執事コンテストと亀裂①
数日後 休み時間 沙楽学園1年5組
御子紫のいじめは日向が怪我を負って以来なくなり、再び結人たちの平凡な日常が幕を開けた。
真宮と二人で他愛もない話を繰り広げていると、突然彼は結人に向かって新しい話を切り出す。
「そういやユイは、藍梨さんと一緒に執事コンテストに出るのか?」
「ん? 執事コンテスト? 何だそれ」
初めて聞いたその単語に思わず聞き返すと、真宮はキョトンとした顔で結人のことを見てきた。
「ついさっき先生が話していたじゃないか。 聞いていなかったのか?」
「え? あー・・・うん。 藍梨とずっと喋っていたから」
御子紫の件のこともあり藍梨とあまり関わることができなかったため、今日はいつも以上に彼女に話しかけていたのだ。
「執事コンテストって一体何だよ?」
改めてそう聞くと、彼は丁寧に説明してくれた。
執事コンテストは、全学年対象で男女一人ずつペアになって応募ができる。 内容は男子が執事、女子がお嬢様になりきって演技をするということ。
もちろん台詞は統一されているらしい。 そして、エントリーしたペアたちが全校生徒の前で演技を見せる。
その後にどのペアがよかったのか投票を行い、一番票が多かったペアにはご褒美が贈られる。 そんな感じの内容だった。
この執事コンテストは急遽決まったイベントらしい。 ということは、今年の生徒会長は女子なのだろうか。 ただの自己満足のために企画したとしか考えられない。
入学式の時はずっと藍梨のことを見ていたため、生徒会長の方になんて一度も目を向けなかった結人には分からなかった。
「ふーん。 まぁ、俺はそんなくだらないイベントには出ねぇよ。 クラスだけならまだしも、学校全体にまで俺たちカップルを広めたくないっての」
きっと応募するペアは3年生が多いのだろう。 カップルとかもたくさんいそうだし、そもそも藍梨だってコンテストに参加するなんて嫌がるに違いない。
言い忘れていたが、結人と藍梨は今日の放課後からずっと一緒に下校することに決まったのだ。 結人からそう誘うと、彼女は迷うことなく承諾してくれた。
そんな帰り道、結人は藍梨をデートに誘う。 その誘いにも承諾してくれ、今からでもそのデートの日が待ち遠しくて仕方がなかった。 デートは日曜日。
“早く日曜日にならないか”と期待に胸を膨らませながら、結人は学校生活を送っていた。
土曜日 日中 正彩公園
そして――――あっという間に時間が経ち、土曜日になる。 今日は特に予定もなく、何も用事のない結黄賊のみんなと基地である公園に集まっていた。
~♪
本当はここで仲間たちと楽しい時間を過ごしたかったのだが、一つ問題がある。
それは結人の手の中で握られている携帯が、先程からずっと綺麗な音を奏でながら鳴っていることだった。
だが結人は表示されている名を複雑そうな表情で見つめながらも、電話に出ようとしない。
「・・・出ないのかよ?」
「・・・」
隣にいる椎野が、なおも電話に出ない結人を見てそう尋ねてきた。 彼のその言葉にも答えることができずにいると、御子紫も結人の近くに寄ってきて言葉を発する。
「何々ー? どしたの? 相手誰?」
「ユイどうして出ないんだよー。 出ないなら、俺もーらいッ!」
「あ、おい!」
先程まで遠くにいたはずの未来が、何故か今目の前にいた。 遠くからここまで走ってきて、結人の手から携帯を奪い取っていったのだ。
そんな未来の行為を止めたがそれは既に遅く、彼は携帯に表示されている相手の名を見て、難しそうな表情を浮かべながらその名を小さな声で口にする。
「ユノ?」
「・・・」
結人は彼の発言に思わず視線をそらすと、椎野が彼女の名に食い付いた。
「ユノ? もしかして、横浜にいた柚乃さん?」
「どうして出ないんだよ? 別に出てもいいじゃん。 今日は藍梨さんいないんだし」
椎野につられ、御子紫もそう口にしながら結人の背中を軽く押す。 だが出る気分にはなれず黙っていると、未来がまたもや勝手な行動をし出した。
「出ないなら俺が出るぞー」
「は!? おい未来、勝手に何を」
未来から携帯を奪い返そうと彼に近付いた瞬間、隣にいた椎野と御子紫に押さえ付けられた。 そんな彼らに向かって、結人は声を張り上げる。
「おい放せよ!」
彼らの腕の中でもがいていると、御子紫が静かな口調でこう口にした。
「柚乃さんに『藍梨さんという可愛い彼女ができた』って、報告するチャンスじゃん!」
彼は笑顔でそう言葉を発するが、その言葉を聞いた瞬間結人は身体の力が一気に抜け、抵抗するのを諦める。
―――・・・柚乃は、とっくに知ってんだよ。
―――藍梨のこと。
「もしもーし! 柚乃さん? ・・・あぁ、よく分かったな! 俺のことを憶えてくれていたみたいで、嬉しいぜ」
一方未来は、電話相手に向かって笑いかけている。 どうやら未来と柚乃の間では、楽しい会話が繰り広げられているみたいだ。
「そんで? ユイに何の用なんだ?」
そこで未来がいきなり話を切り出した。 その言葉に反応し、結人は彼のことをじっと見つめる。
「・・・あー、うん。 分かった。 ・・・ユイ、柚乃さんが会いたいってさ」
「「「・・・」」」
未来がその言葉を放つとこの場には一瞬重たい沈黙が流れ込むが、このまま気まずい空気にしないよう椎野が自ら言葉を発した。
「ふーん・・・。 まぁ、いいんじゃね?」
「そうだな。 会うくらい・・・なら」
椎野の意見に賛成する御子紫を見て、結人は躊躇いもなく突っ込みを入れる。
「よせよ。 俺は今、柚乃に会う気なんてない」
「じゃあ報告もしないのかよ?」
「・・・」
結人は、柚乃とは会いたくなかった。 折角自分にけじめがついたというのに、またこんなところで迷いたくなかったのだ。
「あー・・・。 悪い、今日ユイはこれから予定があるみたいでさー・・・。 あぁ・・・うん。 ・・・おう」
未来はどうやら結人の気持ちを察してくれたようで、今日会うことについては断ってくれたみたいだ。 そしてその後少しの間彼女と言葉を交わし、電話を切った。
「ほらよ。 どうして会わないんだよ」
携帯を返しながらそう尋ねてくる未来に、結人は彼から視線をそらし返していく。
「何で俺が柚乃と会わなきゃなんねぇんだよ。 もうアイツとは終わったんだ」
「・・・」
その言葉に、未来は何も言い返してはこなかった。 そして重たい空気が流れ込む中、御子紫がこの空気に溶け込むような静かな口調で言葉を発する。
「・・・柚乃さん、今立川にいんのか?」
その一言で、ここにいるみんなは更に黙り込んだ。
そう――――柚乃は今、立川にいる。
藍梨にはどうしても会わせたくない、柚乃が。