」
「俺だって傷付く心はいっぱい持ってるんですけど?」
あけすけに言われ、俺はたまらず言う。
確かに俺は魔法使いよりのステータスのため、その手のスキルは習得限界が早い上に覚えが悪い。
雑魚を相手にするならば十分すぎるくらいだが、強敵となれば歯が立たない。今までなんとかなっていたのは、単純に圧倒的なステータス値によるものだ。
「ああ、ごめん。けど事実は伝えないとね」
しれっと刺されて、俺は呻いた。
「ダガーは特にそうなんだ。強力なスキルがないから、そういうものがモロに出てくる。取り回しが良いし、防御にも適してはいるけど、だからこそ接近戦では余計不利になる」
正論だ。
返す言葉もなく俺は沈黙した。
事実、ハインリッヒとの訓練では一方的にボコスカやられている。スキルレベルも、覚えているスキルも、経験も違うのだから当然と言えば当然なのだが。
とはいえ、俺が覚えられないスキルも多く、接近戦でダガーを使うとなれば、それこそその場しのぎにしかならない。
「だから、ダガーじゃない何かの方が良いと思うんだ。かといってボウガンとかは論外だけどね」
ボウガンは手軽で一撃の破壊力が高い反面、次弾の装填に手間がかかる。その一瞬での牽制ならともかく、そもそも接近戦向きではない。
俺もそこは悩んで、結局ダガーにしたのである。
「これからグラナダくんは成長期に入る。その時、その時だけに必要だからってスキルを習得していったら将来的に困ることになる。スキルの習得数だって限界があるんだから」
「それは……」
「ダガーは防御手段としては優秀だと思うし、それを選択したことに間違いはない。けど、攻撃手段としては、グラナダくんが持つと脆弱だと思うんだ。そもそも《ヴォルフ・ヤクト》は明らかに攻撃寄りだ」
言われた意味が掴みきれない。思わず眉根を寄せると、ハインリッヒは真っ直ぐ俺を見抜いていくる。
「近寄るものは全て切り刻む。狼の狩りのように、群れをなして、縦横無尽に。テリトリーを侵すものを狼は許さないしね。攻撃は最大の防御と言うけれど、まさにそれを体現したような技だ」
「確かに……コンセプトはそうですけど」
そうじゃなければ、《ヴォルフ・ヤクト》なんて名付けない。
ちなみにこれもフィルニーアの教えのおかげだ。フィルニーアも圧倒的な攻撃力で圧殺を仕掛けるタイプだったからな。
「だったら、その手に持つものも、攻撃的であるべきだと思うんだけど。例えば、銃とか?」
「って言われても……この世界、銃なんてないですよね?」
俺は少し眉を寄せながら言う。
当初、《ヴォルフ・ヤクト》の使用において想定したのはダガーではなく銃だ。だが、この世界に銃なんてものはない。火薬はあるにはあるが、産出量が少ない上に手間が多く、だったら魔法を使う方が早いということで需要はない。
加えて、銃は難しいのだ。
初期の銃の射程距離は短い上に手間が多い。それに連射もきかないし命中精度にも難がある。かといって高度なものにしようとすれば、ライフリングから何まで、非常に高度な知識と技術力がいる。
そんな銃の構造を完璧に把握していて、かつ、作ろうとするだけの能力を持つ転生者が果たしているだろうか。
少なくとも俺は持っていない。
「うん。不思議なことだけど、転生者は若い日本人が多いんだ。まぁミリオタも存在するにはするけど、でも銃の構造を詳しく知っているとなると……」
「ああ、どっちかと言えば戦闘機とか、兵器の種類とか歴史とか……」
「うん。自作まで出来ちゃうレベルの銃マニアまで行くとね、そこそこの年齢になってないと……。特に日本人となると……ね」
ハインリッヒは少し言いにくそうだった。
世界最高峰の治安と銃刀法により日本で本物の銃に触れる機会はほぼない。せいぜい警察官になるか自衛官になるか、違法に手に入れるか。
一般人をやっていればまず触れることがないものだ。
ちなみに俺もそんな知識などない。あるはずがない。
俺はずっと入院してたからな。本は好きだったからいろんな知識はあるけれど。
「それで結局ダガーにしたんですよ」
「成る程ね。とはいえ、ダガー系スキルの習得は難しそうだしね」
そもそもダガー系スキルは、戦士型のステータスでなければマトモに習得出来ない。
俺の場合、ダガー系のスキルはせいぜい二が限界で、それに付随する特殊なスキルはほぼ習得不可能だ。
「というわけで、経験で補うしかないね、やっぱり修行しかない。剣術スキルで少しでもカバーしよう」
「そこに帰結するんですね、これ」
俺はため息を吐く。
魔法と同じように、剣術スキルにも色々とある。切れ味を鋭くしたいなら切断スキル、といったような感じだ。悲しいことにスキルツリーは確認できないので、教えて貰うしかない。この辺りは自己流だったので俺は大きく後れを取っている。今、学園で必死に練習中だ。
まぁ、ハインリッヒとの特訓でもそうだけど。
「という分けだから、行こうか」
ハインリッヒは席を立ちながら言う。ていうか、その軽装で大丈夫――に決まってますよね、うん。
まぁそもそも拒否権なんてなさそうではあるが。とはいえ、それで懸念を呑み込むわけにはいかない。
「それは良いですけど、ヅィルマのことはどうするんですか。夜に出歩くなんて、殺してくれって言ってるようなもんですよ」
「何を言ってるんだい。グラナダくん」
言いつつ、ハインリッヒは俺の肩に手を置いて爽やかに笑う。
あ、これってまさか――。
と思った矢先、世界が歪んだ。一瞬の間を置いて、俺は移動していた。
平原のど真ん中に。
そう。時空間転移だ。ハインリッヒが魔法を使ったのである。っていうか、これ、もしかして究極の暗殺封じじゃね?
