打ち上げ花火
「ぼくな、さっちゃんのこと好きやけ。花火いっしょに行こうな」
ちょっとだけお頭の弱い近所の男の子がわたしを花火大会に誘う。
「やだよ。よっくんと行くなんて。おもしろないわ――
そやっ、打ち上がった花火取ってくれるんやったら、行ってもええよ」
無理難題を押し付けたらきっと諦めるだろう。
「そんなこと言うてもあんなん取れやん」
「そしたらあかんわ」
よっくんはうつむいたままじっと何か考えていた。宙を見つめたまま唇を突き出したり引っ込めたりしている。こういうふうに固まってしまうとどれだけ時間がかかるかわからない。
「ほな、うち浴衣着せてもらわなあかんけ、帰るわ」
聞こえているかどうか知らないが一応そう伝え、わたしはよっくんの前から立ち去った。
「気ぃ付けて行っといで。知らん人についてったらあかんよ」
浴衣を着せてもらいお母さんに見送られて玄関を出る。
きっと、きょうもわたしが一番かわいい。
にんまりして団扇を仰ぎながら下駄をからころ鳴らす。
途中の木陰からよっくんがひょこっと出てきた。
「さっちゃん。こっち来てえな。花火つかまえるけ」
「やだよ。そんなんウソに決まってるわ」
「なあほんまやけ、来てえな、なあ、なあ」
「もううるさいな。ちょっとやで」
しつこいよっくんは言い分が通らないと大泣きする。
こんなところで泣かれてはこっちが恥ずかしいので後をついていった。
神社裏の川辺に着くとよっくんは得意げな顔で振り返った。
川面に映った花火を「取った」言うつもりやな。あほくさ。
「なあ、もう始まるけ、うち行くわ」
よっくんは返事もせず、岸の脇に置いてあったバケツで川の水を汲んだ。
ひゅるるる、ぱぱああん。
花火の打ち上げが始まる。
色とりどりの花がバケツの中に咲いた。
「なっ。取れたやろ」
にっと笑う顔にわたしはひどくむかついた。
よっくんのくせに小賢しい。
無視して行こうとすると手首をつかまれた。汗ばんだ手の平にぞっとして思いきり振り払う。
花火の音に混じってどぶんと水の跳ねる音が聞こえたが、振り向きもせずそのまま立ち去った。それが何の音なのかその時は気にもしていなかったが、もし気付いていたとしてもきっと振り返らなかっただろう。
翌日、よっくんが行方不明だと村中が騒いでいたが、わたしは知らん顔していた。
あれから十数年が経つ。
高校進学を機にわたしは村を離れ、きょう婚約者を連れて実家に帰ってきた。
花火が見たいと彼に乞われ見に来た打ち上げ花火は懐かしくとてもきれいだった。
その美しさに見惚れていて、背後から聞こえる水の滴る音と漂う腐敗臭が何なのかまったく考えに及ばなかった。