「ねぇハインリッヒさん、思ったんですけど」
「ダメだよ。それしたら卑怯だとかなんだとか難癖つけられたらどうするのさ。それじゃあゲームにならないじゃないか」
俺の言わんとしたことを察したハインリッヒはすかさず指摘してくる。
「というわけで、早速マデ・ツラックーコスの狩りをしたいところなんだけど」
「っていうか、とりあえずここどこですか」
夜の平原ということで視界はあまり良くないが、来たこともない場所なのは分かる。なんとなく匂いも違うし、雰囲気も違う。ずっと遠くでは、街だろう、小さな明かりが見える。
「ここはアルドラド平原だよ」
俺は思わず噴き出した。
「エイアリナ領よりもさらに東じゃないですか、ここ!」
「そうだよ。ということで、はい」
ハインリッヒが渡してきたのは、二本のダガーだ。
「
「え?」
「そうじゃなければ僕に討伐以来なんてこないさ」
ハインリッヒは何かを感知したように平原の左側、森を睨む。俺は即座に《アクティブ・ソナー》を撃った。すると、反応が多数。感じからして、明らかに魔物だ。
というか、なんだ、この内包してる魔力量は!
内心で脅威を感じていると、その気配が動き出した。
ど、どどどどどどどどっ!
地鳴りを轟かせ、姿を見せたのは、色とりどりの気配を見せる――四足歩行の何かだった。
見た目はイノシシかサイに近い。だが、そのどれもとは違う。
王冠に見える角に、黒い体躯。首からは鬣だろう何かが伸びてるが、それはまるでひらひらのドレスのように全身を覆っている。その色が一体ずつ違うからカラフルだ。
そして何より、その顔が化粧を施したかのような顔つきだ。
図鑑では読んだことがあるが、こうして目にするとよくわかる。
まるで太った人間がドレスを着て四足歩行しているかのようだ。という説明文の意味が。
「あ、あれが……?」
完全に戸惑っていると、ハインリッヒは準備運動を始める。
「珍しい魔物ではあるからね。対峙するのは初めてかな?」
「そりゃそうですよ。っていうか、良く分かってないですし」
「じゃあ特別に教えてあげるね。マデ・ツラックーコス。あれは魔物でも上位に位置するけど、その最たる所以は、上級魔法までの全てを完全無効化するってこと」
「……は?」
上級魔法までを、完全無効化!?
それでさっき通用しないとか言ってたのか!
「喉の周囲だけ物理攻撃に弱い、という以外はかなり凶悪だからね、気をつけてね」
「だから修行ってことですか……」
「うん。ピンポイントに弱点を狙う。けど、存外難しいから。ステータス差だけで行けると思わないようにね」
無論そうだろう。そうじゃなければ、俺を連れてくることなんてしないはずだ。
「じゃあ、僕は向こうで狩ってくるから、後頑張ってね」
そう言って、ハインリッヒは姿を消した。っておい!?
「「「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」」」
ツッコミを入れる暇はなかった。
森から出て来たマデ・ツラックーコスが一斉に雄叫びを上げたのだ。俺は慌てて戦闘態勢を取り、それは同時に合図になった。
マデ・ツラックーコスの群れは一斉に前脚を上げて立ち上がると、ほとんど同時に地面を叩く。
不気味な破砕音の直後。
見えない衝撃に、俺は吹き飛ばされていた。
同時に全身を貫通してくる痛み。これは――まさか、防御力貫通か!?
ヤバい。これは、思ったよりヤバい!